2023年1月31日
ミャンマー アジア

きょうも刑務所の前で ミャンマー弁護士の闘い

ミャンマーの刑務所の前にある喫茶店。
ここにいる「ある女性」に会いに、連日多くの人たちが訪れます。
彼女の名前はザー・リさん。
軍に抗議して捕まった「政治犯」や家族を支える弁護士です。

「私も、いつ逮捕されるか分からないけどね」

盗聴や監視のおそれもある中、冗談めかして明るく笑い、きょうも刑務所の前で、助けを求める人たちを支えています。

(前アジア総局記者 松尾恵輔)

刑務所の前の喫茶店

「銃を突きつけられたことも、何者かに殺害を予告されたこともあります。
でも、いつかこうした経験を子どもたちに話せると思うようにしているんです」

こう話すザー・リさんは、よく通る大きな声と、人々を安心させるような笑顔が印象的な女性です。

「政治犯」や家族を支えるミャンマーの弁護士 ザー・リさん

10年前から弁護士として働き、2021年2月のクーデター以降は軍への抗議活動に参加して拘束された人たちの弁護を行っています。

私たちがザー・リさんと出会ったのは最大都市ヤンゴンにあるインセイン刑務所の前。

イギリスの統治時代に建設されたと言われるこの刑務所には、多くの政治犯が収容されています。

門の近くでは、治安部隊が行き交う車や通行人に厳しく目を光らせています。

私たちも大きなカメラを構えることは出来ず、スマートフォンで撮影をせざるを得ません。

インセイン刑務所(ミャンマー ヤンゴン)

刑務所前にある喫茶店が、ザー・リさんの「相談所」の一つです。

この場所に、仲間の弁護士と10人ほどで交代で立ち寄り、家族が捕まった人たちの法律相談に応じています。拘束された家族に会いに刑務所に駆けつけた人たちが、自分たち弁護士を見つけやすいようにと、この場所を選びました。

『家族が帰ってこない・・』

狭いスペースに机が置かれ、軽食やお茶を楽しむことが出来る喫茶店。

しかし、食事をしている人は見当たりません。

机ごとに弁護士が座り、家族を拘束された人々が深刻な顔で囲んでいます。

「夫が帰ってこないんです」

この日訪れていた女性は、夫が1か月前に突然軍に捕まったといいます。

刑務所前で相談に応じるザー・リさん

夫は1年以上前、クーデター直後にデモに1度参加したことを理由に拘束されたといいます。女性は、法律の知識はなく、突然の事態に戸惑っていました。

「家族と急に連絡が取れなくなった」という相談の声も。家族が行方不明になったあと、拘束されていたことが判明するというケースも少なくないといいます。

「家に来たのはどんな人たち?」

ザー・リさんたちは法廷の弁護や書面の準備のほか、裁判官に正しく状況を伝えるためにどう証言をすれば良いのかアドバイスもしています。

相談に来る人はあとを絶たず、これまでに支援した家族の数は400を超えます。

毎日朝7時から深夜まで仕事をして、休みはありません。

深夜まで仕事に追われる弁護士たち

弁護士が料理もつくる?

ザー・リさんが、この刑務所の前で相談を受けるようになったのは、クーデター後間もない2021年2月下旬。

当時、知人から突然「刑務所の前に来てほしい」と言われました。

「デモに参加して拘束された人を助けてほしい」と言われて向かうと、刑務所の前には、何百人もの人たちが拘束された家族の安否を心配して集まっていました。

人々は「家族はどうなっているのか」と弁護士の服装をしたザー・リさんのところに集まってきました。

あまりに多くの人が拘束された事態に驚いたザー・リさん。

一人では対応できないと仲間の弁護士たちに声をかけて、次の日から連日刑務所の前に行きました。「弁護士も全員逮捕される」という噂が流れ、心配する知人からは、海外に出ることも勧められました。

