“素人”vs“プロ”の戦い

アメリカ大統領選は、民主・共和両党の党大会が終わり、本格的な選挙戦に入りました。双方の党大会で見えてきたものは何か。現地で取材した久保文明東大教授があげたキーワードの1つが「“素人”vs“プロ”」でした。


Q:民主・共和両党の党大会を会場でご覧になって印象に残ったことは何でしょうか。

久保教授:民主・共和とも、党大会を通じて大統領候補の支持率を押し上げることに成功しており、その点では、いずれもうまく開催できたと言えるでしょう。過去の例では、党大会後に必ずしも候補者の支持率が上がるわけではなく、逆に下がる場合もありました。CNNの調査によると、共和党のトランプ氏の支持率は大会前と比べて6ポイント上がり、民主党のクリントン氏は7ポイント上昇しました。両候補を比較すると、支持率で一度トランプ氏に抜かれたクリントン氏が抜き返す結果となり、クリントン氏優位の情勢で両党の党大会が終わったと言えます。

会場を見て感じたのは、トランプ陣営は選挙の“素人集団”。クリントン陣営は“プロ集団”だということです。共和党は、大会を組織した委員会と陣営の打合せがうまくいっていなかったのか、不必要に長すぎるスピーチが続いたり、その日のハイライトかと思われたスピーチのあとに、さほど重要でない演説が続いたりと、全体的に運営がうまくいっていない印象でした。

一方、民主党は、よりしっかりとしていた印象です。例えば、オバマ大統領の演説のとき、会場にいる代議員や支持者たちが、演説内容に合わせてメッセージが書かれたボードを一斉に振り上げていました。演説の最初の3分の1にはこのボードを、終わりの3分の1には別のボードをといった具合に、非常に統制がとれた演出が行われていました。こうした演出をやってのけるところに、規律や経験の豊富さ、そしてボランティアの能力を感じました。

双方が党内の融和に課題

一方、両党とも支持者が一枚岩でない現状も見えました。例えば、共和党の大会で同性愛者が登壇したときのことです。アメリカでは今、同性愛者が男性用と女性用のトイレのどちらを使うべきかで論争が起きていますが、この演説者が「些末(さまつ)なことだ」と発言すると、会場からは大きな拍手の一方でブーイングが上がり、意見が割れていました。共和党で依然として強い力を持つキリスト教保守派の人たちにとっては、現在“女性”として生きている“男性”が、女性用のトイレを使うことに、強い抵抗感があるんです。

民主党では、サンダース氏の支持者が大会の2、3日目になっても、会場外のプレスセンターで座り込みをして、警察に排除される騒ぎが続いていました。サンダース氏の支持者のこだわりや抵抗は根強く、党として取り込めていないという印象を受けました。また、TPP=環太平洋パートナーシップ協定に反対するプラカードの多さが印象的でした。民主党の代議員にTPPのことを聞いても、詳しく理解している人は今でも少ないと思いますが、TPP反対は、サンダース氏の支持者を中心に、「抵抗のシンボル」のような形で強烈にしみ込んでいます。とにかく生活を脅かすに違いないという考えが相当浸透していると感じました。

興味深い“ねじれ”

Q:両候補はそれぞれ、どういう戦いに持ち込みたいと考えているのでしょうか。

久保教授:両候補の指名受諾演説は非常に対照的でした。トランプ氏は、今のアメリカはひどい状態だと徹底的に現状を否定し、自分が解決するんだというスタンス。一方、クリントン氏は、アメリカは非常によい方向に向かっており、明るい見方をすべきだというスタンスです。

これは非常に興味深いことです。というのも、これまではむしろ民主党のほうがアメリカの現状を批判的に捉え、共和党がアメリカの現状を明るく見る傾向にあったからです。今回は全く逆で、“ねじれ状態”が起きています。民主党大会で驚いたのは、「USA!USA!」というアメリカを肯定するコールが起きたことです。参加者には多少躊躇(ちゅうちょ)する様子もうかがえましたが、結果的に何回かコールが起きました。こうした「USAコール」は、もともと共和党大会でおなじみの光景だったんです。

“泥仕合”か 政策論か

Q:今後、選挙情勢を見極めるうえで重要になるのは何でしょうか?

久保教授:今回の大統領選挙で勝敗の行方を大きく左右するのは、白人のブルーカラー層、白人の中・低所得層の人たちだと思います。こうした人たちは、民主党と共和党のいずれの支持者にもいます。この有権者層における共和党の支持率は、現時点では通常より高くなっているので、このままいけば得票率が増える可能性もあります。トランプ氏の訴えは、白人のブルーカラー層にターゲットを絞っており、これまで民主党支持だった人の中にも、共和党に流れていく人が出てくるのではないかと思います。逆に、民主党にとっては、従来の支持者をどれだけとどめておけるかが、選挙戦の焦点になるのではないでしょうか。

アメリカ国民は何を大事に考えているのか。世論調査の結果を見ると、まずは経済問題、そして、テロの問題なんです。こうした課題について、トランプ氏とクリントン氏のどちらを信用するかとたずねたところ、結構な大差でトランプ氏が勝っているんです。したがって、トランプ陣営は、経済やテロの問題をクローズアップして、現政権の失態だと強調する戦術を取ると思われます。一方、クリントン陣営は、トランプ氏の大統領としての適格性を争点にし、トランプ氏には資質がないと徹底的に攻撃するでしょう。

9月下旬から合わせて3回にわたり、大統領候補者によるテレビ討論が予定されています。今回は相当な見物になると思います。討論の焦点が具体的な政策論に及ぶと、トランプ氏は政治経験が豊富なクリントン氏に太刀打ちできなくなるでしょう。ロシアのクリミア併合問題にどう対処すべきかや、イラクでIS=イスラミック・ステートとどう戦うべきかなど、トランプ氏にとっては討論を無難にこなすのに相当ハードルが高いテーマです。一方、クリントン氏にとっては、トランプ氏に話題を変えられて、自身の国務長官時代に対する一般的な非難・攻撃を受けることになると危険かもしれません。

トランプ氏は、泥仕合に持ち込めば何とか乗り切るでしょうし、中傷合戦になると、結構な強さを発揮するかもしれません。ただ、トランプ氏には、米兵の息子を亡くしたイスラム教徒の夫婦に対する“侮辱的”発言からも分かるように、常に大統領として適格か否かの評価がついて回ると思います。党大会での受諾演説はうまくこなしましたが、あのときはプロンプターを使って原稿を読んだわけです。そうではなく、自分の思ったとおりに話し始めると、クリントン陣営の容赦ない攻撃が功を奏する可能性があります。トランプ陣営にとっては、トランプ氏が自己規律を課すことができるかどうかも、ポイントになるかもしれません。

久保文明
久保文明
東京大学大学院法学政治学研究科・教授
アメリカ学会会長 日本国際政治学会評議員
1956年生まれ 東京大学法学部卒業 法学博士
専門はアメリカ政治 アメリカ政治外交史

(取材・構成:ネット報道部 後藤 亨 山本 智)