2022年10月31日
アメリカ中間選挙 トランプ前大統領 アメリカ

“トランプ支持”は吉と出るのか凶と出るのか?

「私の生涯において最高の大統領は偉大なるドナルド・トランプだ。彼は正しい」

これは、11月8日のアメリカ中間選挙で、上院議員選挙を戦う1人の共和党候補の言葉だ。

トランプ前大統領に接近し、支持を取り付けた候補者は、トランプ人気の根強い州で優位に選挙戦を進めるとみられていた。ところが、選挙戦終盤にさしかかる中、支持が大きく伸びず、相手候補の猛追にあっていると指摘されている。

“トランプ支持”は、何をもたらしているのか。

(ワシントン支局記者 根本幸太郎)

いまも根強いトランプ人気

「偉大なるオハイオ州に戻ってくることができて感激している。私はオハイオ州を愛している」

トランプ前大統領が登場すると、大きな歓声があがり、会場は熱気に包まれた。

9月中旬、中西部オハイオ州で開かれた大規模集会の様子だ。

いま、この州の上院議員選挙の行方が、全米の注目を集めている。

かつて重工業が盛んだった「ラストベルト=さびついた工業地帯」と呼ばれる地域にあるオハイオ州。

民主党と共和党の勢力がきっ抗し、無党派層も多いとされ、選挙のたびに有権者の動向が変わる「スイングステート」=「揺れる州」とされている。

最近の大統領選挙では、2016年、2020年ともにトランプ氏が8ポイント差をつけて制した。

大統領時代、国内の産業を守るためだとして、保護主義的な通商政策を打ちだすなどしてきたトランプ氏への支持は根強く、今も経済政策の手腕を評価する声が多く聞かれる。

“手のひら返し”と言われても

「バンス氏は“アメリカ第1主義”の戦士であり、仕事を成し遂げる度胸がある。急進左派の民主党を落とすために投票しよう。バンス氏を議会上院に送ろう」

そのトランプ氏の支持を受け、初当選を目指しているのが、共和党の候補者のJ・D・バンス氏だ。

バンス氏は、アメリカ国内ではベストセラー作家として知られている。

オハイオ州で育った自身の経験をもとに、製造業が衰退した地域に暮らす白人労働者層の日常を描いた回顧録を6年前に出版した。この回顧録は、当時、トランプ大統領誕生の原動力となった白人の労働者たちの実態に迫る内容だとしてベストセラーとなり、一躍、時の人となった。

ただ、バンス氏は、もともとトランプ氏を支持していたわけではない。むしろ“反トランプ”とみられていた。

ツイッターに「トランプ氏はわたしの大切な人たちを不安がらせている」「非難されるべき存在だ」などと投稿し、批判もしていた。

その後、トランプ氏支持に転じ、上院議員選挙への立候補にあたって、関連する批判的なツイッターの投稿を削除していたことがメディアの調べで明らかになった。

その姿勢は“手のひら返し”と揶揄された。

それでもバンス氏は「かつての批判を後悔している」と述べて、トランプ氏に接近する姿勢を鮮明にした。

アピール合戦となった予備選挙

バンス氏は、なぜ、主張を大きく変えたのか。

背景にあるとみられるのが、激戦となっていた共和党の予備選挙だ。

予備選挙は、11月の本選挙に臨む党内の候補者を選ぶ選挙で、オハイオ州では7人が名乗りを上げ、混戦模様となっていた。接戦を勝ち抜くには、熱狂的なトランプ支持者たちの投票が大きく影響する。そして、彼らに投票してもらうには、トランプ氏の支持が欠かせないのだ。

3月に行われた討論会では、共和党候補7人のうち、バンス氏を含む6人が、2年前の大統領選挙で大規模な不正が行われたとするトランプ氏の主張に同調する発言をして、さながらトランプ氏へのアピール合戦となっていた。

そして、予備選挙まで1か月を切った4月15日、トランプ氏は「中間選挙に勝つのに最もふさわしく、準備が整った候補者はバンスだ」などとして、7人の中からバンス氏を選び、支持を表明した。

この直後にオハイオ州で行った大規模集会で、トランプ氏はバンス氏について、「彼は私の悪口を言った男だが私は勝ちそうな候補者を選びたい」と紹介し、バンス氏も「トランプ氏は、私の生涯で最高の大統領だ」と持ち上げた。

トランプ氏の支持を弾みにバンス氏は事前の調査で劣勢だった情勢をひっくり返し、ほかの候補者に8ポイント差以上をつけて予備選挙を勝ち抜いた。

アメリカのメディアは「トランプ氏が党内基盤を掌握し続けていることを強く印象づける結果だ」と報じた。

本選挙では逆風に?

