本当の意味でのアスリートの価値に気づくチャンス

松永仁志

パラ陸上

東京オリンピック・パラリンピックの1年延期が決まった翌週、パラ陸上を代表する47歳から1通のメールが届いた。
そこに記されていたのは、長年、パラ競技を引っ張ってきたベテランならではの率直な思いだった。

「懸念するのは、『オリ・パラ疲れ』が進まないかです。
やっとゴールが見えたところに1年の延期。
本番を前に様々な支援・応援が薄れていくのではないだろうかと
心配もしているところです」

メールの送り主は、松永仁志。パラリンピックに3大会連続で出場し、前回のリオデジャネイロ大会では陸上のキャプテンも務めた。
現役を続けながら4年前には、岡山市で車いす陸上の実業団を設立し、みずから監督に就任、パラ競技の普及にも尽くしてきた。
ちょうど1年前。パラリンピックが今ほど注目されなかった時代を知る松永は、東京パラリンピックに向け、パラアスリートが大手企業に次々と雇用され、テレビCMに起用される様子を冷静な目で見ていた。

「アスリート雇用が果たしていつまで続くのか。
育てようと本当に思ってるのか。
多くの企業がさまざまな問題を抱えたまま進んでいる。
そこをクリアせずに2020年を迎えても、その後に問題が起きるのは目に見えている」

今起きていることは「バブル」だと言い切ったうえで、こうも語った。

「このバブルをただはじけるものではなく、チャンスととらえるべきだ。
2020年以降に何が残せるかを考え、5年後10年後を見据えたシステム作りを今やっておくことが大事だ」

東京パラリンピックの後もアスリートへの支援を途絶えさせないために松永がたどりついた答えは、「地元密着」だった。

みずからが作った実業団では、地元の小学校で車いす陸上の体験会などを積極的に実施。
スポンサーになってくれる地元企業も増え、少しずつ地元に根づいたチームへと成長させてきた。
「競技は応援されて初めて価値が出る。
企業、商店、個人、いろんな方に応援したいと思ってもらえるチームになり、ゆくゆくはサッカーJリーグのクラブのような地元に還元できるスポーツチームになりたい」

大会の延期で社会の「オリ・パラ疲れ」を心配したという松永。
それでも、この1年を応援してくれた人たちに、より多くのものを返すための準備期間にしようと考えている。
メールの最後は、こう締めくくられていた。

「選手達には、本当の意味でのアスリートの価値に、今一度気づいてもらい、内面の成長を促すチャンスです。
社会に生かされている事に気づき、また社会をけん引することもできる。
そういった内面の成長が、そのまま競技力の向上に必ずつながります。
21年のオリ・パラは、20年より更に意義深い大会になることを願います」

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