2023年7月13日
ブルネイ 経済 アジア

何が変わる?ようやく11か国そろったTPP【コラム】

「ブルネイで始まり、ブルネイでゴールイン」
7月12日、TPP=環太平洋パートナーシップ協定に参加する国のうち、最後まで残っていた11番目の国、東南アジアのブルネイで協定が発効しました。
10年前の2013年、日本が正式にメンバーとなって初めて本格的に交渉に臨んだのもブルネイでした。
これで11か国すべてがそろったTPP。この先、何がどう変わるのか。
国際部デスクによる「グローバル経済コラム」です。

(国際部デスク 豊永博隆)

10年前もブルネイから

強い日差しが降り注ぐブルネイの首都、バンダルスリブガワン。敬虔けいけんなイスラム教国で、黄金色の美しいモスクをあちこちで見かけます。時は今から10年前の2013年8月。私はこの街に10日間ほど滞在していました。TPPのブルネイ交渉会合の取材のためです。

ブルネイで行われたTPP閣僚会合(2013年8月)

当時、日本は霞が関の官庁からえりすぐりのメンバーを交渉官として集め、現地に派遣しました。

各国がすでに行っていた交渉に日本が遅れて参加したのは前月の7月。それまでの交渉経緯が分かりませんでした。交渉官たちは協定内容を記した600ページに及ぶ極秘の文書をブルネイ会合の前に入手して念入りに分析したうえで、11か国との本格的な交渉をスタートさせたのです。

私たちも政治部、経済部、国際部から記者が結集し、チームを組んで取材に当たりました。私は当時、経済部で経済産業省などを担当するグループのキャップで、現場のまとめ役を担っていました。

現地での過酷な取材

 現地の取材は想像を超えて過酷でした。日本との時差は1時間とはいえ、異国の地で強烈な冷房を浴びながら、昼夜続く取材。情報は厳しくブロックされ、極めて難しい取材だったことをよく覚えています。

ブルネイの首都バンダルスリブガワン

食事はといえば東南アジア風焼きそばとチャーハンの連続で野菜不足になり、体調を崩す人もあらわれました。ホテルに戻るとシャワーのお湯がでなくなったり、ソファの脚が折れていて座れなかったりと暗い気持ちになりました。

調整型ニッポンが活躍?

 この会合で1つ特徴的だったことは、日本の役割です。当時はTPP交渉をアメリカが主導し、東南アジアの国などに対して「オレの言うことを聞け」といわんばかりの強引な交渉姿勢が際立っていました。そこに日本が割って入って、「それぞれの国の立場は異なる」と、あるときはアメリカを諭し、アジアとの仲介役を務めたのです。振り返ると、2015年の大筋合意につながる1歩をこのとき踏み出した印象があります。調整が得意なニッポンらしさが光ったともいえるでしょうか。

しかし、ご承知のとおり、その後アメリカはトランプ政権のもと2017年にこの協定から離脱してしまい、戻る気配すらないどころか別の通商交渉の枠組みを立ち上げて現在にいたっています。

経済規模の比較

11か国で改めて組み直したTPP。11のメンバーがそろったことでどのような効果や意味があるのでしょうか。

シンクタンク大和総研のまとめによれば、この11か国の2021年時点の合計人口は5億人以上、GDP=国内総生産の合計は11兆7000億ドルとなります。

一方、中国や韓国、ASEAN諸国が加わるRCEP=地域的な包括的経済連携は、国の数は15に増えて、29兆6000億ドルとなります。どちらかというとRCEPは緩やかな経済連携であり、単純な比較はできませんが、スケールメリットの違いは明らかです。やはりTPPはアメリカが離脱したことが痛手になっています。

ちなみにアメリカが主導するIPEFには中国が加わっていませんが、代わりにインドが加わっていることもあり、GDPの合計は38兆3000億ドルとなります。

加入希望相次ぐ

さらに新規加入の希望も増えています。EU=ヨーロッパ連合を離脱したイギリスがTPPに加入を希望しており、これは2023年7月16日にニュージーランドで開かれる閣僚会合で正式に合意される見込みです。

イギリス スナク首相

また、中国と台湾は2021年に加入申請しました。このほかエクアドル、コスタリカ、ウルグアイも申請しています。戦時中のウクライナも2023年5月に加入申請をしたことが明らかになりました。

純粋に経済的なメリットだけを追い求めて、これらの国が手を上げているのかどうかは分かりませんが、経済を軸に手を組みたいというメンバーが増えるのはこの枠組みにとって大きなメリットです。

効果が相殺される?

一方で懸念材料もあります。TPPに限ったことではありませんが、経済連携協定は今、その効果が相殺されている状況です。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大と、その後の経済混乱、欧米の急速なインフレと利上げ、そしてロシアによるウクライナへの軍事侵攻をきっかけとしたエネルギー価格の高騰や穀物の価格高騰と、モノやサービスを安く提供するという概念自体が吹き飛んでしまっているわけです。

外国為替市場のドル円相場をみても、円相場は2018年12月と比べて23%程度円安が進みました。

家畜のエサに欠かせないトウモロコシの価格もこの4年半で30%程度上昇しています。

今、世界は構造的なインフレ、高コスト体質に転換しており、関税をいくらか引き下げても当初想定したようなメリットを各国は感じられない状況になっています。この変化はインフレとロシアの軍事侵攻の影響が大きく、すぐには元に戻らないどころか、相当長いあいだこの状態が続く可能性すらあります。

安保と経済が結びつく危険な時代か

アメリカの内向き志向と米中の対立、ロシアによるウクライナ侵攻などを背景に、脱グローバル化が進み、世界をつなぐ仕組みはこれまでになく、不安定になっています。

経済だけで利益を享受しようとしていた時代は終わり、安全保障と強くむすびついた動きが顕著になっています。

著名な経済史家であるコロンビアの大学アダム・トゥーズ教授は、「国家の安全保障政策と経済の問題が重なり合う今の状況はとても危険だ」と指摘します。第2次世界大戦が経済のブロック化から始まっていることを今になぞらえているのでしょう。

コロンビア大学 アダム・トゥーズ教授

希望はあります。TPPのような地域を経済でつなぐ仕組みこそが世界をばらばらにしない、大事な枠組みになっているように感じますし、そうあってほしいと願っています。

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