卓球は私に人生を教えてくれた。私の命であり私の恩師だ

丁寧

卓球

2021年9月、リオデジャネイロオリンピックの卓球で2つの金メダルを獲得し、長年、卓球王国・中国を代表する選手として活躍した31歳の丁寧が現役引退を表明した。
丁寧が卓球を始めたのは5歳。バスケットボール選手だった母親が練習していた施設の2階に卓球場があったことがきっかけだった。その後、10歳で親元を離れて北京のチームに入り、本格的な競技の道へ足を踏み入れた。

「チームのメンバーはみんな私よりはるかに年上だった。厳しいことが待っていると感じたし、この時すでに自分が歩んでいる道は険しいと気付いた」

世界一、厳しい競争を勝ち抜き、13歳でナショナルチームの2軍、15歳で1軍入りを果たした。順調にキャリアを積んでいたが、2010年に大きな試練が訪れる。団体戦の世界選手権、決勝はシンガポールとの対戦だった。
丁寧は重要な第1試合を任されたが、逆転負け。チームも敗れ、中国の連覇が「8」で止まった。

「自分を責めたし、ひどく落ち込んだ。人生の中で大きな挫折と向き合っていた時期だった。今後、卓球を続けられるのか、困難を乗り越えられるのか、すごく悩んだ」

それでも丁寧は、逆境こそが自分を成長させると知った。

「失敗しても諦めることはしない。自分の改善すべきところにしっかりと向き合って、努力を積み重ねていく。もがき苦しんだあとにそれを乗り越えることができれば、自分は前より成長できると分かるようになった」

丁寧はその後、世界選手権とワールドカップの女子シングルスでそれぞれ3回の優勝。卓球王国の第一人者として活躍を続け、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは、女子シングルスと女子団体で2つの金メダルを獲得した。

しかし、その後は、頂点に立った者にしか分からない葛藤と戦っていた。

「リオデジャネイロオリンピックの金メダルで自分の夢は実現できたとも言える。今後の目標は何なのか悩んだし、どうすればいいのか、自分の人生についてじっくり考えた。卓球を続けるなら、その道は前よりもはるかに険しいと分かっていた」

追われる立場の苦しさや厳しさは先輩たちを見ていて十分、理解していた。それでも丁寧は再び、オリンピックを目指すことを決めた。

「リオデジャネイロオリンピックのあと、私は代表チームのキャプテンに選ばれた。その責任を立派に果たそうと思った。そして、自分は本当に卓球が好きだ。『責任』と『卓球愛』のおかげでもう1回オリンピックを目指そうと思うようになった。自分の底力がどのぐらいあるのか知りたいし、底力を掘り起こしたいと思った」

しかし、その後は若手の活躍に押されて思うような成績を残せず、東京オリンピックの代表には選ばれなかった。そして現役引退を表明。丁寧は2019年、NHKのインタビューで卓球に対する思いを語っていた。

「卓球は私に人生を教えてくれた。卓球は私の命であり、私の恩師だ。卓球はいいことも悪いことも全部教えてくれた」

丁寧は北京大学の修士課程に入学。第二の人生を歩み始めた。

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