プラス1年でパラリンピックの土台を高める

木村敬一

パラ競泳

『全盲のエース』。『金メダル最有力候補』。
パラ競泳のエース、木村敬一を語る“枕ことば”には常に重圧が伴う。
2016年のリオデジャネイロパラリンピックで、木村はその重圧に押しつぶされた。金メダルが有力視される中、4つのメダルを獲得したものの、金メダルには届かなかった。

「4つのメダルよりも、ひとつの金メダルが欲しかった」

レース後、木村は涙した。

「金メダルを取らないと、自分は死ぬと思っていた。過程が大事だとみんな言うけど、心のどこかで結果がすべてだと思っていた」

あれから4年。木村の考えは少し変わっていた。そのきっかけを与えてくれたのは、同じ視覚障害のクラスで世界のトップを争う、同世代のライバル、富田宇宙だ。先天性の病気で、目が見えた記憶がない木村に対し、富田は高校時代に難病で視力を徐々に失いパラリンピックの道に進んだ。パラリンピックには自分の記録を伸ばす以外の価値はないと思っていた木村。それが『エース』の重圧となり“もろさ”にもつながった。別々の過程を経て、同じパラアスリートの世界に進んだ富田の言葉が、木村に気付きを与えてくれた。

「宇宙さんに『なぜそんなに頑張っているのか』と聞くと、『頑張っていることを周りの人が評価してくれて応援してくれればそれでいいんだ』と。結果がすべてだと思っていたけど、本当にそうなのか、考え直した時だった」

結果だけでなく、過程、そして周りに与える影響にも価値がある。みずからのここまでの歩みに、すでに十分価値があることに気付かされたのだ。
「金メダル」という重圧から解き放たれた木村。
新型コロナウイルスの感染拡大が広がる中、考えていることがある。

「パラリンピックは残されたものをどれだけ鍛えることでパフォーマンスがここまであがるんだという人間の可能性を示せる、体現できるものだと思う。その可能性を見てもらうことで、人々がコロナによって疲弊した社会から立ち上がっていける1歩目のきっかけになる」

期せずして与えられた延期による1年で、取り組みたいこともあるという。

「東京パラリンピックが終わったあと、今よりパラリンピックを盛り上げることは難しい。よくて現状維持だから、現状をどれだけ高められるかが勝負になってくる。プラス1年でパラリンピックの土台を高めないといけない」

みずからの結果だけでなく、パラリンピックの未来までを考えるようになった。もう『エース』が重圧に押しつぶされることはない。

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