知的障害がある人の投票で悩む人へ「全員投票」のグループホーム

私(記者)は、どんな障害があっても投票できる環境作りに少しでも貢献できればとの思いで、取材を続けています。

その中で、障害のある人の投票を進めるためには、制度や自治体の受け入れ体制をさらに充実させる必要があると感じます。その一方で、当事者や家族、施設の職員などから「制度はあっても、どうやってサポートしていいかわからない」と二の足を踏んでしまっている実態もあると感じています。

こうした中、東京・品川区の知的障害者のグループホームは、今回の統一地方選挙で、暮らす5人全員の投票を実現させました。

もし、「投票に踏み出せない」と悩んでいる人がいれば、このホームの取り組みを知ってもらい、この先の選挙でのなにかしらのヒントになればうれしいです。

(首都圏局記者 直井良介)

品川区議会議員選挙 入居者全員の投票に成功

重度の知的障害がある5人が暮らす品川区のグループホーム「わいわいてい」は、4年前から入居者の投票のサポートに取り組んでいます。

5人はいずれも、障害の影響で言葉で意思を伝えることが難しい人たちです。

こうした中でも、今回の統一地方選挙の品川区議会議員選挙でも、5人全員の投票を成功させました。

投票ができているのはグループホームが制度をうまく利用したり、工夫をしていることにあります。

工夫(1) 投票用紙に書けなくても“代理投票”活用

まず、このグループホームが投票をできているのには、投票したい人を何らかの方法で投票所の職員に伝えて代筆してもらう「代理投票」の制度を使っているということがあります。

(詳しくはこちらの記事をごらんください

代理投票にはいくつかルールはありますが、たとえ文字が書けなくても、何らかの方法で投票したい人の名前を伝えられれば、投票することができます。

これは、どの自治体でも利用できる制度です。

※これからご紹介する工夫の例は、品川区の選挙管理委員会で認められたものです。他自治体の方も使っていただいて問題ないものですが、持ち込む前に、お住まいの自治体の選挙管理委員会に相談してみるとスムーズです。

工夫(2) “指さし”で伝えられる人には“ポスター方式”

制度を利用する一方で、5人の課題は、どのような方法で投票所の担当者に投票先を伝えるかです。

取材に訪れた日は、統一地方選挙の投票日を週末に控えていて、職員がリビングの机の上で、のりやハサミを使って、工作をしていました。

投票成功の理由は、この工作に秘密があります。

こちらは、指さしで意思を伝えられる人のために作ったものです。

投票所にこれを持ち込み、記載台で開いて指さしをして、投票所の担当者に代筆してらいます。5人のうち2人はこの方法を使っています。

作り方
(1)大きめの模造紙を準備
(2)自宅に送られてくる選挙公報から名前を切り抜く
(3)重要 模造紙に〈選挙公報に載せられている順番〉で貼っていく
※候補者の名前と名前の間を少し開けるのもポイント※
(4)事前に撮影しておいた候補者のポスターを縮小印刷し、候補者の名前が隠れないように貼っていく(適宜大きさをハサミで調整)
(5)模造紙を縮小コピー(大きすぎると投票所で広げられないので、持ち込みやすいサイズで。

候補者の名前と顔がはっきりわかることと、広げたときに、全員の名前を見渡すことが大事だと言います。

工夫(3) 名札を取り上げて伝えられる人は “かるた方式”

そしてこれは、指さしができない人に作ったものです。

机に候補者の名前が書かれた短冊を並べて、本人が取り上げたものを投票所の担当者に代筆してもらいます。5人のうち1人がこの方法を使いました。

作り方は、選挙公報の名前の部分を切り抜き、段ボールに選挙公報の順番通りにテープなどで貼っていきます。しっかり止めることが目的ではなく、短冊を取り上げたときに、容易に剥がれるようになっていることが重要です。

工夫(4) 文字が書ける人はメモがあると安心

続いては、文字が書ける大久保幸恵さんのために、今回初めて編みだした方法です。

大久保さんは、手元にある文字を手元の紙に書き写すことはできますが、記載台に貼られている候補者の一覧表から候補者を選び、投票用紙に書き写すことが難しいという特性を持っています。

そのため、一時は代理投票も考えましたが、なんとか自分で投票用紙に記入してもらおうと、事前にメモを持って入ってもらう方法を思いつきました。メモを事前にグループホームで書き、投票所内に持って入場し、記載台で開いて投票用紙に写す方法です。

