2022年10月17日
中国共産党大会 新型コロナ 中国

中国のコロナ隔離施設で何が 憤る労働者が語った内実は

日本円で日当4万円。
高額の求人情報にひかれ、男性は指定された場所に向かいました。
そこには、これまで見たことがないほど、たくさんの人が集まっていました。
男性の職場は、中国・上海にある新型コロナウイルスの感染者隔離施設。

退職した今でも、当時のことを思い出すと憤りをおさえられないといいます。

(上海支局長 道下航)

隔離施設の求人 日当4万円

「振り返ると怖い気持ちがよみがえります」

取材に応じてくれたのは、上海にある感染者の隔離施設で働いていた20代の男性です。

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、上海ではことし3月末から2か月あまりにわたって厳しい行動制限が続いていました。男性が隔離施設で働いていたのは、まさにその時期です。

男性に連れられ、当時働いていた場所に行ってみると、そこは、ふだんは大型イベント会場として使われている場所でした。2か月近くで、のべ17万人の感染者や感染リスクのある人たちが収容されていたと言います。

男性は怒りをにじませながら、みずからが隔離施設で見たことを語ってくれました。

隔離施設だった建物の前に立つ男性

男性は大学を卒業し、去年秋まで教育関係の仕事をしていました。その後、新たな仕事に挑戦したいと転職活動を進めるなかで、人づてに、隔離施設での仕事の募集があることを知りました。

日当は2000元、日本円にしておよそ4万円でした。月収に換算すると、以前勤めていた教育関係の会社の給与のおよそ6倍になります。

地方出身で、当時、上海で1人暮らしをしていた男性は、生活費欲しさに、この仕事に応募することに決めました。

殺到した出稼ぎ労働者たち

用意してくれたバスで、男性は隔離施設に向かいました。行動制限のため、途中、車窓から見える上海の街に人の姿はなく、静まりかえっていたといいます。

しかし隔離施設に着くと、そこには驚きの光景が広がっていました。

次から次へとバスが到着。数百人から千人ほどでしょうか。施設の前には、見たこともないほどの大勢の人たちでごった返していたと言います。

彼らのほとんどが、建設現場や工場で働いていた人、「農民工」と呼ばれる出稼ぎ労働者などでした。

感染リスクと隣合わせ 時に重労働も

隔離されている人たちに食事を届けたり、部屋のゴミを回収したりするのが男性の仕事。感染リスクと隣り合わせでした。時には、重い荷物を長時間運ばされるなど、重労働でした。

隔離施設で働いていた男性と当時の同僚

隔離施設では、すぐ隣にある専用の宿舎に泊まらされました。それは仮設のプレハブ小屋。清潔とはいえない宿舎で、ゴミもあちこちに放置されていました。

コロナに感染 事実上の解雇宣告

仕事を始めて10日目。男性は突然体調を崩しました。熱っぽいなと感じ、検査を受けると、新型コロナウイルスに感染していることが判明。そのまま2週間近く隔離施設で療養しました。

ようやく仕事に復帰しようとしましたが、上司からは思いがけない言葉を告げられました。

「君はもう仕事に来なくていい。家に戻って」

そして、上司はおもむろに紙を取り出し、ここにサインしないとそれまでの給料も払わない、と迫ったといいます。男性は事実上の解雇宣告だと受け止めました。

隔離施設で働いていた男性
「私は懸命に働いていました。それなのに突然、『もう来なくていい』と、それだけ。あまりにも不公平です」

使い捨てのように扱われたことに、男性は憤りをおさえられなかったと言います。

男性
「働いていた人たちは、収入が不安定だったり、家庭に事情があったりするような人たちばかりでした。感染のリスクがあっても、働く必要があったんだと思います」

PCRの検査場

男性は、いま、感染した数十人の同僚とともに、感染対策など会社側の対応に問題があったとして、損害賠償を求めて裁判所に訴えています。

現場にのしかかる重圧

取材者の私が「ゼロコロナ」の現場を初めて体感したのはことし8月。前任地のベトナムのハノイから中国に入った時でした。

入国後、空港から私が乗ったバスが隔離施設に到着すると、車体に消毒液を一斉に吹きかけられました。そして、怒鳴るような声で、私たちに列に並ぶよう求めました。今後の手続きを聞こうとしても相手にされませんでした。

