2023年12月26日
経済 イギリス ヨーロッパ

家賃が47万円!? ロンドンで「家が借りられない」 いま何が?

「えっ、1か月の家賃が平均およそ47万円!?」

これはイギリスの首都、ロンドンの実際の話です。

今、ロンドンでは家を借りられないだけでなく、住まいを追われる人も急増しています。

「賃貸クライシス」に揺れる霧の都。いったい何が起きているのでしょうか。

(ロンドン支局記者 松崎浩子)

1人暮らしなんて無理!さらに…

「家賃が高すぎて、1人暮らしなんて、手が届きません…」

こう嘆くのは、ロンドン中心部に住むジョセフ・スパナーリさん(31)です。

ジョセフ・スパナーリさん

医療機関に勤めるスパナーリさん。緊急時に病院に駆けつける必要があるため、職場の近くで4人暮らしのシェアルームを借りています。

1人部屋の広さは6.5畳ほど。それでも家賃は日本円で月およそ14万円(1ポンド=180円 / 2023年12月22日時点)です。4人で割っていることを考えれば、単純計算でこの物件の家賃は56万円にもなります。

スパナーリさんが借りているシェアルーム

それでもロンドン中心部にある立地の良さをみれば、家賃は“手ごろ”とも言えるそうです。以前、1部屋空きが出たときには、なんと220人から内覧の申し込みがあったといいます。

シェアルームを出て本当の1人暮らしを夢見て、スパナーリさんは節約の日々を送っています。料理は週末に作り置き。外食もほぼしません。土曜日も仕事をしてお金をためています。

しかし、スパナーリさんはため息まじりに打ち明けてくれました。

最近、1人暮らしができる部屋を探したところ、1500ポンド(日本円でおよそ27万円)以下の物件は、まったく見つからなかったといいます。

さらに、今住んでいる所も、いつまで住めるのか分からないといいます。

スパナーリさん
「シェアルームの大家からは、近く『家賃を値上げする』と言われています。賃料がどのくらい上がるか分からず、不安でいっぱいです」

賃貸物件の不足、コロナ明けで拍車

もともと慢性的な住宅不足問題を抱えるロンドン。なかでも今、深刻化しているのが賃貸物件の不足です。

根強いインフレが続くイギリスでは金利が上昇しています。その結果、銀行から資金を借りている賃貸物件のオーナーが返済に困り、物件を手放すケースが相次いでいるのです。

また、コロナ禍が収束したことで、住宅の“都心回帰”ともいえる動きが拍車をかけました。ロンドン中心部の住宅への需要が高まり、2023年10月の時点で、賃貸が可能な物件の数は、コロナ禍前と比べて3割以上減少。手ごろな部屋を見つけることは、より困難な状況になっているのです。

この結果、何が起きているのか。

こちらは、ロンドンの賃貸住宅の家賃の推移について変化率で示したものです。2021年以降、急上昇しています。

また、イギリスの不動産会社によりますと、ことし7月から9月の賃貸住宅の家賃の平均は月2627ポンド、日本円でおよそ47万円。2022年の同じ時期より、12%値上がりしたとしています。

私も職場の同僚に聞いてみたところ、悩みの声が次々にあがりました。

20代女性
「1人暮らしをしたいけど、あまりにロンドンの家賃が高いので、今も両親と住んでいる。私の友人たちも同じ状況だよ」

20代男性
「職場に近いところにアパートを探したいけど、手頃な物件に空きが出ても、内覧の応募者が数十人単位で集まり、あっという間に埋まってしまう」

“家がない”ホームレス17万人!?

家賃の高騰が続くロンドン。賃貸物件を借りられるだけましともいえる状況にまでなっています。

コロナ禍、そして長引くインフレで、ホームレス※が急増しているのです。

その1人だった、キラーン・オブライアンさんです。

キラーン・オブライアンさん

いまでこそ、慈善団体の支援をうけて住まいをみつけ、バリスタとして働けるようになりましたが、かつては路上生活を余儀なくされていました。仕事もなく、部屋を探すことなんて夢のまた夢だったといいます。

キラーンさん
「住宅の数が少ないので競争が激しく、何度も挑戦しましたが借りられませんでした。失業している場合、シェアルームを含め選択肢は市場の5%に限られ、競争が激しいのです。サポートを得られなければ、私はまだホームレスだったでしょう」

キラーンさんを支援したロンドンにある慈善団体では経営するカフェでホームレスの人たちに職業訓練を行い、一時的な住まいの手配も行っています。

ホームレスの人たちに職業訓練を行うカフェ

現在、生活に困窮していると相談を寄せてきた人は、およそ1500人。2年前に比べると、3倍になっているといいます。

慈善団体「Change Please」ジャマル・エゼルCEO

エゼルCEO
「これまでホームレスでなかった人たちが、生活費の高騰やインフレなどが重なって、ホームレスになってしまう。今、私たちはホームレスになって間もない人たちを見つけ、仕事を通じてホームレス状態から立ち直る手助けをしています。しかし市場に出回る物件が減って、ホームレスが利用できる住宅が少なくなっています。今のような状況は見たことがありません」