メモを書く際に使ったのがこれです。アクリル板に白い紙を貼って3方を囲み、記載台をイメージしました。

大事なのは、投票の秘密が守られること。このグループホームでは、利用者がどの候補者に投票したのか、できる限り職員が知らないようにする工夫をしています。

工夫(5) 安心できる家族と一緒に

最後に、投票所の雰囲気で不安になってしまう人には、家族と一緒に投票に行ってもらっています。

投票所は静かで、厳かな雰囲気がありますよね。不安で立ち止まってしまう気持ちもわかります。そんなときには、信頼できる人がそばに着いてあげることが大切です。

例えば東京・狛江市では、投票する本人が不安になって投票できないなど、特別な事情があれば、ヘルパーさんなども投票所内に付き添って入ることができます。あくまでも“付き添い”で、投票先の確認や代筆など、投票に関わることには一切関与できません。

こうした支えがあり、5人は投票することができています。

一口に知的障害と行っても、特性はさまざま。ひとりひとりに合わせて、適切なサポートを考えていくことが大事です。

ちょっとした行動が、投票行動に影響を与えてしまう

取材を進める中では、難しさもあることがわかりました。

文字が書ける大久保幸恵さんが、投票の手順を練習していたときです。

大久保さんは、誰に投票しようか立候補者名が並べられた紙から、かなりの時間をかけて選んでいました。

すると、職員のひとりが、

「ひらがなで大丈夫ですよ。幸恵さんが書ける字で書きましょう」と励ましの言葉をかけました。

そのとき、なにげなく、ある候補者を指さしてしまったのです。

あわてて、ほかの職員が、「指を指したらダメ」と注意に入りましたが、大久保さんはその人をメモに書き写し始めてしまったのです。

これは練習で、前回の参議院議員選挙の立候補者から選んでいたので、実際の投票には影響を与えていません。

しかし、こうした私たちのちょっとした行動が、彼らの行動に影響を与えてしまうんだと、冷や汗が出る思いがしました。

知的障害がある人の選択をサポートしつつも、彼らの選択は、私たちの行動1つで容易に変わってしまいかねないものでもあるということを忘れてはいけないと思いました。

投票を通して成長が

「これまで、“選ぶ”機会があまりなかった。そこに難しさがあります」

そう話すのが、取り組みの中心を担っている山崎幸子さんです。

相模原市の津久井やまゆり園で起きた入居者殺傷事件をきっかけに、知的障害者が選択することの重要性を問い直し、その1つとして投票支援に取り組むようになりました。

山崎幸子さんの話
「あのとき犯人が言った、“意思疎通ができない人はいらない”という言葉が忘れられません。それはないでしょうって。一方で、5人が意思をあらわしていく。なにかを選んでいくことが大切だと気付かされました。そのひとつとして、選挙があると思います」

取り組みをはじめた4年前。

投票所の入り口で本人確認がうまくいかず、投票まで行き着かなかった人もいました。

その人も、今では投票に慣れ、スムーズに投票できるようになりました。

また、今回、初めて投票用紙に書いて投票した大久保さんも、去年までは投票用紙の枠に字を書くことができず、代理投票を使っていました。

しかし、練習を重ね、枠の中に字を書けるようになりました。山崎さんも驚くほどのスピードの成長だといいます。

こうした経験から山崎さんは、最初はできなくても、信じて続ければ必ずできると確信しています。

山崎幸子さんの話
「本来であれば信じなければいけない私たちが、“彼らはこれができない”と決めつけてしまっていがちです。でもやってみるとできてしまう。これは、4年間で気づいたことです。これまで、なかなか選ぶということに触れてこられなかった人たちです。自分で選ぶということは自信になりますし、楽しいのだと思います。選びたい気持ちに寄り添いながらやっていきたいと思っています」

投票は自信に みんなでサポートを

この取材の中で、5人のうち3人は投票の様子までを取材しました。

いずれも最初は、不安そうな様子を見せますが、投票を終えると顔がパッと明るくなり「できた!」と笑顔になります。

大久保さんは、取材を始めた当初、カメラを嫌がるほどの恥ずかしがり屋でしたが、投票を終えるとこのとおりの笑顔。

選んだという達成感は、山崎さんの言うとおり自信につながっています。

あなたの身近な人は選挙に行けていますか?

紹介した取り組みも参考にしていただき、少しずつ、ゆっくりでも進んでいくヒントになればいいなと思います。みなさんの声をうかがいながら、この先も取材をしていきたいと思います。

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