
「半導体は世界の経済だけでなく軍事バランスの行方も左右する」
アメリカでベストセラーとなったノンフィクション作品「半導体戦争」の著者で、国際歴史学者のクリス・ミラー氏はこう指摘し、ウクライナ情勢でも半導体は重要な役割を果たしていると言います。
どうして半導体が重要になっているのか?
なぜアメリカは中国に半導体の輸出規制をするのか?
そして日本はどうあるべきなのか?ミラー氏に話を聞きました。
(聞き手:アメリカ総局記者 江崎大輔)
「半導体戦争」の著者クリス・ミラー氏とは
クリス・ミラー氏は、タフツ大学フレッチャースクールの准教授で、気鋭の国際歴史学者として注目されています。
「半導体戦争」は、100人を超える科学者や政府関係者などにインタビューをして書いた著作で、2022年にアメリカで刊行されてベストセラーとなりました。半導体の歴史を描きながら、現代に潜むリスクに鋭く切り込んだとして話題を呼んでいます。

※以下、ミラー氏の話
なぜ半導体は重要なのか?
私はもともと過去半世紀にわたる軍事技術の進化について本を書こうと計画していました。
そして、実は軍事システムの重要な推進力は、飛行機、衛星、船舶など、さまざまな種類のシステムへのコンピューティングパワー(計算能力)の応用であり、その背後にあるのは半導体だと気づきました。

半導体は、経済のグローバル化にとって重要であると同時に軍事システムの製造において中心的な役割を果たすため、世界の軍事バランスにとっても重要なのです。
ウクライナの反転攻勢にも影響?
ロシアによる軍事侵攻に対抗し、ウクライナは、高火力ロケットで前線のはるか後方にある標的を正確に攻撃するのに成功しています。

標的を精密に狙うためには、センシング(センサーによる情報収集)に使用する半導体が大量に必要です。
ウクライナは先端半導体を新しい軍事能力を生み出すために利用することで、技術を進化させています。西側諸国が半導体と軍事システムをウクライナに供給していることが、ロシア軍からの防衛の成功につながっているのです。
ミラー氏は著書の中で、半導体産業について、これまでは複雑な生産工程を各国の企業が担うグローバル化した産業だと言われてきたが、先端半導体の製造は今や台湾の受託生産世界トップTSMCに集中するなど“台湾化”が進んだと指摘しています。
なぜ“台湾化”は大きなリスク?
それは過去20年間、半導体産業が台湾に製造を集中させてきたからです。毎年、世界で生み出されるコンピューティングパワー(計算能力)の3分の1以上は台湾製の半導体がもたらしています。

台湾の半導体へのアクセスを失うと、世界経済は数兆ドルもの損失に直面します。
中国が台湾を封鎖したり攻撃したりして、台湾の半導体産業が機能不全に陥れば、世界の製造業は世界恐慌に匹敵する規模の混乱に陥ることになるでしょう。
一方、中国が台湾製の半導体に依存することで、台湾への攻撃や封鎖を抑止することができるという『シリコンシールド(=半導体の盾)』という考え方があります。しかし、歴史的に見て、経済的に結びついた国同士が、戦争を起こした例はたくさんあります。たとえば、イギリスとドイツです。第一次世界大戦の直前、両者は互いに主要な貿易相手国でした。

貿易や投資の結びつきは平和を保証するものではないことは歴史が証明しているのです。
台湾海峡の平和が経済的相互依存によって保証されるという主張には、たいした根拠はないと思います。
国内での半導体生産を後押しするバイデン政権のねらいは?
中国が軍事的に台湾を脅かすようになったにもかかわらず、台湾への依存度を高めてしまったのは大きな誤りでした。
アメリカの半導体の国内生産の目的は、先端半導体の製造における台湾への依存度を下げることであり、中国が攻撃してきた場合でも代替の供給源を確保できるよう保険をかけることです。

アメリカは中国のAI(人工知能)が進歩して、諜報機関や軍事システムに配備されることを恐れています。
アメリカや中国など世界の主要な軍隊は、たとえば自分で飛行できる半自律型のドローンを開発しています。こぞって軍事システムへのAIの応用を模索していますが、AIにとって不可欠なのが、高性能の半導体です。
西側諸国、日本、韓国、台湾が最先端の半導体を中国に売らなければ、中国はそれを入手する方法がありません。アメリカは中国の最先端の半導体の入手経路を遮断したいのです。
日本の製造業にも影響しかねない?
アメリカが中国の先端半導体の入手を止めなければ、中国の軍事能力は高まる一方でしょう。
アメリカの輸出規制が軍事面だけでなく、民間にも影響があるのは確かですが、(規制による影響の経路を)区別することはできません。AIの半導体はすべてコントロールするか、全くしないかのどちらかしかないのです。
日本企業にとって中国市場は相当な規模であり、影響を受けると思います。しかし、これは単に市場シェアの問題だけでなく、安全保障の問題なのです。
日本企業が、中国の軍事・情報システム開発能力を制限することになれば、それは実際に日本の安全を守る手助けにつながると言えるでしょう。

日本の半導体産業が競争に敗れた理由は?
日本の半導体産業は、1990年代に起こった大きな変化、特にパソコンの出現と世界のコンピュータインフラにおけるマイクロプロセッサ(演算処理などを担う集積回路)の重要性に気付くことができませんでした。

現在、半導体産業には、製造装置や化学関連、センサーなどに強い日本企業がたくさんあり、収益性の高い高度な技術を持っています。しかし、大量生産の半導体製造という点では、日本企業は1990年代から2000年代にかけての重要な技術の変化に乗り遅れたため、敗北したと思います。
日本は台湾の半導体大手TSMCの工場を熊本県に誘致するとともに、2022年には先端半導体の国産化を目指す新会社「Rapidus」が設立され、世界で実用化されていない先端半導体の技術開発を行っています。
日本の半導体産業復興のカギは?
各国は地政学的、軍事的な競争が今まさに激化していることを考慮し、ビジネスのやり方を再構築し始めています。なぜなら、政治的な競争によって経済が二分化され、サプライチェーンが変化するという傾向が長く続くことになるからです。

日本政府は先手を打ってきたと思います。しかし、私たちはまだこの二分化の初期段階にいることを認識すべきだと思いますし、技術産業へのサプライチェーンへの混乱はまだまだ続くでしょう。
重要な教訓は、最も収益性が高く消費者からの需要がある半導体の種類は、常に変化するということです。半導体産業で後れをとらないためのカギは、消費者や産業から需要がある次の技術を常に見つけることです。
日本であれ他の国であれ、すべての企業が技術の動向を把握し、現在だけでなく、5年後、10年後に伸びるであろう需要に対応した製品をつくることが求められています。