「これじゃわからないなぁ」
伝わる選挙報道って何だろう

「誰に投票していいか分からない」

選挙のとき、こんなふうに困ったことがある人、いるのではないでしょうか。私自身も迷いながら、候補者のプロフィールや政策などをできる限り調べて、選択してきたように思います。

でも同じ「分からない」という一言が、これまでと違った重みで降りかかってきた出来事がありました。

選挙に関する情報から取り残され、投票をあきらめることもある知的障害のある人たち。彼らの声は、アナウンサーである私の伝え方を問い直すきっかけになりました。

(「ハートネットTV」キャスター 中野 淳)

当事者が気づかせてくれる「分かりやすさ」

夏の日差しが降り注ぎ始めた6月下旬。知的障害のある当事者が、自ら番組を制作するインターネット放送局「パンジーメディア」(東大阪市)を訪問しました。

当事者がスタジオのキャスターも務めて、月1回、約50分の動画を配信。旧優生保護法など福祉に関するニュースや、当事者が自分の半生を語る「私の歴史」のコーナー、ドラマや料理などコンテンツは多岐にわたります。

パンジーメディアのサイトはこちら(NHKを離れます)

知的障害のある人にも分かりやすい情報発信に取り組むメンバーに、今の選挙報道をどう受け止めているのか、みんなの選挙プロジェクトでは当事者の意見を聞くことにしました。

私自身はふだん福祉番組を担当していて、知的障害のある人と交流がありましたが、選挙については今まで触れる機会がありませんでした。

撮影は当事者たちが通う事業所にあるスタジオで行う。

知的障害のある人たちの暮らしをもっと知ってほしいと、2016年9月から毎月かかさず配信してきた。

「公約ってなに?」「防衛費って?」

一緒に訪れた報道局の杉田淳記者が、参議院選挙の概要について書かれたニュースを紹介すると、参加したメンバーから次々に質問が出てきました。

参議院選挙に関するニュースの例文を見ながら、分かりにくいところを率直に指摘してもらった

「公約は、選挙における約束、と言えば分かりますか?」「防衛費は、国の安全を守るためのお金のことです」杉田記者がひとつひとつ、かみ砕いて説明すると、「それなら分かる」とうなずくメンバーたち。

知的障害といっても人によって特性はそれぞれですが、熟語やなじみのないことばは分かりにくいそうです。

どんな発信方法だったら伝わるのか?メンバーからはNHKの「手話ニュース」をよく見るという声が上がり、なるほどと思いました。常に大きな文字の字幕が表示され、ルビも振ってあるため、他のニュースに比べて分かりやすいそうです。

NHK手話ニュース サイトはこちら

一方で、ことばを分かりやすくするだけでは足りないことも気づかされました。

例えばこちらの文。

今回の選挙では、物の値段が上がっているのをどう止めるかや、争いが起こっている世界にどう対応するかがポイントになります。

杉田記者が当事者を意識してかみ砕いて書いた文です。ところがメンバーからは「分かりにくい」という声があがりました。

このように、

今回の選挙ではポイントが2つあります。
一つ目は物の値段が上がっているのをどう止めるか。
二つ目は争いが起こっている世界にどう対応するかです

文を短く分けたほうが分かりやすい、とパンジーメディアのスタッフは説明してくれました。

パンジーメディアでは当事者と番組のコメントを考えるときも、ことばの分かりやすさだけでなく文の構造も意識しているといいます。

「文字だけでなくアニメーションも使って伝えてくれたら記憶に残りやすく、
誰にでも分かりやすい情報になるのでは」という意見も出た

投票するための判断材料がない

選挙のニュースひとつをとっても、分かりにくさが壁となって情報にアクセスできないメンバーたち。

「政党ごとの政策も分かりやすく伝えてほしい」
「福祉の政策についてどう考えているのか聞きたい」

湧き出るような彼らの声を聞いていると、情報を欲しているのに情報にアクセスできない人たちに、ニュースだけではなく、政党や候補者が発するメッセージも十分に届いていないかもしれない、と感じるようになりました。

「私が(選挙に)行かないのは、誰に入れたたらいいか分からないから」
「わからへんな、誰にいれたらいいか」

投票に行くか、という話題になると、数人があきらめたような表情で話し始めました。彼らの「分からない」は、人を選ぶ迷いではなく、そもそも判断するための材料が用意されていないことに対する嘆きのように聞こえました。

私はニュースを担当することもありますが、アナウンサーとして分かりやすく情報を伝えているつもりでも、置き去りにしてきた人たちがいたことに気づきました。それが彼らを投票から遠ざける一因にもなっていたと感じます。

公共メディアの役割は、誰にでもあまねく伝えることですが、その原点に向き合うきっかけを当事者の皆さんが与えてくれました。

パンジーメディアのキャスター・辰己正一さんと

「自分の思ったことを自分の言葉で伝えたいから」と、番組で話すコメントは自分で考えている。
サポートするスタッフも、番組制作を通じて、本人たちが閉じ込めていた思いや表現に気づかされるという。

これもわかりにくいよね…

パンジーメディアへの訪問を終えて数日後。自宅に参議院選挙の「投票所入場整理券」の封書が届きました。今までだったらすぐに開封して読んでいたのに、私の手は止まりました。

ルビが振っていない。説明に漢字が多い。これでは何のお知らせなのか、分からない人もいるのではないだろうか。この封書も投票のハードルになっている人もいるのではないか。

立ち止まって考えながら、こんな想像をするようになったのも、パンジーメディアの人たちと出会ったからだと気づきました。

なぜ知的障害のある人たちへの「情報保障」は十分に進んでいないのでしょうか。

次回の記事ではその背景に迫ります。

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