2022年04月28日
(聞き手:石川将也 田嶋瑞貴)
noteを中心に活躍する作家の岸田奈美さん。大学時代からユニバーサルデザインを手がけるベンチャー企業に勤め、2020年に作家として独立しました。独立のきっかけは編集者のある言葉でした。就活生に欠かせない「読みやすい文章」を書くコツも聞きました。
作家になる前はベンチャー企業で働かれていたんですよね。
大学1年生の5月から創業10日目の「ミライロ」に3人目の社員として入りました。
ミライロ
2009年創業のベンチャー企業。ユニバーサルデザインに関するコンサルティングや教育研修の企画、建築物や地域のバリアフリーに関する情報収集などを手がける。
入社してから3年ぐらいは役職はなくて、営業も事務も経理もやるっていう状態だったんですけど。
私が営業にすごく不向きで。
作家 岸田奈美さん
ベンチャー企業の起業メンバーとしておよそ10年にわたり勤めたあと、2020年に作家として独立。noteを中心に、車いす生活を送る母親や障害のある弟との日常などをテーマにしたエッセーを発表している。著書に「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」「傘のさし方がわからない」など
どういうことですか?
お客さんとすごく仲よくなるんですけど、時間を守れないとか結構ミスが多くて。
逆算ができなくてデザインの納期も遅れたりとかしてて、最悪だったんですよね。
おお…
お客さんからのクレームもすごいし…みたいな時に、広報っていう仕事があるらしいと。
この会社を社長と副社長以外で一番知っているのは岸田だから、会社の魅力を伝える仕事をしないかと。
端的に言うと営業はやめたほうがいいってことなんですよね。聞こえがよく言うと広報なんですけど。
広報ではどのようなことをされていたんですか。
会社を知ってもらうほかにも、社長の本のネタ出しとか編集作業とか。
障害がある方やご高齢の方への接客や対応方法について、障害のある先生から教わった後にテストを受けるユニバーサル検定の認知度を上げるっていう事もしていました。
当時はどういう思いで仕事に励まれていたんですか。
最初は車いすに乗っている母が「生きててよかった」と思える社会を作るためですね。
歩けなくなった事で、母が「もう私は生きててもしかたがない、誰の役にも立てない」って気にしていたので、母にも仕事を作るという気持ちでやっていました。
ユニバーサルマナー検定は母が講師としてミライロに入社するきっかけになった仕事の1つなんです。
お母様も入社されたんですね!
そこからどうして作家の道に進まれたんですか。
多分創業メンバーってそんなもんなんですけど、仕事が本当に好きで、フルコミットするのが当たり前で、自分の生きがいになってたんです。
けど、私がコミュニケーションが結構下手というか、すごく仲がいいと思っていた同僚が「岸田仕事遅いわ」「一緒に仕事したくない」みたいなことを会社のチャットで間違えて私に送ってきたんですよ。
え…それはつらいです…
創業当時はがむしゃらにやっていて、失敗してもそれ以上の誰にもできない成果と愛を表現してたら何とかなってたんですよね。
でも、私ばっかり目立つことが私の尻ぬぐいをしてくれるバックアップ担当の人は相当嫌だったらしくて。
会社を巻き込む大騒ぎになってしまって、すごく好きな会社のために頑張って働いてたけど、会社にとって私はあんまり要らない存在なのかもしれないなって。
そう思った時に会社に行けなくなっちゃって、2019年の冬に休職しました。
その休職がエッセーを書き始めることにつながったんですか。
休職中に弟と一緒に温泉に行ったりとかしてて。
その時に自分の事には自信が持てないんですけど、弟の事はすごい自信が持てて。
こんなにすばらしい、おもしろくてユニークで優しい弟がいるんだっていう事を誰かに聞いてもらいたいと思って、エッセーを書き始めました。
エッセーを書く場としてなぜnoteを選んだんですか。
書きやすかったんですよ。ただ単に。
ワンボタンですぐに書き始められて、スマホでも読みやすくて、SNSでシェアしやすい仕組みになっているんです。
エッセーを書き始めてすぐに独立されたんですか。
書き始めたのは2019年の夏で、当時はまだ知り合いしか読まない感じだったんですけど。
ブラジャーの試着のエッセーを120万人ぐらいに読んでもらえて、ツイッターのフォロワーさんがものすごく増えて。
その次に弟とコンビニの店長さんの話を書いたんですけど。
読みました!
