2023年2月1日
ミャンマー アジア

【詳しく】ミャンマー クーデターから2年でどうなった?専門家に聞く

東南アジアのミャンマーで軍がクーデターを起こしてから2年。

民主派勢力などが軍に対する抵抗を続けていますが、事態打開に向けた進展は見られません。

混乱が続くミャンマーの現状はどうなっているのか。拘束されているアウン・サン・スー・チー氏はどうなるのか。

ミャンマー情勢に詳しい京都大学東南アジア地域研究研究所の中西嘉宏准教授に聞きました。

(聞き手:国際部記者 北井元気)
以下、中西准教授の話

現地の状況は?

私自身、半年前にミャンマーを訪問して感じたのは、明らかに公共的なサービスの質が落ちているということです。

治安、病院などの保健、それに教育の3つというのは、政府のサービスのなかで中核的な部分ですが、それぞれが政変後の混乱で大きなダメージを受けていて、機能が低下しています。

京都大学東南アジア地域研究研究所 中西嘉宏 准教授

治安面では、ミャンマーの警察はもともと信頼度が高くありませんでしたが、政変のあとの市民への弾圧で、さらに信頼が下がっています。

警察側も軍への抵抗活動に加わっている若い人たちを拘束したり逮捕したりということに時間を使っているので、一般の犯罪に対処できているとは言いがたい状況です。

連行される男性(ヤンゴン・2021年)

統計がはっきりないので確実に治安が悪くなっているとは言えませんが、比較的治安がいいとされていた最大都市ヤンゴンでも、今は夜8時、9時を越えると外出して1人で歩くことが危険とされていて、会食をする場合も夜7時までに終わってほしいと頼まれることもあります。

さらに、軍に抵抗するグループのなかには、より過激で暴力的なグループがあり、政府関係者や政府に協力している人たちを襲撃して犠牲者も出ています。そうしたグループのターゲットになる懸念がある人は、そもそも外出を控えるようにしています。

経済の状況は?

一時のクーデター直後のような混乱は収まっているようです。

ミャンマーでは、クーデターと新型コロナウイルスの影響で、2021年9月末までの1年間の経済成長率がマイナス18%と、非常に大きな打撃を受けました。

その後、少しずつ回復し、最新のIMF=国際通貨基金の見通しでは3%前後の成長率となっています。低成長ではありますが、一時の非常に悪い状態からは脱したと言ってもいいかもしれません。

ミャンマーの最大都市ヤンゴン(2023年1月)

特に、原材料を海外から仕入れ、加工して輸出する業種はそこまで大きく打撃を受けていません。

例えば縫製業では、米中対立もあってこれまで中国が受けていた注文が東南アジアに流れてきています。これは新型コロナの前から起きていることですが、ミャンマーでは縫製業に注文が相次いでいて、今も日本向けの輸出などは好調を維持している状態です。

一方、国内向けの業種では、政府からの許認可、外貨の両替の問題など、さまざまな経済的な障害があります。

現地通貨のチャット安やインフレの影響も重なり、ミャンマー国内向けの産業については、今も停滞が続いている状況です。

民主派勢力の抵抗運動は?

地方部、特に一部の農村部では、今も激しい戦闘が行われていて、毎日のように市民側と軍側の双方に犠牲者が出ています。

戦闘が泥沼化しているとも言っていいと思います。

軍は軍事的な能力や士気の問題などで抵抗が抑え込めず、民間人を巻き込むような空爆を行ったり、北西部で特に多いのは、民兵を動員して村を焼き払ったりして敵を萎縮させることで、かなり強引に鎮圧しようとしています。

軍事パレードを行うミャンマー軍(2022年)

一方、抵抗する側も自分たちの力で政権を取るというところにはまだ距離があって、彼らが統治していると主張する地域は一部の農村部だけです。

都市部については、基本的に軍が押さえていて、大都市も軍が実効支配しています。最大都市ヤンゴンや首都ネピドーにいると、武力衝突がすぐ目の前にあるわけではなく、戦場になっているということはありません。

ただ、医療の分野では、保健省や国立病院に勤めていた医者などが軍に抵抗して仕事をボイコットする動きがありました。中には復帰した人もいますが、離職した人もたくさんいて、軍は一時的に足りなくなった人員をなんとか表面的に補っている状態です。

混乱が生み出した政府や社会のひずみが長期的にミャンマーの経済社会に影響を与えていくことは間違いないと思います。

民主派勢力側の連携は?