このピリピリとした雰囲気はどこから来るのだろうか。

私は、この国では、集団感染が起きたことの責任をとらされて、その地域の政府幹部らが辞めさせられるケースが相次いでいたと聞いていました。

対策を徹底しなければならない、その緊張感が末端にまで伝わってきているように当時、感じました。

PCR費用は国防費超え?

財政面でも各地の政府は苦労しています。中国では、今、外出すれば、あらゆる場所で、PCR検査の陰性証明が求められます。このため、市民は頻繁に検査を受けなければなりません。

検査は原則無料。

いったいどれくらいの費用がかかっているのか。中国の証券会社の試算があります。

それによりますと、大都市などの人口およそ5億人が、2日に1度のPCR検査などを行うと、費用は年間1兆7200億元。日本円にしておよそ35兆円。この額は中国のことしの国防予算を上回る規模です。

ある地方政府の男性は、実情を明かしてくれました。

地方政府の男性
「検査費は当然地元政府の負担もあります。こうした出費が地方政府の財政を圧迫しているんです。さらに、感染対策で失敗したら責任もとらさられる。多くの人がかなりの不満を抱えています。しかし、この国では、我々は上から命令されることをやるしかないのです」

海外移住を目指す“潤学”

徹底して感染をおさえこむ「ゼロコロナ」政策の中国で、いま、中国の若者の間で流行している言葉があります。

「潤学」です。「国外へ逃げ出す方法を学ぼう」とか「海外移民となる道を探ろう」という意味です。

もともと「潤」は中国語の発音で「Run」。英語の「Run(走る)」と同じつづりで、「Run away」で「逃げ出す」という意味になることから作られたとされています。

中国で自由に暮らせるのか 疑念深めたコロナ

この「潤学」を実践し、海外への移住を決意した女性が取材に応じてくれました。

きっかけは、なりふり構わず厳しい感染対策を続ける現状に耐えられないと感じたからでした。

女性の友人の中には、40日間一歩も家から出ることもできなかった人もいました。さらに、妊娠中の女性がPCR検査の陰性証明書を所持していないとして、病院の外で待たされた末に死産したといったニュースも耳にしました。

「人の命さえも大事にされていない」

そんな風に感じ、嫌気がさしていきました。女性は、コロナ政策に限らず、ネット空間をはじめ社会の様々な面で統制が強まっていると感じています。

海外への移住を決意した女性
「一部の言葉が敏感とされ、どんどん使ってはいけない言葉が増えている気がします。何かを発言しようとしても簡単にはできません。この国に、本当に自由な場所はあるのでしょうか」

女性はカナダへの移住を目指し、現在、現地での仕事や収入、生活条件を具体的に調べています。中国国内で結婚相手や恋人を探すつもりもないと言います。

女性
「故郷の家族に止められたとしても、移住の決意は変わりません。大事なのは自由です。誰にでも自由を求める権利はあるはずです。私たちは、普通の人の生活をしたいだけなのです」

この国の将来に期待を持てない。彼女はそう感じていました。

中国ではいま、5年に1度の共産党大会が開かれています。党の人事、今後の政治や経済の方針を決める重要な政治イベントです。しかし、女性の反応は冷ややかでした。

共産党大会(2022年10月16日)

女性
「国家レベルの決定は、庶民の暮らしを踏まえていません。この感染対策を見てください。私たちの生活に深刻な影響を出しているのに、ここまで厳しくやる理由は一体なんですか?」

市民の暮らしを揺さぶる中国の“ゼロコロナ”政策。 それでもまだ、この政策の終わりは見えていません。

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