スティーブ・ジョブズが日本に見いだしたものは?

スティーブ・ジョブズが日本に見いだしたものは?
アップルの創業者スティーブ・ジョブズが、1998年に発表したiMacは、半透明でカラフルなボディーと、丸みを帯びた親しみやすいデザインで、世界的に大ヒットした。

このデザインには、日本の伝統的な陶器が大きなインスピレーションを与えていた可能性があることが分かってきた。ジョブズが人生を通して、日本に見いだしたものとは何だったのか。

ジョブズのかつての盟友でアップル・コンピュータの元CEOのジョン・スカリーさんが解き明かしてくれた。
(World News部 佐伯健太郎)

日本の焼き物に示した強い関心

スカリーさんがジョブズと親しく付き合ったのは、1982年の秋から1985年までの3年間だ。大手飲料メーカーでのマーケティングの手腕を買われたスカリーさんは、ジョブズを理解しようと親しく付き合い始めた。

そして、1983年4月にアップル・コンピュータのCEOに就いてからは、ジョブズと「ダイナミック・デュオ」と呼ばれる非常に親密な関係を築いた。
スカリーさんによると、ジョブズがデザインのヒントをつかんだのは、彼が何度も訪れていた京都だった。2人はソニーなどとの仕事で東京を訪れると、よく京都まで足を延ばして庭園や歌舞伎を見た。

ジョブズは日本の文化を体験することが好きで、とりわけ伝統的な旅館に泊まることを楽しんでいた。彼は、食事に使われる焼き物の器に魅了されていた。
スカリーさん
「スティーブが陶器に触れて手に取り、感触をたしかめながら、ゆっくりと質問するのです。とても静かな時間でした。『この土はどこでとれるのか』、『職人はどんなことを考えていたのか』、『以前からこういうものを作っていたのか』と聞いていました。陶器を作る工程や、職人の考え方について、彼はとても知りたがっていました」
ジョブズが焼き物への強い関心を見せていたのは、このときだけではなかった。

1983年3月、スカリーさんが、日本から帰国した直後のジョブズとニューヨークで会い、2人でメトロポリタン美術館に行ったときのこと。ジョブズは、展示されていた日本の陶器を見ながら、熱中して話したという。
「ジョン、あの陶器の素材を見てくれ」
「細部もよく見てくれ」
「不完全なところがあっても、それは、全体として、完璧なものにするための一部なんじゃないか」
スカリーさん
「スティーブは、陶器の細部に強いこだわりがありました。日本の文化が培ってきたものを、どうすれば製品に取り入れられるかを考えていました。それこそ、彼がソニーの製品に魅了された理由の一つだと思います。製品には、細部までのこだわりが感じられたからです。彼の中では、ソニーがやっていることと日本のアートとは、つながりがあったのです」

熱心に焼き物めぐり

その後、ジョブズは京都を訪れるたびに、陶器があるギャラリーを熱心に見て回り、気に入った作品に出合うと、いくつも買っていた。その気に入り方は、直感的で一途だった。

1996年4月、京都市東山区にある古美術商やギャラリーが点在する新門前のギャラリーではこんなことがあった。

当日、そのギャラリーは定休日だったが、ジョブズは妻と共に、店の窓に下がったブラインドの下から、展示されていた陶器の作品をのぞきこんでいた。たまたま、経営者の奥さんが2階から降りて来て2人の姿に気付くと、店に入れた。すると、ジョブズは入ってくるなり、ほしかった3つの焼き物を指さした。
この写真は、作品の購入を記念して撮影されたものだ。京都で焼き物と一緒に写っているジョブズの写真は、これしか見たことがない。彼は当時、アップルを離れていて、ピクサーで映画「トイ・ストーリー」のプロデューサーをしていた。

その4日前、ジョブズは、京都市内の別のギャラリーも訪れている。それは、富山県で400年以上続く越中瀬戸焼の作家、釋永由紀夫さんが京都市で初めて開いた個展の初日だった。

ここでもジョブズは妻と共に、オープンの30分前から店の前でじっと待っていた。準備に追われていた釋永さんだが、仕方なくオープン前に店の中に入れた。
ジョブズはこのとき、数点を購入するとともに、釋永さんに「自分のために器を作ってくれないか」と持ちかけた。

