2023年12月22日
ミャンマー アジア

ミャンマー 少数民族一斉攻撃で軍が守勢?鍵を握るのは中国?

おととしのクーデター後、軍が実権を握るミャンマーでいま異変が起きています。

「自らの身を守るため投降する道を選んだ。その判断に悔いはない」

少数民族の攻撃を受け、投降したミャンマー軍の大尉はこう語りました。

軍が各地で守勢に立たされ、兵士の投降が相次いでいるミャンマー。いま何が起きているのか、取材しました。

(アジア総局記者 高橋潤 / 国際部記者 北井元気)

それは10月27日に始まった

「どうやら少数民族が一斉に攻撃を始めたようだ」

ヤンゴンのスタッフから連絡を受けたのは10月27日の午後。

戦闘をしかけたのは、中国との国境に近い東部シャン州を基盤とするMNDAA=ミャンマー民族民主同盟軍、TNLA=タアウン民族解放軍、そして西部ラカイン州を拠点とするAA=アラカン軍という3つの少数民族の武装勢力でした。

少数民族の武装勢力(ミャンマー シャン州 2023年10月投稿)

130を超える少数民族を抱えるミャンマーでは、国内各地で少数民族の武装勢力が一定の支配地域を維持し、クーデター前からミャンマー軍に対して攻撃をしかけることがありました。

ところが今回は、これまで思惑の違いなどから一致した行動をとることができずにいた3つの勢力が、軍による支配の打倒などを掲げ、連携して立ち上がったというのです。

同時多発的な攻撃に軍は対応できず、少数民族側は中国との交易拠点の町や軍の施設などを次々と支配下におさめていきました。

当初は一時的な戦闘という見方もありましたが、少数民族側の動きに民主派勢力も呼応して合流したことで攻勢はさらに拡大。戦闘は始まった日にちなんで「1027作戦」と呼ばれるようになりました。

クーデター後の軍の支配

ミャンマー軍トップ ミン・アウン・フライン司令官

2021年2月のクーデター後、ミャンマーでは軍トップのミン・アウン・フライン司令官が実権を握っています。

民主派運動の指導者アウン・サン・スー・チー氏は、軍による非公開で一方的な裁判で懲役27年の刑期が言い渡され、刑務所に拘束され続けています。

民主化運動の指導者 アウン・サン・スー・チー氏

抗議デモの参加者に実弾をあびせ、民主派勢力を支援する村には戦闘機で無差別的な空爆を行うなど力による支配を進めてきたミャンマー軍。

ミャンマーの人権団体のまとめでは、戦闘に巻き込まれるなどして、これまでに4000人以上が死亡していると見られています。

そのミャンマー軍が、今回の「1027作戦」では、クーデター後初めて各地で守勢に立たされているというのです。

次々と投降する兵士

ネット上には軍の苦戦ぶりをあらわす動画が次々と公開されました。

なかでも象徴的だったのが、武器を捨てて投降する兵士たちの映像です。

投降した兵士たち

「我々は同胞だ。心配するな、こっちへ来い」と呼びかける声にしたがって投降してきた兵士たちは、泥だらけで疲れ切った様子でした。なかには戦死した仲間の横に座り込み涙を流す兵士の姿もありました。

民主派勢力の組織「国民統一政府」によりますと、投降した兵士の数は11月29日までに541人に上ると言います。

家族とともに軍の施設内で集団生活を送り、相互監視や上官による洗脳で、命令に背けない環境に置かれているとみられていたミャンマー軍の兵士が、これほどの規模で投降するのは異例の事態です。

軍内部で何が起きているのか

いまミャンマー軍の内部で何が起きているのか。

タイと国境を接する南東部カレン州で少数部族の武装勢力の1つ、KNU=カレン民族同盟に投降した軍の大尉が、NHKの取材に応じるという連絡が入ってきました。

少数民族側の監視下で行われたインタビューにミャンマーの伝統衣装ロンジーを身につけて現れた大尉は、両親に望まれて軍に入り、2009年に陸軍士官学校を卒業したといいます。

軍によるクーデターについては「友達は不服従運動に加わったと聞いたが、その後、私との連絡は完全に途絶えた。私は両親や妻のことを考え、不服従運動には参加しなかった」と話しました。

投降したミャンマー軍大尉

 大尉は先月、カレン州に派遣され、50人あまりの部下とともに橋を守る任務に就きましたが、着任から2日後には少数民族側からの攻撃が始まり、孤立無援のなか投降せざるをえなくなったと言います。

投降したミャンマー軍大尉
「25人の部下が戦死した。生きていられるだけ自分たちは幸運だ。自らの身を守るため投降する道を選んだ。その判断に悔いはない」

大尉は軍トップで、国の実権を握るミン・アウン・フライン司令官についても厳しく批判し、軍内部で統制が乱れ、士気が低下していると証言しました。

ミャンマー軍の軍事パレード(2023年)

投降したミャンマー軍大尉
「司令官は道を踏み外しつつある。軍内部で彼の指導力を信じる者はもはやいない。軍にいる兵士やスタッフで以前のように彼を信奉する者はいない。
軍が権力を握り続けて苦しむのは、まず一般の国民、その次が下級兵士やその家族だ。彼らの未来は明るいものではない」

投降した軍の兵士たちは自炊したり、竹笛を作って演奏したりと比較的自由な生活を許されているようです。しかし、少数民族側が撮影した映像ではかつて守っていた橋の前に整列し、軍の攻撃で犠牲となった人たちを追悼する敬礼を強いられている様子も写っていました。

市民に銃口を向けてきた軍への反発の根強さをうかがわせています。

敬礼する投降した兵士たち

戦闘の激化による死傷者数の増加などで、軍は兵員の確保に苦慮しているとみられます。

軍の報道官は12月、国営メディアを通じて、「通告なく軍から離れた兵士が軍に戻ってくるなら、無許可欠務とするだけで軍務への復帰を認める」と呼びかけました。

本来なら規律を厳守しなければならない軍が、逃亡兵の処置をあいまいにして原隊復帰を認めたことは、それだけ兵員が足りていない状況を示していました。

軍の支配は揺らぐのか?

