“高い壁に挑みつかんだ五輪”そして“若い力の台頭”【解説】

パリオリンピックの代表選考を兼ねた、ことしの日本選手権。オリンピックの参加標準記録は、多くの種目で日本記録を超える高いレベルに設定され、選手たちはその高い壁に挑みました。
大会を通して光ったのは“新しい力の台頭”です。この高いレベルの舞台で、新たな才能が力を発揮しました。

パリオリンピックと、さらにその先を見据えて、日本陸上界の可能性を示す大会となりました。
(スポーツニュース部 記者 細井拓/古堅厚人・大阪放送局 記者 並松康弘)

“五輪参加標準”高い壁を超えた選手たち

ことしの日本選手権では、新たに5人がパリオリンピックの代表に内定しました。参加標準記録に加えて優勝するという条件を満たすため、記録だけでなく、勝負に勝つことも求められる中で、力を示した選手たちが、パリへの切符を手にしました。

豊田兼 選手

内定第1号となったのは男子400メートルハードルの新星、豊田兼選手でした。

決勝では前半から大きなストライドを生かした走りで日本選手3人目の47秒台をマーク。14年破られていない日本記録にあと0秒10に迫りました。

「オリンピックの決勝の舞台で戦うことを次の目標にしたい。世界的にもレベルが上がっているので、メダルを取るにはもう少しタイムを上げないといけない」と高みを見据える姿からは、さらなる成長を予感させました。

村竹ラシッド選手

そして、男子110メートルハードルの村竹ラシッド選手と女子100メートルハードルの福部真子選手も、それぞれ自分が持つ日本記録に迫る好タイムをこの大舞台でマークして優勝し、ともに初めてのオリンピック代表に内定しました。

福部真子 選手

中でも福部選手は、去年の日本選手権で3位以内に入れば、世界選手権に出場できる状況で4位に終わって代表を逃した悔しい経験を糧にして、今回はハイレベルなレースで勝ちきったことに手応えを感じていました。

田中希実 選手

そして、すでに代表に内定していた5000メートルに続き、今大会では1500メートルでも内定を決めた女子中距離のエース、田中希実選手は大会前から繰り返していた「挑戦」ということばを体現しました。

特に東京オリンピックで8位入賞を果たして以降、思うような走りができていなかった1500メートルでは、スタート直後から、みずからの日本記録に迫るペースで走りました。

ほかの選手たちが全くついていけない、まさに独走で東京大会の後では最も速いタイムをマークし、再びこの種目で世界に挑戦する舞台に立ちます。

田中選手は1500mでも五輪内定

田中選手は5000メートルと800メートルにも出場し、4日間で5レースを走るという「挑戦」を終えて「厳しいスケジュールのオリンピックに向けて予行演習ができた。今しかできないかけがえのない大会になった」と充実感をにじませました。

五輪本番に向け 調整に課題も

ただ、選手たちの調整には不安も残しました。

橋岡優輝 選手

男子走り幅跳びの橋岡優輝選手と女子走り幅跳びの秦澄美鈴選手はいずれも優勝して代表内定を決めましたが、試合後は険しい表情を見せていました。

橋岡選手は「こんなにひどい内容は久しぶり」と振り返り、磨いてきた助走に課題を残しました。

秦澄美鈴 選手

また秦選手も「全く手応えはないが、不安になっている時間はない」と、同じく助走がかみ合っていない現状に危機感を示しました。

そして、男子400メートルでは日本記録保持者の佐藤拳太郎選手が、予選のレースで左足のアキレス腱の痛みを訴え決勝を棄権。

北口榛花 選手

女子やり投げでメダル獲得が期待される北口榛花選手もコンディションが上がりきっておらず、優勝こそしたものの記録は62メートル87センチにとどまったことに「オリンピックに向けて危機感がある」と表情は晴れませんでした。

チーム関係者などの中には、東京大会の1年の延期によって3年間隔でオリンピックが開催されることで「コンディションの維持やピークを合わせることが難しくなっている」と指摘する声もあります。

日本陸上競技連盟 山崎一彦強化委員長(右)

日本陸上競技連盟の山崎一彦強化委員長は、大会後の会見で、対策が必要だという考えを示しました。

「それほど時間はないが、休暇とトレーニングを進めていき、ナショナルチームとして選手がコンディションを整えられる場所を作りたい」

印象的だった“若い世代の躍動”

パリオリンピックの選考大会という側面だけでなく、陸上の日本一を決める今大会で、際立ったのは“若い世代の躍動”でした。

男子100メートルでは、日本記録保持者の山縣亮太選手や9秒台の自己ベストを持つ小池祐貴選手など東京オリンピックの代表だった3人がパリ大会出場を逃し、元日本記録保持者の桐生祥秀選手も出場が難しくなるなど、世代交代を印象づけました。

この大会での代表内定はならなかったものの、26歳の坂井隆一郎選手が12年ぶりの連覇を果たすなど、新しい世代のスプリンターの成長を感じました。

男女の800メートルを制したのは高校生でした。

落合晃 選手

男子は高校3年生の落合晃選手が予選で日本記録にあと0秒07に迫る好タイムをマークしました。

優勝した久保凛 選手(右)

女子は高校2年生の久保凛選手が決勝で田中希実選手などとのラストスパートを制して初優勝を果たし、2人について日本陸上競技連盟の高岡寿成シニアディレクターは「非常に頼もしい」と高く評価していました。

ドルーリー朱瑛里 選手

このほか、去年の全国女子駅伝で17人を抜いて区間新記録をマークし、注目を集めた高校2年生のドルーリー朱瑛里(しぇり)選手が1500メートルで7位と健闘。

女子100メートルに今大会最年少の14歳7か月で出場した三好美羽選手は予選を突破して準決勝に進み「ここまで来られたのが、奇跡です」と初々しく話しました。

将来に大きな可能性を秘めた若手選手たちが、その実力を示したことは、パリオリンピックの先につながる、日本の陸上界の財産でもあります。

“世界で結果”を育成につなげられるか

東京オリンピックのあと陸上ではトラックやフィールド種目の国際大会で結果を残す選手が増えてきています。

すでに代表内定 泉谷駿介 選手(中央)

去年の世界選手権を制した女子やり投げの北口選手や、女子5000メートルの田中選手、そして男子110メートルハードルの泉谷駿介選手などは、世界のトップ選手だけが招待されるダイヤモンドリーグにも頻繁に出場するようになり、入賞を果たすなど結果を残してきました。

今大会で注目を集めた若いアスリートたちは、世界で戦う実力者たちの姿を見て、育ってきています。

パリオリンピックという大舞台で、選手たちが一層、輝きを放つことで、日本の陸上界が、世界に通用する可能性を広げるのではないかと感じた今回の日本選手権でした。

【結果 1日目~4日目】陸上 日本選手権2024