2022年9月20日
経済 中国

貧困ゼロを宣言した中国 データで見る中国の不都合な現実

「貧困脱却の闘いに全面的に勝利した」

2021年、中国の習近平国家主席は、こう宣言しました。

それにもかかわらず、生活苦を嘆く国民からはこんな声がー。

「こんな暮らし、生活とも呼べないよ」

では、実際多くの人はどんな暮らしをしているのか?

データをひもとくと公には語られない実態が見えてきました。

(中国総局記者 伊賀亮人、広州支局長 高島浩、国際部記者 建畠一勇)

“貧困層ゼロ”を宣言した中国

中国の習近平国家主席は、2021年7月、中国共産党創立100年となるのに合わせた式典で、国の最重要課題の1つに掲げてきた農村部の貧困層をなくすという目標を達成したとアピールしました。

「党創立100年の目標である貧困問題を解決した」(習主席・式典での演説)

中国では経済発展に伴う貧富の格差が大きな問題となっていて、指導部は、農村部で所得などが一定の水準に満たない層を「貧困人口」(※1)と位置づけました。

その上で、2012年末の時点で1億人近くに上っていたとする“貧困層”をゼロにする目標を掲げていて、この目標を達成したと宣言したのです。

  1. 貧困人口
    中国政府は2010年の物価水準で年間2300人民元以下と定義

「生活とも呼べない暮らし」

では習近平指導部が「貧困がなくなった」とする今、中国の人たちは豊かになったのか?実際どんな暮らしをしているんだろう?

そんなことを考えて取材したのは、都市別の経済規模で中国4位の大都市、南部広州市です。

「中国は豊かになったというけれど、私だけじゃなくて、こんな底辺の生活をしている人も多いんだよ」

こう嘆いていたのは、出稼ぎ労働者の40代の男性。

服飾工場で働く男性は、朝7時半に起きて夜10時半まで働き、あとは、洗濯をして寝るだけの日々だといいます。

毎日12時間働いて、休みは月に1度。それでも、月収は日本円にして10万円ほど。

ふるさとにいる親や妻と子どもへの仕送り、家賃と食費などを支払うと、手元にはほとんど残らないのだそうです。

彼が暮らすアパートは6畳ほどの部屋。ここで息子と2人で暮らしています。台所がないので食事を作るのも不便です。

男性が暮らすアパートの室内

また、広州市の出身ではないため、公的な医療保険では十分なサービスを受けられず、病気になると生活が立ちゆかなくなる不安を常に抱えているといいます。

「こんな暮らし、生活とも呼べないよ」

月3万円で暮らす人が50万人?

こうした生活をしている人たちは、男性が言うようにたくさんいるのでしょうか。

それとも「貧困層ゼロ」を宣言する中国の中では、例外的な存在なのでしょうか。

そこで、広州市政府が発行している「統計年鑑」を調べてみることにしました。

すると、彼は、決して例外的な存在ではないことがうかがえました。

2020年のデータをまとめた「統計年鑑」(2021年発行)によると、広州市の住民1人あたりの1年間の可処分所得(税金・社会保障費などを除いた収入)は、都市部の平均で約6万8000人民元(約140万円)。

男性の1か月の手取り収入は約5000元、年収で約6万元。息子も同じ職場で働いて同じ収入を得ているので、息子と2人暮らしの男性の世帯は、1人あたりの年収にすると6万元(約120万円)となります。

広州市都市部の平均よりやや低い水準でした。

年鑑には、人口20%ごとで5段階に分けた、1人あたりの1年間の平均年収も公表されていて、男性の世帯の1人あたりの年収は中所得層と中低所得層の中間くらいにあたります。

つまり、概ね都市部の人口の半分が男性の収入より低いということになります。

広州の都市部の人口は約1600万人(2020年末)、その半分というと約800万人が男性と同じような水準の収入という計算になります。

しかし、これはあくまでも都市部のデータ。

年鑑には農村部のデータもあり、農村部の最も低い下位20%の低所得層(約50万人)1人あたりの平均年収は、約1万7000元(約35万円)。

都市部の半分以下の水準で、月収にすると3万円弱で生活しているということが見えてきました。

2億8000万人の平均月収は1万円余り?

それでは、中国全体ではどのような状況なのでしょうか?

可処分所得は全国のデータも公表されているので、そちらも調べてみることにしました。

それによると、2021年の下位20%の低所得層の平均年収は8000元余り(約17万円)。月収に換算すると、日本円で1万4000円ということになります。

中国の人口は約14億人なので、20%というと約2億8000万人が、生活苦を嘆く月収10万円の広州の男性よりも大幅に低い収入で暮らしているとみられます。

中国の農村部では、自給自足の生活で暮らしている人も多くいるため、一概に“貧困層”とも言えないほか、中国と日本では物価が違うので単純に比較はできませんが、日本の人口の倍以上の人たちが、月1万円余りの収入という計算になります。

“騒乱レベル”の格差大国?