オーダーしたもののうち、釋永さんの印象に残ったのが、四角い皿について、「角を丸くする」ことへのこだわりだった。
釋永さん
「『このくらい丸くする』と書いたら、ジョブズさんは『もっと大胆に丸くしてほしい。こうして欲しい』と言って書き込みました。角が少しなで肩になっていたり、カーブが緩やかになったりすると、手のひらで形を追いやすい。手に持った感触は、角があるのとないのとではだいぶ違うと思います。チャーミングだと思いますね」

「丸み」にインスピレーション

ジョブズは職人が手作りでつくる自然な丸みにこだわっていた。そう証言するのは、当時、英字新聞で陶磁器のコラムを連載していたロバート・イエリンさん。ある日、アップルから、「ジョブズが焼き物を見て回りたいと言っているので、案内してほしい」と依頼された。

イエリンさんはジョブズと都内をまわり、ギャラリー2軒と個人収集家のところへ案内した。

ジョブズが最も気に入ったのが、16世紀ごろの信楽焼の壷だった。人がしゃがんだ様子に似ていることから、「蹲」(うずくまる)と呼ばれる焼き物だ。
ロバート・イエリンさん
「彼は『蹲』には興味津々でした。手に取って回したり、肩をなでたり、カーブをなぞったり、底を見たり、土の表情を見たりしていました。肩のカーブをとても気に入っていました。『この自然なカーブを見ると、とてもいい気分だ。柔らかで、ロマンチックだ』と。彼は、『こういうなだらかな肩の感触を、私の製品にも取り入れたい』と話していました。古い壷を見て、たくさんのヒントを得ていたんだと思います」
スカリーさんが、ジョブズのものづくりについて述べた。
スカリーさん
「彼は丸みのある面が好きでした。初代のマッキントッシュを見れば、コンピューターの側面に丸みがあるのが分かるでしょう」
ジョブズのモノづくりは、信楽焼の「蹲」をさわりながら、たしかめていたときの姿と重なる。

スカリーさんが、ジョブズが製品の品定めをするときの様子について語った。
スカリーさん
「スティーブが手に取るもの、例えば、マウスなどの触り心地をたしかめ、どう見えるのか、いろいろな角度から確かめているのを見たことがあります。彼は市場調査には関心がなく、信用もしていませんでした。どんな素材にするか、どんな形にするか、自分の感覚を信じていて、かなり自信をもっていました。彼は、利用者にどの製品がどんな印象を与えるのかということに、焦点を絞っていました」

販売の現場にも「丸み」

iMacには、マウスからモニターまで、親しみやすい丸みのあるデザインが、いたるところに取り入れられていた。

ジョブズは日本の伝統的な陶器に、丸みを帯びたデザインの親しみやすさ、手に取ったときの心地良さというエッセンスを見いだし、テクノロジーと見事に融合させたのだ。こうした手触りや丸みへのこだわりは、製品だけにとどまらなかった。

2001年、ジョブズは、コンピューターで何ができるかを学べる施設として、アップルストアをオープンした。店のインテリアには、随所に丸みが取り入れられていた。

ジョブズと一緒に、アップルストアの基本的なデザインを作ったのは、ロサンゼルスに住むアートディレクターの八木保さんだ。

店を訪れる人が親しみやすさを感じられるよう、デザインを考える中で行きついたのが、腎臓の形をイメージした「キッドニ―・シェイプ」と呼ばれる独特の丸みだった。
八木さん
「キッズ(子ども)のデスクとか、曲線的なキッドニ―・シェイプというんですけれど、そういうのが、当時はビジュアルとしては新しかったので、いまのアップルストアにあるような、角がきれいなシャープなものより、曲線を帯びたものを彼がすごく好んでいたというのは間違いない」
ジョブズはおおまかなデザインが決まると、全ての家具や備品の原寸大の模型を作らせた。

そして、自分の手で全てさわって、デザインを決めていった。
八木さん
「原寸の模型を作ると、彼はカウンターのまわりを何回も回りながら、自分の手の平でずっとテーブルの角を触っていました。丸みのあるテーブルにコンピューターを置くと、訪れたお客さんは、四角いテーブルより、すごく印象に残ったと思うんです。できるだけシンプルで、ビジュアルで見て印象に残るようなものを作るというのは、プロジェクトの最後まで続いていました」