民主派勢力が軍に対抗するために発足させたNUG=国民統一政府という独自の政府は、軍に抵抗する人たちの中心的な存在です。

本来NUGが考えていたのは、オンラインで海外の政府に訴えかけて軍に圧力をかけ、もう一方で、現場で抵抗する人たちをまとめて武力闘争を続ける、この両者をうまく使い分けながら軍に勝つというのが戦略でした。

NUG=国民統一政府 ドゥワ・ラシ・ラー大統領代行

しかし、外交的な成果はなかなか上がらず、NUGとしては、自分たちを本当の政府として承認してほしかったわけですが、彼らを承認している国はいまだに1つもありません。

外交的な動きが行き詰まっているため、国内で体を張って軍と戦っているグループがより発言力を増してきていて、アウン・サン・スー・チーさんを支持している人たちもいれば、それとは関係なく、自分たちの自由のために戦っている若い人たちもいる。

さらに、少数民族武装勢力のなかには、民族の自治拡大のために戦っている人もいます。

いろんな利害があるなかで、軍に抵抗するという目的を共有して集まっているので、戦闘が長くなればなるほど、現場で戦っている人たちの声が大きくなり、NUGのように外交的な努力をしている人たちの影響力が落ちてきているように見えます。

暴力的な闘争が実を結んでいるかという点では、ここまで粘り、消耗戦に持ち込んでいるというのは1つの成果だと思いますが、かといって到底軍に勝てる状況ではなく、非常に危ういながらも、軍を敵とすることでなんとか連携を保てているというのが現状だと思います。

拘束されているアウン・サン・スー・チーさんはどうなる?

もう公の場に出ることは困難だと思います。

77歳の人物に対して、33年の禁錮刑が科せられているので、実質的な終身刑です。

どこまで刑が確定したかは情報がはっきりしないのでわかりませんが、いずれにしても司法も軍の強い影響下にあるので、判決が変わったり、有罪が無罪になったりという可能性はほとんどないと思います。

裁判に出廷したアウン・サン・スー・チー氏(左・2021年)

民主派勢力側にとってみれば、ここまで消耗戦に持ち込んだのはアウン・サン・スー・チーさんの力ではなく、彼らの自発的な武装闘争と外交的なアイデアだと考えていて、ここでスー・チーさんが出てきて暴力的な闘争に対して何か言ったとしても、すでに収まらない段階に達していると思います。

とはいえ、やはり影響力のある人なのは間違いないですし、NUGの中心的な人物は多くがアウン・サン・スー・チーさんを支持してきた人たちです。

軍としては、彼女が解放されてどういう発言をするか、どういう行動を取るかによって、国内社会がより不安定になる可能性があるため、今の拘束した状態を解くことは短期的には考えられません。

民主的な選挙は実施されるのか?

難しいと思います。

2月1日で、憲法上認められた非常事態宣言を出すことができる最大の2年の期限が切れます。

その後、憲法に従うのであれば、半年の間に総選挙をすることになっていて、軍は今ところ規定どおり進めようとしていますが、現実的にどう成功させるのかという具体的なところまでは詰められていないとみられ、かなり強引に推し進めようとしているように見えます。

全国に投票所を設置して、選挙管理に関わる公務員や民間人の安全を確保できる可能性が低いなかで、仮に安全を確保できる地域だけで限定的に選挙をするという形をとったとしても、有権者は身の危険もあり、本当に投票に行けるかどうかわかりません。

2015年の選挙で投票する アウン・サン・スー・チー氏

また、選挙が正当なものとして国内外からどのくらい支持を受けられるかという問題があり、今回の選挙が軍の考えている形で成功する可能性というのは極めて低い状況です。

選挙に関連した各国の動きは?

今、ミャンマーに対して非常に厳しい対応を取っている国々が、これまでの選挙のように支援する可能性は低いと思います。

日本も前回(2020年)、前々回(2015年)の選挙で選挙監視団を出すなどしていましたが、今回の選挙では難しいと思います。

一方で、中国やタイなど国境を接している隣国は対応が違います。そうした国々が一番警戒しているのは、国としてミャンマーが不安定になることです。

軍による人権侵害や民主化の妨害はもちろんですが、それ以上にミャンマーが不安定になって難民が出たり、感染症が広がったり、経済が極端に悪くなったりすれば、国境を接する国は直接影響を受けるので、そうした国々は今多くの地域を実効支配している軍と関係を近づけていく、というのが進むのではないかと思います。

仮に軍が自分たちにとって望ましい政権を作るための選挙を行った場合、正当性は度外視して、とりあえず外交関係を正常化させるために新しい政権を認める可能性はあると思います。

国際社会はどう動く?