実は習主席も「都市部と農村部の発展と収入分配の格差は大きい」と述べ、大きな格差が依然として残っていることを認めています。

「統計年鑑」からは、この格差の実態も見えてきました。

中国全体の上位20%の高所得者層の平均年収は、約8万5000元(約170万円)。先ほどの低所得者層の約8000元余りと、10倍以上の格差がありました。

中国国内の経済格差は大きいと指摘されますが、国際的に見るとどのくらいの格差の水準なのでしょうか。

所得格差を示す統計として「ジニ係数」というものがあります。0に近ければ格差が小さく、1に近づくと格差が大きいことを示しています。

中国の格差は0.46。

専門家によると、ジニ係数は、0.2~0.3が望ましいとされ、0.4を超えると「騒乱が起きる警戒ライン」とされています。

中国は、国際的に見ても“格差大国”と言えるのかもしれません。

格差は縮小?拡大?

「貧困は解消した」と宣言した中国ですが、格差は徐々に縮小しているのでしょうか?

「統計年鑑」で比較が可能なデータを探したところ、都市部の可処分所得で、2013年以降の上位20%と下位20%の推移を見ることができました。

この間、わずかに格差は縮小しているものの、10倍余りでほぼ固定されています。

さらに調べてみると、都市部に限れば1985年までさかのぼれることがわかりました。

推移を見ていくと、2002年に格差が5倍を超えると、その後も拡大傾向が続き、この5年も拡大し続けています。

WTO=世界貿易機関への加盟や北京オリンピックと上海万博の開催、そして世界2位の経済大国へと、華々しい発展の裏で格差が急速に拡大していたのが見てとれます。

“不都合な現実”を象徴するような町

経済成長とセットになっている格差の拡大。

それを象徴するような状況が見てとれるのが、中国に31ある省・自治区・直轄市の中で、一番最後に「貧困から脱却した」と宣言した内陸部の貴州省です。

貴州省の「統計年鑑」を調べると、都市部の2013年の高所得者層と低所得者層の格差は4.9倍。最新2020年では、8.3倍の差に広がっていました。

また、グラフからは、低所得層の収入があまり伸びていないのに対して、高所得層の方が、伸び率が高いことがわかります。

つまり、「富めるものが富んでいく」ことで、全体の平均を引き上げているのです。

“脱貧困”の成果をアピールしたい中国政府にとっては、“不都合な現実”と言えるかもしれません。

一方、農村部のデータを調べると、“脱貧困”を宣言した2020年に低所得層の所得が1年間で1.7倍に急に伸びています。

理由ははっきり説明されていませんが、わずか1年で格差も急速に縮まっていることが見てとれます。

専門家は

こうした実態について、中国経済に詳しいニッセイ基礎研究所の三尾幸吉郎上席研究員は次のように分析します。

「貴州省の農村部の所得が上昇したのは、貧困をなくすという目標を掲げて取り組んでいた最終年にあたるので、かなり力を入れて“何らかの対策”をしたのではないでしょうか。
 
ただ、そうした対策が持続的なもので、地域に定着しているものかどうか、今後も見ていく必要があります。また、長年貧しいとされてきた地域に対して、政府は補助金や経済的な優遇措置で底上げを図ろうとしています。
 
ただ、恩恵を受けられる人は一部で、貧困層の状況は大幅には改善されていません。『最貧』と言われてきた貴州省でも、データセンターが誘致され国内外の巨大IT企業が進出しました。その結果、高所得のIT技術者が移住するなどして所得水準を引き上げています。同様の構図は、ほかの貧しい地域にもあると考えられます」

富めるものが富んでいく社会

また、貴州省では、まさに「富めるものが富んでいく」という事態も起きていました。

それは貴州省にある、中国の伝統的な酒「白酒」の高級ブランド「貴州茅台酒」です。

貴州茅台酒

贈答品などとして、貴州だけではなく北京や上海など大都市をはじめとした富裕層に人気の酒です。

正規の価格は代表的な商品で、1本3万円ですが、ネット上では年代物が数十万円から100万円以上で取り引きされています。

会社があるのは人口10万人ほどの山間の小さな町。数多くの酒店が立ち並ぶ酒どころですが、地元でも貴州茅台酒は手に入らなくなっているといいます。

「白酒ストリート」と名付けられた貴州省の通り

酒の価値が高騰する中で確実に成長が見込まれると投資家からのマネーが流れ込み、株価は5年前と比べて約4倍に高騰。

時価総額は45兆円規模に上り、日本企業で最も時価総額の大きいトヨタ自動車をも上回り、世界でも20位以内に入る巨大な水準にまで膨れ上がっています。

「共同富裕」の行方は?

経済成長で「豊かさ」を手に入れた人たちがいる一方で、世界有数の水準にまで広がった格差。ここまで分析した格差は所得によるもので、不動産など人々が所有する資産の価値の格差はさらに大きいと指摘されています。

公の場ではこうした実態が語られることはありませんが、格差是正を目指す取り組み「共同富裕」という方針を掲げている背景が、データからは浮き彫りになります。

しかし、2021年、「共同富裕」の旗の下でIT企業に対して独占禁止法に違反したとして罰金を科すなど、締めつけを強めたことが今後の経済成長にはマイナスだと指摘されました。

2022年に入り経済が大きく減速する中、今政府は軌道修正を図っていると指摘されています。

10月16日から開かれる共産党大会では、習主席が党トップとして3期目入りし異例の長期政権化するとみられています。共産党大会の開催にあたっては「共同富裕」を着実に推進する方針が示されています。

盤石とみられている政権運営ですが、長年続く格差の是正と成長の持続のバランスをどう図るかは、これまで以上に重くのしかかってきそうです。

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