ロンドンの自治体などを取りまとめる団体「ロンドン・カウンシルズ」はことし8月、家がなく、一時宿泊施設に入るなどの支援を受けている人は、推定で子ども8万人を含めておよそ17万人にのぼると発表しました。

※イギリスのホームレスの定義
路上生活や一時施設住まいなど、居住できる家がどこにもない状態

政治や行政はどう対処?政党間の対立も

家賃の記録的な高騰に、ホームレスの急増…。

こうした現状を悪化させている理由の1つに、ある法律の存在が指摘されています。

この法律は「セクション21」と呼ばれるもので、大家が「賃貸契約を終了する」と借り手に正式に通知すれば、家賃滞納などの問題がなくても、立ち退かせることができるというものです。言ってしまえば借り手側の都合は関係なく、貸し手側の大家の事情が優先されるというわけです。

ロンドン市は、週に平均して290人が立ち退き通知を受けているとしています。

政治や行政はこうした現状にどう対処しようとしているのでしょうか。

この法律を廃止しようという改正案はことし中に、議会に提出される見込みでしたが、10月に提出の延期が決まりました。支持者に大家が多い与党・保守党の議員の反発を受けたことが理由の一つだと伝えられています。

ロンドン市長は、法律の改正が来年に延期された場合、さらに数千人がホームレスになるおそれがあるとして、一刻も早い改正を訴えています。

住宅を無償提供 企業から支援の手も

そのような中、支援に乗り出した民間企業もあります。ロンドンの大手建設会社「The Hill Group」は、慈善団体などの支援を受けているホームレスの人たちに、住宅200戸を無償で提供する事を決めました。これまで培った手法を用い、各自治体の求めに応じて、作り上げた家をそのままトラックなどで運んで設置する方法をとっています。

大手建設会社により無償で提供される住宅

無償で提供される住宅はどんな家なのか、モデルハウスを見せてもらいました。

冬の寒さに対応できるよう、窓には3重の複層ガラスが使われていたほか、最大で住宅6軒分の暖房と給湯ができるヒートポンプも設置されていました。コストを抑えながら省エネ性能が高められていて、会社によると、光熱費は月に4000円程度におさえられるといいます。

さらに、ホームレスの人に生活する上で必要な家電や家具を聞き取り、それらを住宅内に事前に取りそろえる徹底ぶりです。

入居するうえでは慈善団体が大家のような役割を果たし、自立に向けたロードマップを一緒に作るということです。各地の自治体からの反響は大きく、「有償でも良いので設置して欲しい」という依頼も相次いだといいます。

建設大手「The Hill Group」ローリー・ローイングズさん

ローイングズさん
「多くの人がインフレで生活費が上がり賃貸契約を維持するのに苦労しています。私たちとしてはこれからもこうした需要の高い家を建設し、提供していきます」

解決策は?どうする

解決策はあるのでしょうか。

その1つの動きとして、民間企業による賃貸住宅の建設の取り組みがあります。ロンドンの不動産会社「Savills」のアナリストによりますと、過去10年で4万2000戸の賃貸住宅が新たに建設され、すでに市民が入居を始めているということです。

また、日本の大手住宅メーカー「大和ハウス」もことし8月、ロンドンで分譲マンションの開発に乗り出すと発表しています。

「大和ハウス」がロンドンに開発する分譲マンションのイメージ

さらに政治にも動きが出てきています。この住宅問題は2024年にも行われる総選挙の争点の1つとして、与野党が公約でその解消策を打ち出しています。

このうち、与党・保守党は不満を抱える若い層の支持率の低下を防ごうと、スナク首相がことし7月、手頃な価格の住宅を新たに100万戸建設するという政策を発表しました。

新たな住宅政策を発表する イギリス スナク首相

これに対して最大野党・労働党も10月の大会で、市営・公営住宅に重点的に投資して、5年間で150万戸を建設することを公約に掲げました。

ただ、解決は簡単ではありません。背景として2020年のEU離脱の影響があります。離脱によって働くためのビザの要件が厳しくなり、経済を支えてきたEU各国の労働者が帰国したことから建設関連の労働力が不足しているのです。さらに、イギリスの建設業界では長年生産性の向上が課題となっているほか、住宅の建設許可が煩雑であることなども指摘されています。

賃貸住宅の不足がこのまま続いた場合、国の経済へ影響が及ぶと懸念されています。その一つが、労働力の流動性の硬直化です。というのも、1人暮らしができず親と同居する若者が増えると、通勤できる範囲が限定され、企業側の人材採用も難しくなることなどが指摘されているのです。

すでに「賃貸住宅の不足がイギリス経済低迷の主な要因」だと指摘するシンクタンクもあるほどです。「衣食住」の1つで、生活に最も身近な住まいの問題に、具体的な解決策を見いだせるのか、ロンドン市民の1人として、注視していきます。

(11月2日 キャッチ!世界のトップニュースで放送)

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