2023年9月28日
IT 経済 イギリス ヨーロッパ

物価高の救世主?イギリスで注目のアプリとは?

12個入りの卵が600円。オリーブオイルは1160円あまり。

日本を上回る物価高が続くイギリスでいま、あるアプリが注目されています。

食品を無料で手に入れられるというそのアプリ。

なぜ無料?いったいどんなアプリなのでしょうか。

(国際部記者 大石真由)

とにかく高い!イギリスの食料品

イギリスで長引く物価高。

インフレ率は徐々に下がっているとはいえ、アメリカやユーロ圏と比べると依然として深刻です。

イギリスの首都ロンドン

中でも、市民の生活に大きな影響を与える食料品などの価格は、ことし8月で13.6%の上昇(前年同月比)と、2桁を超える上昇率が続いています。

19.1%の上昇となったことし3月の数字は、46年ぶりの高い水準だとして大きく報道されました。

こうした状況は物価指標をとりまとめる統計局のデータからも明らかです。

例えば、卵は12個入りで3.31ポンドと、去年の2.71ポンドと比べて22%上昇。オリーブオイルも4.65ポンドから6.43ポンドに38%上昇 、などとなっています。

無料で食品シェア 注目のアプリとは?

こうした中、注目されているアプリとはいったいどんなものなのか。

ことし7月、出張でイギリスに滞在していた私もさっそくダウンロードしてみました。

誰でも無料で食品を手に入れられるというこのアプリ。

はじめに住所を登録し、そこから最大およそ25キロの範囲内で食品の情報がほしいエリアを設定します。

試しに滞在先から500メートルほどの範囲内で設定してみると、果物やパン、調味料や缶詰などの食品がずらりと出てきました。

無料で食品を入手できるアプリ

アプリで投稿されているのは各家庭のほか、スーパーや飲食店などで余った食品。

廃棄される予定の食品を有効利用し“食品ロス”をなくそうと、消費期限内という条件でシェアしているのです。

欲しいものを選ぶと、投稿した人と食品を引き取る時間や場所などをアプリ上でやりとりし、受け取ることができます。

“廃棄ゼロ”へ アプリを活用するパン屋

実際にどのように食品をやりとりするのか。

数年前からこのアプリを活用しているという、ロンドン市内のパン屋を取材しました。

閉店間際になると、スタッフが売れ残ったパンを1つ1つ袋に詰め、アプリに登録しているボランティアに連絡します。

閉店後、20分ほどたつとボランティアの女性が店に現れ、慣れた手つきでパンが入った袋を回収。自宅へ戻っていきました。

食品ロスを減らしたいというアプリの理念に賛同するボランティアが、それぞれの店で余った食品をまとめて引き取り、アプリに投稿することで、ほしい人にタイムリーに届けています。

回収されたパンもその日のうちに写真がアプリに投稿され、翌朝にはすでに配布済みという表示になっていました。

多い日には15斤ほどのパンが余ることもあるというこの店。

アプリを活用するようになってからは、“”食品ロス“が大幅に減ったといいます。

アプリを活用するパン屋 マシュー・レイナーさん

レイナーさん
「パンを受け取る人のためだけではなく、私たちのためにもなっています。
せっかく作ったパンを無駄にしたくはありません。パンが売れ残っても廃棄することなく活用できるサービスがあるのはいいことですし、新しい顧客の獲得にもつながるのです」

イギリスだけで350万人利用のアプリに

このアプリを手がけたのは、ロンドン在住のサーシャ・セレスティル・ワンさん。

アプリの共同設立者 サーシャ・セレスティル・ワンさん

きっかけは、アプリを一緒に立ち上げた友人の女性のある気づきでした。

その友人が引っ越し作業をしていた時のこと。

冷蔵庫にキャベツやヨーグルトなどが残っていましたが、引っ越し業者に「食品は持って行けない」と言われたといいます。

しかし、それはもったいないと思い、近所の人たちにもらってくれないか頼んで回ったものの、結局、引き取り手は見つかりませんでした。

スマートフォンであらゆるものを調べ、発信できる時代。食品のシェアにもそうした方法が応用できるのではないか。

セレスティル・ワンさんはその友人の女性と一緒にビジネスを始めることを決意し、その先1年間の計画を考えたといいます。

セレスティル・ワンさんと共同設立者のテッサ・クラークさん(左)

当時、まだ子どもは小さかったといいますが、家から歩いていける範囲でベビーカーを押しながら回り、1万枚以上のチラシを配布。

駅やスーパーマーケットの前など、人通りの多い場所に立って自らのビジネスプランを訴える街頭活動も行い、賛同してくれる人を集めました。

そして5か月後にアプリの配信を開始。

それまでの活動で賛同してくれたおよそ2000人の人たちにダウンロードを呼びかけました。

評判は口コミで広がり、2015年にスタートしたアプリはいまではイギリス国内だけで350万人以上の利用者を獲得。 大手スーパーなども含め、 提携している企業は130社に上ります。

アプリのホームページ

日本ではまだこのサービスは開始されていませんが、アイルランドやシンガポール、アルゼンチンなど世界各地で同様のサービスが始まっています。

セレスティル・ワンさん
「“生活費危機”の今、人々が新鮮な食品を無料で手に入れられることはこれまで以上に重要です。
食料品のインフレ率が2桁に達するという、かつてない状況で多くの人が影響を受けています。その一方で、まだ食べられるおいしい食品が捨てられています。
私たちの目的は少しでも“食品ロス”を減らして環境問題の解決に貢献することですが、食料を手に入れるのも難しい人を助けることも大切です。
生活が苦しい人たちからは『このアプリは匿名なので周りの目を気にせず利用できる』という感想ももらっています。アプリを通じて人々を助けることができるのです」

「ゴミ箱ではなく おなかを満たせるように」

物価高が続くなか、主に生活が厳しい人に無償で食料を提供するフードバンクも苦しい状況に陥っています。

イギリスのフードバンク

ことし3月までの1年間で初めてフードバンクを利用した人の数はイギリス全体で38%増加しましたが(前年同期比)、インフレの影響で寄付が減り、十分な食料を確保できない事態が起きているのです。

一方、イギリスのNGOによると、イギリスで1年間に廃棄される食品は、およそ950万トンにも及んでいるといいます。

セレスティル・ワンさん
「食料を寄付することの必要性を呼びかけて、ゴミ箱ではなく、おなかを満たせるようにしたい」

インタビューの最後にそう話してくれたセレスティル・ワンさん。

物価高で多くの人が食べ物の確保に苦労している一方で、まだ食べられる食品が日々、大量に廃棄されている現代。

余った食品をシェアするアプリは、この矛盾した社会問題解決の一助になるのではないかと感じました。

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