民主党大会の“陰の主役”

民主党の大統領候補に指名されたクリントン氏。受諾演説では、共和党のトランプ氏を厳しく批判する一方、候補者選びで争ったサンダース氏への配慮を見せました。今回の党大会の主役は誰だったのか?上智大学の前嶋和弘教授に聞きました。

党の結束 うまくアピール

Q:クリントン氏の演説のどこに注目しましたか?

前嶋教授:クリントン氏の演説は、党内で異端視されながら多くの支持を得たサンダース氏が掲げる革新的な主張を取り入れ、党の結束をうまくアピールしたと思います。

条件付きながら公立大学の学費無償化を盛り込み、TPP=環太平洋パートナーシップ協定については直接の言及を避けたものの、貿易協定ではアメリカの利益を最優先する考えを打ち出しました。TPPに反対のようなニュアンスを醸しだす内容で、潔く敗北を認めたサンダース氏としても受け入れられる内容だったと思います。ただ、クリントン氏はもともとTPPの推進派で、大統領選を勝ち抜くために立場を変えてきた経緯があり、そのあたりの言質を取られまいとする言い回しには、スピーチライターの抜かりなさが見られました。

さらに、党内の和解を進め、結束を図るための処方として「反トランプ」のメッセージを効果的に使ったのも特徴的です。憎悪に満ちた発言をするトランプ氏は「悪」で、私たちこそが「善」だという対決の構図を鮮明にし、多様性や協調性を重んじる前向きで明るいメッセージを強調しました。

こうしたメッセージの背景には、大統領候補としてのトランプ氏の資質に疑問を感じている既存の共和党支持者にアピールするねらいもあったと思います。演説の中で、「ツイートでからかわれている人に核兵器を委ねることはできない」というくだりがありましたが、これは民主党だけでなく共和党を支持してきた人たちの、特に知的な層の人たちの心に響くことばでした。

サンダース氏のための党大会

Q:指名争いを激しく争ったサンダース氏とは和解できたのでしょうか?

前嶋教授:民主党にとって、今回の党大会はまさにサンダース氏との和解を演出するための4日間だったと言えます。

まず、初日にサンダース氏がクリントン氏への支持を表明し、途中、夫のビル・クリントン元大統領やオバマ大統領が出てきて、少しずつサンダース氏をほめながら、最後にヒラリー氏がサンダース氏にありがとうと言った。サンダース氏の支持者と和解し、党がまとまったというイメージを見せるという点では、とてもうまくいったのではないかと思います。

党大会の直前に、各候補に公平であるべき党の全国委員長がクリントン氏に肩入れしていたことを暴露され、辞任に追い込まれる混乱がありました。サンダース氏の支持者にしてみれば、クリントン氏に対して「許せない」という思いを強くしたでしょうが、結局、「トランプ氏よりはましだ」と諦めざるをえなかった面もあったと思います。

クリントン氏の“名演説”

Q:クリントン氏は歴代大統領候補の中でも最も不人気な1人とも言われていますが、党大会では、それを払しょくできたでしょうか?

前嶋教授:クリントン氏の演説は、本人がいくら熱心に語っても、なかなか相手に届かないと評されてきましたが、今回の演説は、これまでと違って、政策について細かいことには踏み込みませんでした。

ダークな印象が強かったトランプ氏の演説との対比を際立たせながら、ポジティブなメッセージが散りばめられ、よく計算された伝統的な大統領候補演説でした。過去の演説では、具体的な内容を盛り込みすぎたために聴衆が引いてしまうこともありましたが、今回は最も具体的でなかったがゆえに、最も感情移入できたと言えるかもしれません。それもあって、クリントン氏の演説は、いつもより上手にさえ見えました。

ただ、今回の演説が国民の信頼回復に直ちに効果を上げるかというと疑問です。私用メールの問題やウォール街とのつながりなどで「信頼のおけない人」「やっぱりあやしい人」という印象が国民の間に広がっているので、こうした印象を払しょくするのはそう簡単ではないでしょう。

党大会の“陰の主役”

Q:当初、本命視されていたクリントン氏は、予備選挙では、予想外に苦戦しました。アメリカ社会で何が起きているのでしょうか?

前嶋教授:これには複合的な理由があって、まず、有権者はみんな、いわゆる“ワシントン的”なものが嫌になっている。今、大統領は民主党ですが、議会は上下両院ともに共和党が多数派で、ねじれ状態です。政策そのものがほとんど前へ進まない状況が、2010年の中間選挙で共和党が下院の多数派を奪還して以来、6年も続いています。ある調査では、国民の議会への支持率が9%まで落ちたという結果も出ていて、“ワシントン的”なものに対して、ものすごい反発があります。

ファーストレディーとなり、上院議員となり、オバマ政権で国務長官を務めたクリントン氏は、まさにワシントンの中心に居続けたエスタブリッシュメントの象徴で、代表的な存在とみなされているんです。

こうしたなかで、今回の民主党大会でも、“陰の主役”は、やはりアウトサイダーのサンダース氏とトランプ氏だったと言えると思います。

特にサンダース氏は、下院議員・上院議員としてワシントンにいながら、「民主社会主義」を標榜し、民主党からも嫌われたアウトサイダーの代表格です。クリントン氏の人気の盛り上がりが今一つなのとは対照的に、予備選や全国党大会の場でも、人々に「わくわく感」や「夢」を与える強い存在感を示しました。

一方のトランプ氏は、共和党主流派の候補をつぎつぎと倒し、資金力や組織力、それに、戸別訪問戦略の鍵となる有権者データの豊富さで劣勢に立たされながらも、クリントン氏と、世論調査の支持率で拮抗するまでに持ちこんでいる。

これからが本格的な選挙戦となりますが、クリントン陣営にとっては、従来の選挙戦の常識を覆したトランプ氏の、何を仕掛けてくるか分からない不気味さを、脅威に感じているのではないでしょうか。

前嶋和弘
前嶋 和弘
上智大学総合グローバル学部教授
1965年生まれ 上智大学外国語学部英語学科卒業 メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D)
専門は現代アメリカ政治

(取材・構成:ネット報道部 後藤 亨 山本 智)