2023年7月13日
IT イギリス

テニスのウィンブルドン選手権にAI解説者登場 その実力は

「シード権のないスビトリーナ選手が準々決勝で第1シードのシフィオンテク選手を相手に勝利しました」。

熱戦が続くテニスの四大大会の1つ、ウィンブルドン選手権。

女子シングルスの準々決勝で世界ランキング1位の選手がシード権のない選手に敗れる波乱を伝えるハイライト動画の解説です。
普通の解説のように聞こえますが、実はこれ、AI=人工知能による解説なのです。

ことしから導入されたという新システム。AIがベテラン解説者の座を奪う時代になるのでしょうか。

(国際部記者 大石真由)

ウィンブルドンに最先端AIが“出場”?

ウィンブルドン選手権はテニス界で最も長い歴史があり、四大大会で唯一、芝のコートを使用。出場選手は白のウェアを着用することが求められています。

この伝統と格式を重んじる大会で、2023年から導入されたのが「生成AI」を活用して、試合のハイライト動画に自動で音声や字幕をつけるサービスです。

大会5日目、男子シングルス2回戦。

地元・イギリスの世界ランク13位のノリー選手と、43位のアメリカのユーバンクス選手の試合です。

第4セットはタイブレークに及び、最後は鋭いコースを突くボレーを決めたユーバンクス選手が接戦を制しました。

2時間半に及ぶ試合は終了直後に、AIが3分ほどのハイライト動画に自動で編集、そして解説をつけて公式サイトやアプリで配信されました。

歓声からベストシーンを判断

2時間半の試合を数分で編集。どうやってこのような高速編集が可能なのか。

AIは、試合のポイントとなったシーンを選手のガッツポーズなどのジェスチャーやコートの歓声などから「盛り上がっているな」と判断し、その映像を抽出するというのです。

戦歴もすべて暗記!

そして2023年の大会から導入されたのがAI解説。事前に学習した選手のプロフィールや戦歴などをもとに次のように紹介しました。

「世界ランク13位のノリー選手は、ユーバンクス選手相手に初めての勝利をあげられるでしょうか」

第1セットのセットポイントでは。

「ノリー選手がフォアハンドのミスを強いられ、ユーバンクス選手がこのセットを手にしました」

ユーバンクス選手が勝利を収めた瞬間には次のように締めくくりました。

「ユーバンクス選手のすばらしいバックハンドボレーが決まり、ファイナルセットを7対6で終え、勝利を手にしました」

オペレーションルームでは

オペレーションルーム

開発したのは、IT大手・IBM。公式ウェブサイトやアプリを制作するなど、長年、ウィンブルドンのデジタル技術を支えてきました。会場の敷地内には、パソコンが並ぶオペレーションルームを設けています。

AI解説のため、この会社ではAIにさまざまな情報を学習させています。

フォアハンドやバックハンドといった基本的な用語から、アンフォーストエラー(=選手のミス)といったキーワード、そして、サーブのコースやスピードなど何を意味するのかを記憶させ、スポーツ記事なども機械学習させることで、最も適した表現を選択できるようになっています。

でもAI解説は発展途上

しかし、AIによる解説はまだまだ完璧ではありません。

ユーバンクス選手が決めたバックハンドのダウンザライン

ハイライト動画の中でも、高度なテクニックが求められるハーフボレーや、難易度の高いバックハンドのダウンザラインなど、盛り上がる場面での解説はありません。

また、AIのコメントは、このシーンで選手はフォアで打ったなど一部の情報を人による入力で補っています。

この企業ではラジオ実況のように、すべてのプレーを正確にコメントするのが目的ではないとしつつも、将来的にはさらに高度な解説にするために、日々開発を重ねているといいます。

AI解説の今後の戦略は

IBMはどのような将来像を描いているのか、その一部を聞くことができました。

この企業は選手の17種類の動きを自動で分析するシステムを開発中だということです。
どのようなショットを打ったのか、ボールはどの軌道を通ったのかという試合の展開はもちろん、サーブのトスを上げる前に何度ボールをバウンドさせたのか、ゲームの合間にいすに戻るスピードはどう変化したのか、人の手では集めることが難しいデータを徹底的に収集する戦略です。

開発中のシステム

それらを生かして、解説のコメントにさらなる情報や深みを加え、将来的には人間の解説者がいない試合でもAIによる解説を提供していきたいといいます。

人間の解説者はAIに取って代わられるのか

日々、進化を遂げるAIの技術。開発が進み、AIがさらに学習すればするほど、人間の解説者が必要なくなってしまうのではないか。

そんな懸念に対して、この会社は、AIが人間の役割を奪うことが目的ではない、と強調します。

IBMイギリス・アイルランド スポーツ・パートナーシップス責任者
 ケビン・ファーラーさん

ケビン・ファーラーさん
「私たちはAIを、みんなが大好きな解説者の代わりにするつもりはまったくない。彼らの多くは実際にプレーしたことのある元有名選手だ。彼らにはすばらしい個性があり、感情があり、自然な反応がある。
いま、人間の解説者がついていない試合に解説をつけることが目的だ。AIによる解説の対象をさらに広げていきたい」

求められるのは、人間とAIの調和

このAI解説のサービスは、現在は男女のシングルスが対象になっていますが、この会社によると、今後、車いすやジュニアなど、ほかの部門にもサービスを広げていきたいといいます。

ウィンブルドンを主催している団体も、さらなるファンの獲得につながると期待を寄せています。

オール・イングランド・ローン・テニス・クラブ デジタル担当
 クリス・クレメンツさん

クリス・クレメンツさん
「解説者が入るような、注目されるような試合ではなくても、一部の人たちが強い関心を持っている試合は多い。こうした試合でAIが解説することができるようになれば、これは本当に貴重なことだ」

スポーツ観戦では、手に汗を握るような場面で、勝負を決めるための勇気あるプレーが人々の感動を呼びます。そんな緊張感のある場面で、元プレーヤーならではの目線から、選手の心情を予測してコメントできるのが、解説者です。

AIがさらに進化すれば、そんな選手の気持ちを予測した解説ができるのかと問うと、責任者は「選手の感情を測るのは難しい。人間が得意なこともあれば、AIのほうが得意なこともある。人間とAIが協力して調和しながら、常に互いを補完し合うことが重要だ」と話していました。

AIの技術により、新たなスポーツの楽しみ方が増える時代になることに期待がふくらみます。

第1シードのシフィオンテク選手を破ったウクライナのスビトリーナ選手

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