ありがとうございます。
noteには、誰でも読んだ後に「よかったよ」っていう気持ちでお金を払える仕組みがあるんですけど、その記事だけで1か月分の給料ぐらいになったんですよね。
けど、それで食べていけるとは考えてなくて、一生会社にいるんだろうなって思っていました。
最初は独立するつもりはなかったんですね。
そのあとに編集者の佐渡島庸平さんに出会って、「岸田さんは今まで障害がある家族のことや当たり前の事ができない自分の事で傷ついてきた経験があると思う」って。
「傷ついてきた岸田さんだからこそ、人を傷つけない笑いを作る事ができてると思う」って言ってもらって、それで会社を辞めようと思ったんです。
その出会いがきっかけだったんですね。
私のダメなところばかりが浮き彫りになっていた時期で、このまま会社にいてもつらいだけだという気持ちがあったので。
自信を失っていく場所にいるよりも、自分のダメなところもひっくるめて全部自信に変えてくれるような人たちがいる場所に行こうと思って。それですぐ会社を辞めました。
自分自身を認めてもらえた事が大きかったんですね。
佐渡島さんは1年ぐらい副業で書くと思ってたらしくて、ビックリしていて(笑)
書き物の仕事ってすごく不安定なので。
そのイメージがすごくあるんですよ。
新人のライターさんで単価が高いのは、企業のサービスや商品をPRする文章を書く仕事がほとんどです。
実は本当に自分が書きたいことをお金をもらって書ける場所があまりないんですよね。
どうすれば書きたいものが書けるんですか。
ほとんどのクリエイターは、PR仕事をして、余った時間で自分の好きなものを書いて出版や賞の受賞を目指すことが多いです。
でも自分の書きたいものに全力投球できないし、体力的にも精神的にもきつくなるから、しんどい。
そうですよね。
やりたい事を100%やりながらお金の心配をしなくていい状況を作るために、会社を辞めるのと同時に始めたのが現在のnoteの有料定期購読マガジンです。
月1000円払っていただくと、私が好きに書いたエッセーを自由に読めるという仕組みですね。
独立当初から今の体制が出来上がったんですね。
エッセーを書く際の工夫はあるんですか。
あまり役にたつことを書こうとしないことですかね。
どういうことですか?
書き続ける事が大事なんですよ。私の場合は。
エッセーって、「仕事で役に立つ」とか、「生活が整う何選」とかの方がみんな読みたいわけですよ。
そういう記事、よく目にします。
でも、新しい事や面白い事を書かないといけないって思うとどんどんハードルが上がってきて、こんなんで1000円もらっていいのかなって自分を責めちゃうと続かなくなっちゃうので。
面白い事を書こうとするんじゃなくて面白い視点を自分の中でたくさん作ろうというか。
書くものが面白いかどうかはあまり気にせず、自分が面白いと思えるものをこの世に増やせるようにいろんなところに行ったりいろんな事したりしようっていう考えにはなりましたね。
常にネタを探すのではなくて、日常にあるものをいろんな視点で書くって事ですか。
逆転の発想ですね。
面白いと思えるものを増やすために意識していることはありますか?
嫌なことはしないっていうのは常にありますね。
最近は、昼までずっと寝てますし(笑)
私が好きな事をしている状態を楽しんでいただける人が周りにいてくれたらすごくうれしいなと思ってやってます。
岸田さんの文章ってユニークな語り口調が特徴だと思うのですが、やっぱりそれも楽しんでもらいたいからですか。
知らない人に向けて悲しい話をあんまりしたくないんですよね。
その日あった失敗とかを面白く話せる人って、それは聞かせる人への1つの優しさだなって私は思ってるんです。
私にも悲しい話とか、誰かにとって嫌なことを思い出させてしまうようなトラブルもあります。でも、読んでもらう以上はせめてちょっと楽しくっていう、私なりの思いやりみたいなものです。
就活生も選考の中で文章を書くこともあるんですけど、ほかの人とちょっと違う文章を書くコツってありますか。
文章って誰でも書けるからこそ差がでるので、まずは読みやすい文章を書けているかどうかが大事だと思います。
読みやすいかどうかですか。
書き手が思ってるほど読み手ってちゃんと文章を読んでいないので、どれだけおもしろい生い立ちや発想を書いていても、ダラダラと長い読みづらい文章だったら頭に入ってこないんです。
今スマホで文章を読むのが当たり前で、新聞みたいな長い文章に慣れてる人が少なくなってきてるんですよね。
分かる気がします。
3000文字の文章を読ませるってかなりハードルが高いなと思っていて。
TikTokで1分とか30秒の動画を見られるようなこの時代に、わざわざ人の時間を5分、10分もらって3000文字を読ませるって相当なことだと思うので。
文章に読み手への思いやりがあるかどうかはすごく大事だと思います。
相手に読みやすいって思ってもらうには具体的にどうしたらいいんでしょうか?
まず声に出して読んでみることですね。
その途中で「ん?」って詰まったり、1文で息が続かなくなったりしたらもう長いんですよ。完全に。
人って頭の中で声を出して読んでいるので、まず1文が長くないかどうかですね。
岸田さんも読みやすさは意識して書かれているんですか。
私の場合は7歳のころからパソコンを使っていろいろ書いているので、あまり考えずにできることではありますね。
昔から文章を書くのが得意だったんですか。
得意とかうまいと思ったことはないですけど、しゃべることよりも好きでしたね。
言葉をパソコンでタイピングして文章にするのが私にとって一番楽で、一番言いたい事が言えました。
スケジュールを拝見したんですけど、noteの原稿を書く時間が1時間。
3000字はそれくらいです。
3000字を1時間って個人的に相当速いなと思うんですけど。
本当ですか?
早くないですか(笑)
それも分からないんですよ。居酒屋でお酒飲んで1時間しゃべってるのとほぼ同じ感覚なので。
すごいです。
私みたいなタイプは書く以外の表現方法があまり思い浮かばないんですけど、書くことが苦手な人は、ただひたすら読みやすい文章を書くという事だけをやればいいんじゃないかなって。
自分の良さを伝えるのはしゃべる時でもいいんですよ。
自分の思いや考えを人に伝えるうえで、一番やりやすい方法が武器になっていくとは思います。
話すことよりも文章を書くことのほうが好きだという岸田さん。しかし、岸田さんは「エッセーで伝えたいことはない」といいます。どういうことなのでしょうか?後編はこちらから↓
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