2023年1月12日
ブラジル 中南米

“ブラジルのトランプ”支持者が議会襲撃 いったい何が?

南米ブラジルで左派の新政権が発足してわずか1週間。

連邦議会や大統領府などがデモ隊に占拠されるという衝撃的な事件が起きました。

議会などを占拠したのは“ブラジルのトランプ”とも呼ばれるボルソナロ前大統領の支持者たち。いったい何が起きたのか。今後どうなるのか。詳しく解説します。

(サンパウロ支局長 木村隆介 / アメリカ総局記者 佐藤真莉子)

いったい何が起きた?

1月8日の午後、ブラジルの首都ブラジリアにある連邦議会などにボルソナロ前大統領の支持者が侵入しました。

ブラジルの政府機関を占拠するデモ隊(2023年1月8日・ブラジリア)

ボルソナロ氏が僅差で敗れた2022年10月の大統領選挙は無効だと訴えていた支持者たち、およそ4000人がデモに参加。警察のバリケードを突破し、連邦議会だけでなく大統領府や最高裁判所の施設の一部を破壊。

G20のメンバーでもあるブラジルの国の中枢機関がデモ隊によって一時、占拠される事態となったのです。

デモ隊はどうなった?

軍や警察が催涙弾や放水車を使って鎮圧にあたり、発生から数時間後にはすべて排除されました。ブラジルの保健省はけが人は68人に上ったとしています。

最高裁に侵入するデモ隊

デモ隊の侵入によって建物の窓は割れてガラスがあちこちに散乱。
排除されるまでの間、デモ隊は室内にあったパソコンやイスなどを壊したり、公文書を荒らしたりとやりたい放題。ルーラ大統領は不在でしたが、大統領府では壁に飾られていた歴代大統領とみられる写真もめちゃくちゃになっていました。

散乱した歴代大統領の肖像

日本円で2億円の価値があるとも言われる絵画や美術品も複数、損傷するなど、ブラジル内外に衝撃が広がりました。

なぜこんなことが起きた?

ボルソナロ氏の支持者の多くがいまも大統領選挙での敗北を認めていないことがデモの背景にはあります。

10月30日に行われた決選投票では、再選を目指した右派のボルソナロ氏と左派のルーラ氏の争いとなり、1.8ポイントの僅差でルーラ氏が勝利しました。

しかし、ボルソナロ氏は劣勢が伝えられていた選挙前から「電子投票では不正が起きる」と繰り返し主張。選挙後も電子投票システムに障害があったとして投票の一部は無効だと訴えるなど、敗北を明確には受け入れていません。

ボルソナロ氏の熱狂的な支持者たちは、こうしたボルソナロ氏の主張を信じ選挙結果を受け入れず、抗議活動を繰り広げてきたのです。

デモ隊のねらいは何だった?

大きなデモや混乱を起こすことで軍によるクーデターを引き起こし、選挙のやり直しをさせたいという一方的な思惑もあったとの見方も出ています。

ボルソナロ氏は元軍人で今も軍に一定の影響力があると言われており、10月の大統領選挙以降、ボルソナロ氏の支持者たちはブラジル各地の軍の施設の前で繰り返しデモを行い、軍に政治介入するよう求めていたのです。

ボルソナロ前大統領(中央)

支持者たちの間では「近く軍が蜂起する」などといった情報がSNSを通じて拡散し、8日には「きょうは三権を侵略する日だ」というメッセージが出回っていたと伝える地元メディアもあります。

ボルソナロ前大統領は関与してる?

ボルソナロ氏が直接的にデモを指揮した可能性は低いとみられています。

過激な言動や型破りな政治スタイルから“ブラジルのトランプ”とも呼ばれるボルソナロ氏。今回の事件と、2021年1月にアメリカの連邦議会にトランプ前大統領の支持者らが乱入した事件との共通点を指摘する専門家もいます。

トランプ氏支持者らによる米連邦議会への乱入事件(2021年・ワシントン)

ただ、今回の事態についてボルソナロ氏は、滞在先のアメリカ南部・フロリダ州から「平和的で合法的なデモは民主主義の一部だが、公共施設への侵入や略奪は法の範囲外にある」とツイッターに投稿し、支持者たちの行動を非難しました。

支持者の行動を非難するボルソナロ氏のツイート

一方で、ボルソナロ氏は選挙後も不正の可能性を主張し続け、1月1日に行われたルーラ大統領の就任式も直前にアメリカに出国し欠席しました。

敗北を受け入れないボルソナロ氏のこうした姿勢が支持者の過激な行動に影響を及ぼしているのは間違いありません。

今後の焦点は?

政府は事件の背景や関連する人物の特定に全力を挙げる方針です。

ルーラ大統領は今回の事件に関連しておよそ1500人を拘束したと明らかにし「何が起きたのか、誰がこの行為を経済的に支援したのかを徹底的に調べる」と話しています。

デモ隊を非難するルーラ大統領(2023年1月)

10日には治安対策を怠ったなどとして、ボルソナロ政権で法相を務めた首都ブラジリアの治安当局の責任者などに逮捕状が出されました。

ボルソナロ氏とのつながりが強いとされてきた軍や一部の州政府もルーラ新政権に協力する姿勢を示しています。

今回のデモでは参加者が数十台のバスに乗り込んでブラジリアに集まっていました。デモ隊を動員するための資金源となったのは誰なのか。誰が今回の事件の背後にいるのかを明らかにできるかが焦点です。

これでデモは収まる?

再び大規模なデモや暴動が起きるおそれは当面くすぶるとみられます。

貧富の差が大きいブラジル社会は、手厚い社会保障を行う左派を支持する貧困層などと、そうした政策をよく思わない右派を支持する中間層、富裕層に2分されています。

新型コロナウイルスの感染拡大や物価高騰で多くの中間層も厳しい生活を強いられる中、貧困層への手厚い支援を掲げるルーラ新大統領の誕生はボルソナロ氏の支持者である中間層にとっては、大きな反発を呼ぶものでした。

今回の議会襲撃では、警察の一部がデモ隊の突入を傍観し、むしろけしかけているような動画がSNS上に出回るなど、軍や警察の中にはボルソナロ氏の支持者に共感している勢力も少なくなく、ブラジルの右派と左派の対立は根深いものがあります。

ボルソナロ氏の支持者の中には「我々は再び戦う。少し休んで新たな戦いに備えて準備する」と話す人もいるなど、大統領選挙をへてさらに深まった国民の分断を埋めるのは容易ではなく、ルーラ大統領は今後も綱渡りの政権運営を強いられそうです。

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