それでも、自分を必要とする人たちがいるときに、その場所からいなくなることは、弁護士としての倫理に反すると考えました。

それからは毎日のように刑務所の前に通うようになったザー・リさんや仲間たち。

弁護士費用は受け取らず、自分の蓄えなどを切り崩して支援にあたっています。

仕事は弁護だけにとどまりません。

ある日の夜、ザー・リさんの家を訪ねると、料理を作る姿がありました。

作っていたのは、豚肉や牛肉の炒めもの。

刑務所の中では十分な食事がとれないため、差し入れをしています。

差し入れを届けに行くザー・リさんたち

さらに、拘束されると多くの人は家族と面会が出来なくなり、面会ができるのは弁護士だけです。家族の不安や、本人の健康状態などを伝えるのも、弁護士の重要な役割だといいます。

弁護しても無罪は「ゼロ」

「弁護したことによって無罪を勝ち取れた人はいるのかー」

ザー・リさんにそう質問すると、答えは「ゼロ」だと言います。

ミャンマーで政治犯の支援活動を行っている団体によりますと、ミャンマーではクーデター以降、軍に反対する抗議活動に参加したなどとして、1万7000人以上が拘束されたということです。平和的な抗議に参加したり、SNS上で軍に反対する書き込みをしただけで、拘束された人もいるということです。

拘束された男性(ヤンゴン・2021年3月)

同団体によると、これまでに140人以上に死刑判決が出ています。 

去年7月には、アウン・サン・スー・チー氏の側近だった元議員にも、死刑が執行されました。

ザー・リさんたちが弁護を行う環境も、大きく変わりました。

ミャンマーの法制度に詳しい専門家によると、政治犯として拘束された人は証拠がなくても必ず有罪にされてしまうといいます。

さらに、NHKが話を聞いた元政治犯の中には、取り調べの中で拷問が行われていると話した人もいました。

ザー・リさんは捕まった人の家族に、「すぐに解放される」などといたずらに希望を持たせることは言いません。「いつ家族に会えるかわからない。でも、どんなときでもそばにいる」。そう言って、寄り添いつづけるのが大切だと言います。

無音になる電話 監視の恐れ

さらに、ザー・リさんたち弁護士にも圧力が及んでいます。

盗聴や監視をされていると感じていると打ち明けてくれた弁護士もいました。

弁護士の女性
「電話をしている時によく無音になることがあるし、間が出来るときがあります。技術者に相談したら、『誰かが電話を盗聴しているかもしれない』と言われました。クーデター以降、安全を感じたことはありません。覚悟はしていますが、逮捕されて仕事が出来なくなるのは考えただけでも恐ろしいです」

ミャンマーでは、拘束されているアウン・サン・スー・チー氏の弁護士も、メディアに対してその裁判の内容を明らかにすることを禁じられているといいます。

また、地元メディアはこれまでに複数の弁護士が、当局によって拘束されたとも報じていて、弁護士が置かれる環境は日々厳しくなっています。

一度しかない人生なんだから

ザー・リさん自身、これまでに何者かに殺害予告を受けたことや、刑務所の前で治安部隊に銃を突きつけられたこともあります。それでも、現在の活動をやめるつもりはありません。

裁判の中で法的に不当と感じたことは、裁判官にも伝えています。

そのままにせず伝え、記録にも残すことによって、少しずつでも司法を変えていきたいと考えています。

ザー・リさん
「裁判が不当だと言ってあきらめてしまう人も多いです。でも、本当に物事を良くしていきたいと思うなら、文句を言うだけではなく、今できることから少しずつ動き始めないといけません。裁判官や検察官自身も、間違いに気づいていることはある。人間であるからには、きっと1人になって家に帰ったときには、後悔することもあるはずです。そんな良心を信じています」

なぜ、大変な状況のなかで諦めずにいられるのかー。

そう問いかける私たちに、ザー・リさんは明るい表情で教えてくれました。

ザー・リさん
「もしかしたら今後、急に行方不明になるかも知れません。捕まったりするかも知れません。でも、それまでに、後悔のないようにできることはやりたいんです。人生は一度きりなんですから。命が尽きるまで、希望は捨てません」

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