2022年9月15日
災害 韓国 朝鮮半島

大雨で沈んだ韓国の「半地下」 危険性が浮き彫りに

韓国では2022年8月、首都ソウルを中心に、「80年ぶり」ともいわれる大雨が降り、多くの住宅などが浸水するなどの被害を受けました。この大雨で、あわせて14人が死亡しました。
実はこのうち4人は「半地下」の住宅で暮らしていた人たちでした。

この「半地下」、アカデミー賞を獲得した映画「パラサイト 半地下の家族」でも、その住環境の悪さなどが注目されましたが、大雨で、危険性が浮き彫りになりました。
被害に遭った人たちの現状を取材しました。

(ソウル支局記者・大谷暁)

脱出できず… 3人が死亡

「半地下」で亡くなった4人のうち、3人は、同じ部屋に暮らしていました。40代の母親とその姉、そして10代の娘の3人。このうち姉には障害があり、生活保護を受けていたということです。

大雨が降った4日後に現場を訪れ、階段を下りると、部屋中に水につかった家財道具が散乱し、わずかに地上に面している窓には、3人をしのんで、白い花が手向けられていました。

3人が亡くなった「半地下」の住宅

同じ建物の1階に住む住民が、3人のことを話してくれました。

「会ったら挨拶していた。皆いい人たちだった。言葉にできない。上と下で住んでいたどうしだから」

被害の現場を歩く

ソウル市内にある、このような「半地下」や「地下」の住宅は、実に20万世帯。
全体の5%にのぼります。
自宅が被害に遭った人たちに、話を聞きに行きました。

“半地下は安いから”
ソウル市内の半地下に住む大学院生のシン・ジェヨン(申在容)さん。
大雨の当日の様子をみずから撮影した動画や写真を見せながら、当時の状況を話してくれました。

シン・ジェヨン(申在容)さん

「掃除をしていたが、『ダメだ、雨が降り続けているので、水をすくいだしてもきりがない』と考え、隣の宿泊施設に避難しようと思った。自分の部屋もすぐに浸水するかもしれないと感じて怖かった」。

家にあった家財道具の多くは水につかり、使えなくなりました。

「トイレから水が逆流して全体に広がった。すべての物が水につかってたくさん捨てた。悔しいのは勉強に使う本が濡れて、使える物がほとんどなくなってしまったこと。大学の卒業アルバムも濡れとても悲しい」

シンさんがこの部屋に住み始めたのは、およそ1年前。ただ、住むにあたって、浸水のリスクは考えていなかったと言います。

「ソウルは住宅価格が高いから半地下を探した。半地下は安いから。住み始めた時は、全く水につかるなんて思ってもいなかった。今回こんな経験をして、次に引っ越すときは絶対に半地下には住まない」

シンさんは、半地下の部屋には別の危険性もあると指摘します。多くの部屋で防犯のために窓に設けられている、鉄製の柵です。

シン・ジェヨン(申在容)さん

「天井まで水が上がったら、柵を切らないといけないけど、鉄格子だから切るのは無理だと思う。半地下だから泥棒が入れないようにしたものだが、雨がたくさん降ったときは、むしろこれはわれわれの命を危険にするものだ」

“お金があれば、もっといいところに”
別の半地下の部屋に住む60代の女性。浸水で大きな被害を受けました。部屋を見せてもらうと、壁には、部屋の半分よりさらに高い部分に線がくっきりついています。

浸水の被害にあった女性

「ここまで水につかった。私の身長より高い」

女性はこの部屋で、娘と孫の3人で暮らしていましたが、この日は仕事で留守にしていた際に、部屋が浸水。20代の孫が取り残されたといいます。

「水の圧力でドアが開かないから、窓から脱出した。死ななかっただけでもよかった。ここから出られなかったら、死んでいた」

この部屋に10年以上住んでいたという女性が、半地下を選んだ理由は、やはり、家賃でした。

「半地下に住むメリットはない。夏、雨が降ると湿気が多いし。お金がなくて、安いから半地下で暮らしている。お金があれば、もっといいところに住むよ」

政府の支援で、宿泊施設に一時的に身を寄せたものの、水が引いたら、再びこの部屋に住まざるを得ないと、涙ながらに嘆いていました。

「ここの水が引くまで待つしかない。でもいつになったら乾くだろう。お先真っ暗だ」

繰り返される被害に対策は?

ソウル市はこれまでも、浸水のおそれがある地域では、住居として使う地下や半地下の建築を制限してきました。ただ、強制力がなかったため、この10年で、新たに4万世帯の半地下の住宅が建設されてきたとされています。

今回、被害が大きかったことを受けて、ソウル市も対策に本腰を入れています。

ソウル市の対策会議

まず、住居用の地下や半地下の建築を許可しないための法改正に向けた協議を、政府と行うとしています。

さらに、現在、人が住んでいる地下や半地下の住宅も、10年から20年の猶予期間を経たのち、住むことを禁止すると強調。そのため、地上の部屋に転居した場合は、日本円にして、1か月あたりおよそ2万円の補助金を、最長2年にわたって支給することにしています。

専門家「抜本対策にならず」

ただ、こうした方針について、社会福祉政策に詳しいソウル女子大学のチョン・ジェフン教授は(鄭宰薰)、補助金が支給されたとしても、所得の低い人たちにとって、転居は容易ではなく、抜本的な対策にはならないと指摘します。

チョン・ジェフン教授(鄭宰薰)

「半地下で暮らす人たちがこのような状況から逃れるためには、大きな費用がかかるが、負担する力がない。行政が公共の賃貸住宅への移住などを支援する対策を打ち出しているが、自己負担も必要とされるので、限界があるだろう。半地下で被害を受けた人たちに支援できるほど、十分な数の住居を確保するにも課題がある。今すぐに解決策を探すのがとても難しい状況だ」

その上で、映画「パラサイト」が鳴らした警鐘を、社会全体で受け止めるべきだと訴えます。

「冷笑的な発言だが、映画がアカデミー賞をもらったことに熱狂しただけで、映画を通じて韓国の今の状況を反省するような変化は見られなかったと思う。温暖化によって豪雨災害が頻発する中で、同様の被害が繰り返されるおそれがある。自然災害がもっと深刻化されるとしたら、社会的な弱者たちがもっと多くなるだろう」

あってはならない「命の格差」

そもそも半地下が誕生した背景は、朝鮮戦争から続く南北の緊張関係のあおりで、緊急時の避難場所として、住宅の地下に部屋が作られたのが始まりとされます。

80年代に入り都市部の人口増加で住宅不足が深刻になると、政府は法律を改正し半地下を住居として利用できるようにしました。その結果、比較的所得の低い人たちが多く暮らすようになったのです。

ソウルを中心に、今も不動産価格は高止まりしていて、所得の格差が命の格差につながりかねない現状は、何ら変わっていないと言えると思います。チョン教授が指摘するように、豪雨災害が今後も繰り返し起こるおそれがある中で、短期的な対策、中長期的な対策と、実効性のある取り組みを早急に洗い出し、今すぐにでも始める必要があると感じました。

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