欧米各国は軍に対する圧力を弱めておらず、むしろ制裁の対象を次第に広げています。

ですが、この2年で軍の行動が変わったかというと、変わっていません。欧米にとってミャンマーは国益としてもそれほど大きくないので、ウクライナ危機もあって次第に関心が低くなっている状態です。

圧力はかけているけれども、その圧力で何かが変えられると期待しているようにも見えません。

こうしたなか期待が集まっているのが、ASEAN=東南アジア諸国連合です。

国連や欧米、日本、さらには中国も含め、世界の国々がミャンマー問題についてはASEANがどうにか解決できないかと期待しています。

ASEANとしても、それは最初から望んでいたことで、2021年4月には首脳級会議を開き、ミャンマー軍のトップも出席するなかで、暴力の即時停止を含めた5つの項目で合意を結びました。

軍のトップが実際に出席して合意した文書というのは今に至るまで結局それだけで、唯一の外交的な成果だと言っていいかもしれません。

ASEAN=東南アジア諸国連合 首脳級会議(2021年4月・ジャカルタ)

ただ、ASEANの中でも、タイのような隣国はミャンマーの安定を優先して民主化や人権がどうしても二次的になってしまう一方、直接の国益をほとんど持たないフィリピンやマレーシアはアプローチが異なるので、ASEAN内でもミャンマーへの対応が分かれています。

そもそも内政不干渉や全会一致という原則があるので、ミャンマーの内政に関わって問題の解決に導くのは限界があります。

ASEANとしては、期待は集まっているが事態を動かせず頭が痛い状態だと思います。

日本には何が求められている?

軍ともつきあい、民主化勢力ともつきあうというのが、日本政府が長年とってきたスタンスです。

その民主化勢力のトップだったアウン・サン・スー・チーさんは拘束されていてコンタクトが取れない。軍のトップは国民から非常に強い不満を受けているので、会うことは相当な批判を覚悟しなければいけない。

今は両者と接触をするのが難しい状況にあると思います。

ミャンマー軍のトップ ミン・アウン・フライン司令官

ですが、ミャンマーの現状というのは非常に泥沼化しています。

ことし1月の時点で国内避難民は100万人以上に上っていて、公共サービスは機能が低下、今のミャンマーほど海外からの支援を必要としている人たちが多い国というのはなかなかありません。

その状態がもう2年も続いていて、本来支援が期待される国際機関は、国連もミャンマー軍と関係がきわめて悪いので、十分に活動できないのが今のミャンマーです。

そこで日本には何ができるかというのは、本来探らなければいけませんが、結局今もASEANを支援すると言って日本として何をするのか、十分に議論できていないのが現状だと思います。

政治的に接触できない、相手が耳を貸さないことを言い訳にしているという言い方はよくないかもしれませんが、現状を変えようがないというところに甘んじて日本政府としても方針を決めていないという印象です。

これまでの日本外交は、ミャンマーの内政に関わることまで踏み込んで関係を作ってきましたが、いまだに今後のミャンマー政策をどうするのか決められておらず、非常に中途半端な状態です。

現状を変えるのが難しいからこそ、日本が何かやるという行動力を見せなければ、どの国もアプローチが難しいわけですから、変えられないわけです。

軍による形式的な選挙が行われ、新しい政権ができたとしても、日本として認めることはできないので、現状のように大使館はあって、邦人の保護、日本企業の生命財産を守るという、外交団として最低限求められる課題を日々こなしていくことに限定されてしまう可能性があります。

接触しない、関係を持たないということになれば、ますます日本とミャンマーとの間は距離が広がっていく。

本来選挙をこういった形で進めること自体が適当でないというメッセージも伝えていかなければいけないんですが、そのメッセージも十分に発信できていません。

タイ国境のキャンプに逃れたミャンマーの難民ら(2022年)

成功する見込みは決して高くありませんが、リスクをとってでもミャンマーの国民、政情の被害を受けている国民にとって直接利益となるような支援の道を探っていくということが必要だと思います。

いちばん悪いのはミャンマー軍なので、日本政府を責めるのは気の毒な気もしますが、世界的な関心が薄れる中で、ASEANだけではなく、日本としても関わっていくべき国なのではないかと私は思います。

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