日本文化への深い理解

ジョブズは2003年にがんの告知を受けてからも、病と闘いながらiPhoneなど、新しい製品を作り続けた。

亡くなる1年余り前の2010年7月、ジョブズは日本への最後の旅行で、家族とともに、京都から車で1時間ほどの焼き物の町、滋賀県の信楽を訪れた。

京都市と信楽で2か所立ち寄ったが、ジョブズの好みではなかった。この日、最後に訪れたのが、信楽焼の人気作家で五代目・高橋楽斎さんだった。江戸時代から続く高橋家の伝統的な信楽焼の技術を受け継いでいる名人だ。

ジョブズは楽斎さんに、価値の高い「灰かぶり」を求めた。「灰かぶり」とは、燃えた薪の灰が器の表面にかかり、溶けて一つ一つ異なる表情を生み出す技術だ。

ジョブズは「灰かぶり」のある大鉢など5点を購入した。大鉢は、楽斎さんがそれまでにつくった作品の中で、最もよくできたものだった。楽斎さんは、自分の技術や経験を注ぎ込んだ作品に、ジョブズが共感してくれたことがとてもうれしかった。
高橋楽斎さん
「ジョブズさんが選んでくださったこの大鉢は、それまで私が焼いた中では、一番いい焼けの灰のたくさんたっぷりかかった、いいやつやったんです。それをジョブズさんが選んでくださったというのは、本当にいまでも思いますけど、自分にとっては、一番いいものを選んでくださってうれしかったし、本当に焼き物の好きな方やなと思っています」
日本の伝統的な陶器についての理解が、「灰かぶり」までいっていたジョブズ。彼の日本文化への深い理解を示すエピソードが、新たに分かった。

イエリンさんが東京都内の焼き物のギャラリーなどを案内していたとき、ジョブズに、「谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』(いんえいらいさん)は読んだことがありますか?」と聞いた。

「陰翳礼讃」は、日本人の美意識を陰影の中に美を見いだして読み解いた名著として知られる。イエリンさんは日本文化を深く理解するために欠かせないと思っていた。
ジョブズの答えは、「オフコース(もちろん)」だった。

そしてジョブズは、「陰翳礼讃」で言及されている漆器の碗の美しさについて話したという。「陰翳礼讃」では、碗のふたを取って口に持っていくまでの間、碗の底で汁が動いて湯気が立ち上がり、ぼんやりと味をさとることは「一種の神秘」だと述べられている。

ジョブズの日本文化への深い理解を知ったイエリンさんは、「ワオ!」と驚いた。

ジョブズは、日本の「新版画」や伝統的な陶器から大きなインスピレーションを受けたほか、ソニー製品のシンプルさもどん欲に学ぼうとした。そして、ジョブズが日本文化から発見した美意識は製品に深く浸透し、アップルのモノづくりのDNAとなっていった。

ジョブズが日本から見つけたものとは、一体、何だったのか。

スカリーさんは「永続性」を製品に取り入れることだったと答えてくれた。
スカリーさん
「スティーブは、ソニーの『ウォークマン』のような素晴らしい製品と同様に、陶器のような日本のアートも愛しました。それらの根本には、永続性というものがあったからです。彼は、一人の職人が生涯をかけてモノを作り上げるという考え方に魅了されていました。版画でも、陶器でも、彼はとても尊敬していました。彼がビジネスリーダーとしてやりたかったことは、そういう永続性を製品に取り入れることだったのです。彼の人生では、特に、日本で学び、観察したことに、大きな一貫性があったと思います。和食、日本のアート、そして職人の技が大好きでした。その一つ一つが、彼が選びとった人生を形作る重要な要素となっていったのです」
佐伯記者が取材したスティーブ・ジョブズの特集はこちら
World News部
佐伯 健太郎
昭和62年入局
スティーブ・ジョブズが日本文化から受けた影響を継続的に取材。ことし、ジョブズの同僚らの証言をアメリカで取材、8年間の集大成を番組化