もう泣き尽くしたから、きょうは笑おうと思っていた

村上茉愛

体操

“最高の夢舞台”と話していた東京オリンピック。
種目別ゆかの決勝の舞台に臨んだ。

「この種目だけは譲れない」

かねてからそう話していた自身が最も得意とする種目で、村上は最高の笑顔で最高の演技をやりきった。

思えば、リオデジャネイロオリンピックから泣いてばかりの5年間だった。2017年の世界選手権で日本選手として初めて種目別のゆかで金メダルを獲得。その翌年の世界選手権では、日本人で誰もなし得なかった個人総合での銀メダルを獲得した。喜びと手応え。どちらも“うれし涙”のメダルだった。

「世界と戦う自信も持つことができた。東京オリンピックに向けてもっと成長したい」

順調に東京大会への階段をのぼっていたかに見えたが、2019年にもともと痛みのあった腰痛が悪化。最後の最後まで世界選手権の代表選考会の出場の道を探ったが、体が言うことを聞かなかった。大粒の涙を流しながら、代表選考会を欠場し代表から外れた。

「これだけつらいことは、もうないと思う」

1か月後の大会で自分が選ばれなかった世界選手権の代表メンバーが壇上に上がった時も、あふれる涙をおさえきれなかった。
腰の痛みも癒え、飛躍を誓った2020年は、コロナ禍で大会が次々と中止。なかなか実戦の舞台に立てないなか、東京オリンピックの開催を信じて地道に練習に取り組んだ。

「競技生活の集大成を見せる」

そう臨んだ東京オリンピック。しかし、見えないプレッシャーに苦しんだ。リオデジャネイロ大会の4位を上回る、メダル獲得を目標にした団体で最年長の24歳は、チームのエースとともに、まとめ役を期待されていた。
予選。緊張に体を支配され、思うように演技ができない。せめて仲間に声をかける。それでも、エースの緊張感はチームに伝染した。段違い平行棒では、普段は練習でもしないような落下のミスをした。

自分の演技ができなかった、と涙がとまらない。それでも、今までの努力を考えると、こんなところで終わるわけにはいかなかった。

「失うものは何もない。思いっきりやろう」

夢の舞台で悔いのない演技を。チーム一丸となって挑んだ決勝。メダルには届かなかったものの、4人が演技をつなぎ、大健闘の5位に入った。笑顔でオリンピックを語る仲間を横目にキャプテンの重圧から解放された村上は、またしても涙を見せた。

「泣いてばかり。泣き虫ですね」

徐々に自分らしい演技ができるようになってきた。個人総合では、ようやく実力を発揮。日本選手のオリンピック過去最高を更新する5位に入った。
村上のオリンピックの締めくくりは、種目別、ゆかの決勝。ずっとメダルを狙っていた種目だ。

世界の上位8選手だけが、注目を一身に集めて演技を披露する。村上は、やや緊張した面持ちで、ゆかに立った。無観客だが、日本のチームメートの声援が大きく背中を押してくれた。冒頭の連続ターンを決めると、その直後は、村上の代名詞となったH難度「シリバス」。

ここまで磨き上げた技を着地までほぼ完璧に決めていった。「村上らしい軽快な曲」と恩師が選んでくれた曲に乗せて1つ1つの振り付けを披露していくなかで、自然と笑顔になった。

「この演技の1分半が、終わってほしくない」

ミスはほとんどない。人生最大の舞台で最高の演技を舞った。ゆかから離れた瞬間、少しだけ感情的な表情を見せたが、あとはずっとトレードマークのはじける笑顔を見せた。

「もう泣き尽くしたから、きょうは笑おうと思っていた」

体操女子、日本の個人選手として初めての銅メダル。笑顔の演技で、勝ち取った。

「人生で一番楽しかった。メダルを獲得できて、気持ちも体も前を向いてまだまだ頑張りたい。体がもう厳しいと思えるまで頑張ってみたい」

演技の翌日に、競技生活へのこだわりを口にした村上。次はどんな演技を見せてくれるだろうか。

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