頂点からの転落
GM、そして自動車メーカーの城下町のミシガン州の取材は念願のことだった。
私は入局から2009年までの5年間、名古屋放送局に勤務していたが、このうちの半分以上をトヨタや下請けの部品メーカー、そして労働者の取材に費やした。
巨大自動車メーカーの経営状況は、愛知はもちろん、日本経済のバロメーターだった。
取材を始めたころ、世界販売台数でトヨタの上に君臨していたのがGMだった。
GMと言えば自動車業界の王者だった。
ところが2008年、GMはトヨタに世界一の座を奪われた。
そして、その翌年、アメリカから届いた『GMの破綻』の速報に大きな衝撃を受けた。
リーマンショックによる未曽有の危機にひんしていたころだ。
その後、GMは国の支援を受けて立ち直ったものの、ここ数年でヨーロッパとインドでの販売から撤退。
販売台数は世界トップどころか、4位が定着している。
雇用のすそ野が広い自動車産業が国の経済をも左右することを感じてきた私にとって、アメリカに赴任した当初から、GMのおひざ元はどうしても行きたい場所の1つだった。
支持者の失望
そのGMが1908年に創業された場所、フリントに行った。
デトロイトから車で1時間半。
1980年代後半のGMの工場閉鎖とその実態をドキュメンタリー映画化したマイケル・ムーア監督の出身地としても知られる、企業城下町だ。
この地に今も残るGMの工場で、フォークリフトの操縦士として働くエリックさん(37)に会った。
このときはちょうど、長期化するストの真っただ中。組合の集会を終えた平日の夕方前、自宅で話をしてくれた。
エリックさんはもともとは民主党支持者だった。
しかし、前回の選挙で共和党のトランプ氏に1票を投じた一人だ。
このまま民主党を支持しても生活は良くならないのではないか。
そう思いながらトランプ氏の集会に足を運んだとき、心を奪われた。
「何かすばらしいことをして国を良くしてくれる可能性があると思った」と、当時を振り返った。
GMの労働者は、民主党の支持基盤であるUAW(全米自動車労働組合)に加盟しているが、前回の選挙で、エリックさんのようにトランプ支持にくら替えした人が一定数いたと見られている。
ところが、エリックさんの思いは変化している。
記者 次の選挙でもトランプ氏に投票しますか。
エリックさん いいや、投票することはないよ。
記者 どうしてですか。
エリックさん トランプ大統領は経済をダメにしているわけではないけれど、実際には私の周りの多くの人が、生き延びるために貯金に手をつけなくてはいけない状況になっている。大統領がこの状況を改善するために何か多くのことをしてくれるとは思えない。
「国を正しい方向に…」
エリックさんの、トランプ大統領からの支持離れははっきりしていた。
最大の理由は、賃金が上向かないことだと説明してくれた。
エリックさんには妻と7歳、3歳の子どもがいる。
典型的な自動車工場の労働者だが、時給は入社したころのほうが良かったと嘆いた。
トランプ大統領が約束した“製造業復活”に大きな期待を抱いたゆえ、その失望も大きいのかもしれない。
最後に、エリックさんに民主党に期待するか聞くとこう返ってきた。
「正直なところ、その国が何を必要としているかを分かっている人に出てきてほしい。ことばだけでなく国を正しい方向に戻してほしい」とだけ述べ、支持する候補者は決めていなかった。
株高を背景にトランプ大統領への強い支持を続ける労働者、一方で一時の熱が冷めて不支持に傾いた労働者。
アメリカ景気の好調さと、じわりじわりと出てきた製造業減速による影響。それぞれの現実を反映するかのような声を聞いた。
選挙まで1年という時点で、情勢を読むのは難しい。
ただ、民主党の地盤とされてきたこの地域で、トランプ大統領が再び勝利するためには、エリックさんのような“支持離れ”が増えることになれば痛手となる。
自動車メーカーの城下町での現場取材を終えたが、もう少しヒントをつかみたいと、ミシガン州の情勢に詳しいある人物に会いに行った。
【“本当のアメリカ” ミシガン州を行く①】を読む
【“本当のアメリカ” ミシガン州を行く②】を読む
【“本当のアメリカ” ミシガン州を行く④】を読む