ミャンマー情勢に詳しい京都大学東南アジア地域研究研究所の中西嘉宏准教授は、兵士の投降が相次ぐ背景には、兵士の不足や士気の低下があると指摘します。

京都大学東南アジア地域研究研究所 中西嘉宏 准教授

中西准教授
「国境に近い地域などで軍が劣勢になるなか、前線の兵士が時には奇襲のような形で攻撃を受け、耐えきれずに投降するケースが増えています。命の危険があれば軍から逃げ出す兵士もいて、士気は決して高くありません。
これまで軍に多くの兵士を供給していた地域を軍側が統治できなくなっていて、戦闘が激しい地域には兵士を送ることができず、ローテーションもできなくなっています」

一方で、今後の展開については、都市部に近づけば同じようにはいかないとして、軍事的な手段だけでは事態が一気に進展する可能性は低いという見方を示しました。

中西准教授
「現在戦闘が行われている山岳地帯や自然環境の厳しい地域とは異なり、内陸の平野部に入るほどゲリラ戦に限界があるため火力に勝る軍側が巻き返す可能性が高いと思います。
抵抗勢力としても一般市民への被害が出る都市部での戦闘はなるべく避けたいと考えていて慎重になるでしょう」

ミャンマーの最大都市ヤンゴン

鍵にぎる中国の動き

さらに今後の鍵を握るとみられるのが中国の動きです。

今回、最初に一斉蜂起した3つの少数民族勢力のうち2つは、中国との国境地帯を拠点にしています。

文化的にも中国に近く、中国系の住民も多く住んでいるほか、中国人目当てのカジノがあると言われています。このため10月27日から始まった武力衝突については、中国が黙認したのではないかという見方さえあるのです。

 中西准教授は少数民族側が一斉蜂起の目的の1つに「オンライン詐欺の撲滅」も掲げた点に注目しています。

中西准教授
「中国国境のミャンマー軍側が統治していた地域にはいま、中国向けのオンライン詐欺やオンラインギャンブルの拠点があり、中国はその摘発をミャンマー軍側に再三働きかけたにもかかわらず、十分に行われていませんでした。
これに対して武装勢力側は、ミャンマー軍への対抗だけでなく、詐欺グループやオンラインギャンブルの拠点を潰すことも目的の1つにすることで、中国側にミャンマー軍への攻撃を黙認、容認してもらうという意図があったとみられます」

その一方、戦闘が想定していたよりも激化し、国境周辺の治安が悪化したことは想定外だったとの見方も出ています。

中国は11月25日にはミャンマーとの国境を封鎖する軍事演習を行ったほか、戦闘から逃れようと中国国境に近づいてきたミャンマーの市民に対し、催涙弾を発射して追い返すなどの実力行使にも出ています。

中国との国境に集まったミャンマーの避難民(2023年11月)

さらにミャンマー側も中国への不信感を募らせていることがうかがえる出来事がありました。

最大都市ヤンゴンで11月、軍を支援するグループが中国大使館の前でデモを行い、中国がミャンマーの内政に関与していると批判したのです。

ミャンマーではクーデター以降、軍の許可なくデモを行うことができないことから、今回のデモに軍が何らかの形で関わっていることは明白でした。

ギクシャクした関係はしばらく続きましたが、12月6日にはミャンマー軍が外相に任命したタン・スエ氏と中国の王毅外相が北京で会談し、双方が緊密に協力して国境管理を行っていくことで一致しました。

中国 王毅外相

中西准教授
「ミャンマー軍にとって中国というのは最大の脅威です。
ただ、軍事力でかなわない脅威でもあるため同時に友好関係も結ぶ。矛盾する目的を常に続けていくという関係性だと思います。
両者の関係を決定的に変えるということではありませんが、それも今後の戦況次第でどう変化するか分からず、両者の関係は常に不安定です。
中国としては国境地帯の安定が一番大事で、いま起きている武力衝突をできるだけ早く収束させたいと考えるとみられます。ただ、少数民族武装勢力もミャンマー軍も、中国の指示に従うような組織ではなく、対話によって本当の意味での停戦につなげるには時間が必要です。
中国がどの程度、関与するかはわかりませんが、基本的には自国の利益を目的とした介入にとどまると思います」

その後、中国外務省は12月14日、中国が仲介した和平協議で双方が一時的に停戦することで合意したと突然、発表しました。

しかし、軍と少数民族の武装勢力からの発表はなく、現地メディアは依然、戦闘は続いていると伝えています。

ミャンマー軍と少数民族、そして中国の複雑な利害がからみあう「国境地帯」で始まった今回の一斉蜂起。

国民の軍に対する不満が高まり続ける中、その勢いは今後どのような展開を見せるのか。クーデターからまもなく3年、ミャンマー情勢は新たな局面を迎えています。

(12月9日 ニュース7などで放送)

国際ニュース

国際ニュースランキング

    特集一覧へ戻る
    トップページへ戻る