予備選挙で競り勝ったバンス氏だが、11月の本選挙に向けては、支持が伸び悩んでいると指摘されている。

その要因の1つが、無党派層や、“穏健派”と呼ばれる保守層の支持離れだ。トランプ氏の支持が、逆にバンス氏から有権者を遠ざけていると指摘されている。

オハイオ州の大豆農家のクリストファー・ギブスさんは、長年、共和党を支持し、地元の党の組織の代表も務めてきた。ただ、対立を生み続けるトランプ氏の姿勢を受け入れられなくなり、その後、反対に転じ共和党も離党した。

大豆農家 クリストファー・ギブスさん

ギブスさんは「伝統的な共和党員であった私は、トランプ氏を支持した自らの判断に苦しんだ。私は間違っていた」と話す。

そして、バンス氏について、「トランプ氏が望むものを何でもコピーした複製品だ。自分がどう行動するかトランプ氏に許可を得なければならないような候補者には投票しない」と話し、バンス氏は支持できないという。

シエナ大学などが9月下旬に行った調査では、オハイオ州内の共和党支持層の8%が相手の民主党候補を支持し、バンス氏の足元が切り崩されていることがわかった。

さらに、無党派層では、民主党候補が47%の支持を獲得したのに対し、バンス氏は35%と大きく引き離されていることがわかった。

無党派層や共和党穏健派の間では、トランプ氏への反発は今も根強く、トランプ氏の活動の活発化が、逆に共和党にマイナスに働くのではないかという警戒感は以前からあった。

予備選挙で強力な追い風となったトランプ氏の支持が、本選挙では一転して足を引っ張る要因にもなっている実態が明らかになった形だ。

民主党候補はあいまい戦略

こうした有権者を取り込みながら、支持を伸ばしているのが、民主党の上院議員候補のティム・ライアン氏だ。

およそ20年間にわたり民主党の連邦議会の下院議員を務めてきたライアン氏だが、今回の選挙ではあえて“民主党色”を抑え、共和党を支持してきた有権者からの支持も得やすくしようとしている。

選挙運動のビデオでは「オバマ元大統領の貿易協定が雇用を脅かした際は反対票を投じ、貿易政策ではトランプ氏にも投票した。私はどの政党にも従わず、オハイオ州の人びとに従う」と、地元のために働く姿勢をアピールしている。

演説では、「民主党員や共和党員、それに無党派層の、多くの戦いに疲れた人びとのために選挙戦を展開している。ともに協力する時代が必要だ」と呼びかけ、政治的な対立が激しさを増す現状を懸念する人たちの支持を取り込もうと腐心している。

民主党 ライアン氏(左)と共和党 バンス氏(右)

最新の各種世論調査の平均では、10月25日現在、ライアン氏を支持すると答えた人は45.3%で、47.3%のバンス氏との差は2ポイントに迫っている。

ライアン氏は、NHKの取材に対して「バンス氏は非常に極端な候補者だ。われわれは彼を打ち負かす」と語り、対決モードを鮮明にする。

一方、ライアン氏に対して、トランプ氏やバンス氏は、法案への過去の投票実績などを挙げて「彼は穏健派ではない。うそをついている」などと強く批判し、応酬は激しくなっている。

どうなる“トランプ支持”候補

ワシントン・ポストのまとめによると、今回の中間選挙でトランプ氏が支持する候補者は上院議員・下院議員の選挙を含め200人を超える。

民主党と共和党が多数派の確保をめぐって五分五分の戦いが続く上院では、接戦となっている8州のうち、7州はトランプ氏が支持する候補者だ。

これらの候補者の勝敗は、2年後の大統領選挙で再び大統領に返り咲くことに強い意欲をにじませるトランプ氏の求心力にも直結する。

トランプ氏の支持は、熱狂的なトランプ支持者を投票に向かわせる力を持つ一方、接戦を制するのに必要となる無党派層などの一部を遠ざけるという副作用も持つ。

トランプ氏の支持は、本選挙で吉と出るのか、凶と出るのか。その結論はまもなく明らかになる。

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