こんなところで泣いてしまっている時点でまだまだ

萱和磨

体操

絶対に泣かない。
それでも、こみ上げてくるものがあった。2021年5月のNHK杯で東京オリンピックの代表に内定した萱和磨は、直後のインタビューでことばを絞り出した。

「やっぱり5年…長かったなというのが。こんなところで泣いている時点でまだまだだなって」

萱には、オリンピックへの特別な思いがある。
2016年のリオデジャネイロオリンピック。補欠だった萱は、日本が団体金メダルを獲得した瞬間を、スタンドで眺めることしかできなかった。

「もうあのリオ以上の悔しさは、たぶんない。あれから1ミリも東京オリンピックに出たいという気持ちはぶれなかった」

その後、ミスのない安定した演技を持ち味に日本代表を担う存在に成長した萱。しかし、大会2連覇を目指した4月の全日本選手権では、鉄棒で片手がバーをつかみ損ねる「1000回に1回」のミスで3位に終わった。
「練習でミスが出ていなくても本番で出たら意味がない。それを学んだ」とひたすら練習を続けた。そして、上位2人が代表に内定するNHK杯。大会前の記者会見で、萱は、何度も「自分に勝ちたい」と繰り返した。

「代表への思いはとっくのとうに芽生えている。今回は自分に勝ちたい。そうすれば、結果は勝手についてくる」

萱は5種目を終えて3位。最後の種目は全日本選手権でミスが出た鉄棒。まさに「自分に勝つ」ことが求められる場面だった。迷いのない表情で臨んだ演技。

冒頭、全日本選手権で失敗した手放し技。空中に浮き、しっかりつかんだ。この後も最後の着地まできっちりとこなすと、やりきった表情で天井を見上げた。
そして、代表の内定が決まると、これまで抑えていた涙が止まらなくなった。5年間の努力が、ひとつ、報われた瞬間だった。
その後の記者会見で、涙の理由をこう語った。

「やってきたことは間違いではなかった。試合中は自分のことだけに集中していたが、終わった瞬間、いろいろな人からの支えというものが、こみあげてきた。ここで終わりではないのでオリンピックでさらに恩返しをしたい」

およそ20分の質疑応答で、萱が笑顔で話すことはなかった。その目は、すでに東京オリンピックを見据えている。

体操