グッドルーザーでいよう

片野坂知宏

サッカー

2021年のサッカー日本一を決める天皇杯の決勝。敗れた大分トリニータの監督、片野坂知宏は試合後、表彰式を前に、ピッチの上に選手やスタッフたちを集めて熱く語りかけた。

「グッドルーザーでいよう。胸を張って顔を上げて、サポーターにあいさつしよう。この経験を、この場を、この悔しさを次に生かそうよ。絶対にこのチームはいいチームだから、俺は自信を持って言う」

「グッドルーザー」とは「負けても潔い敗者」を意味する言葉だ。
チーム初の天皇杯のタイトルにあと一歩まで迫った選手たちに対し、指揮官はその言葉で、堂々と胸を張るよう促した。表彰式での選手たちは、笑顔こそなかったものの、片野坂の言葉を受けるように自信に満ちた表情を見せた。

大分は今シーズンのJ1で20チーム中18位と低迷し、J2降格が決定。片野坂も責任をとる形で天皇杯を最後に退任することが決まっていた。

モチベーションを維持するのが難しいなか、準決勝では今シーズンのJ1を圧倒的な強さで制した川崎フロンターレをペナルティーキック戦の末に下し、初の決勝に駒を進めた。

決勝の相手は3年ぶりの優勝を目指す浦和レッズ。試合は先制されながらも、後半の終了間際に同点に追いつく展開。5万人を超える観衆で埋まった国立競技場をわかせた。
片野坂のもとで1試合でも多く戦いたい。
今シーズンのスローガンどおり、「一致団結」したチームは、天皇杯準優勝という新たな歴史を刻んだ。

決勝の翌日、片野坂は退任の記者会見に臨んだ。
「グッドルーザー」という言葉を使った理由を問われると、過去のカップ戦の決勝で目にした光景を触れた。敗れたチームの選手が、メダルを首にかけられた直後に外して悔しさをあらわにした場面だった。勝者への敬意を欠いた行動から「最悪な敗者」を意味する「ワーストルーザー」とやゆされ、批判を浴びたこともあった。

「僕のチームの選手には、そんなことをしてほしくないと思った。決勝まで勝ち進んだのは素晴らしい成果だと思う。自信を持ってほしかった」

2016年にJ3に降格したばかりのチームの指揮を任された片野坂は、就任からわずか3年でトリニータをJ1昇格へ導いた。資金力が乏しいチームでも限られた戦力を駆使して、ファンに最高のサッカーを見せることにこだわり続けた。
最後の舞台となった天皇杯決勝での敗戦に、チーム最古参で6年間苦楽をともにしたミッドフィルダーの松本怜は悔しさを隠せなかった。

「僕は片さん(片野坂)に優勝させてあげたかった。グッドルーザーでいたいけれど、悔しい気持ちでいっぱいだ」

それでも片野坂は言う。

「悔しくて下を向いてしまうような選手にも、顔を上げてほしいと思った。『最後まで自分たちは戦い抜いた』と表現することもプロとして大事だ」

来シーズン、J1復帰を目指す選手たちは天皇杯決勝での経験を成長の糧にしていくだろう。

「グッドルーザーでいよう」

去りゆく指揮官の言葉を胸に、チーム再建へのスタートが切られた。

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