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水害 支援 知識 教訓

うちは自腹で隣は無料 解体費用は誰が出すの?

「我が家の解体費用は自腹だったけど、隣の町の人はどうやら町が出してくれたらしい。不公平じゃないか?」
2年前の豪雨で自宅が全壊した男性から、ことしになって聞いた話です。驚きとともに取材を進めると、同じ豪雨の被害を受けたのに、住む自治体によって復旧にかかる費用の補助が出たり出なかったりする事態が起きていたことがわかりました。
各地で災害が相次ぎ、自分がいつ当事者になってもおかしくない時代。いったいどうしてこんなことになってしまったのでしょうか?
(松江局記者 保科達郎)

2020年10月に放送されたニュースの内容です

目次

    えっ自腹はうちだけ?

    島根県江津市桜江町に住んでいた平田大樹さん(25)。2年前の西日本豪雨で川が氾濫し、自宅は天井近くまで浸水して「全壊」と認定されました。
    家には住めなくなったため、156万円かけて解体しました。

    被災した人に支払われる生活再建支援金100万円は受け取りましたが、それだけでは足りず、貯金を切り崩して解体費用に充てたといいます。
    自宅を再建する経済的な余裕はなく、一緒に住んでいた祖母や弟たち家族4人は別々に暮らすことになりました。
    そんな中、知り合いから、ほかの多くの市や町では住宅の解体費用を行政が出しているという話を聞いたそうです。

    平田大樹さん
    「『ほとんどの自治体はタダだった』と聞いてびっくりしました。『なんで』という怒りが湧いてきました。生活のためのお金を解体費用に回したので、被災後の生活は苦しく、なぜ自分たちだけこんな不公平な思いをしなければいけないのか。悔しいです」

    “全国一律で公費解体”のはずでは?

    私は江津市の隣の解体費用を行政が負担したという川本町の担当者に話を聞くことにしました。
    すると町の担当者は、豪雨の1か月後に国からある通知が来たと言いました。それが、被災した家の解体費用を国や自治体が全額負担する「公費解体」という制度だったのです。

    当時、環境省から送られてきたA4の1枚紙には「補助対象拡充について(周知)」と書かれていました。
    そして…

    「全壊または半壊家屋等の解体費用について補助対象とすることとした」

    つまり、西日本豪雨で浸水して住めなくなり、全壊や半壊と認定された住宅についても、税金で解体してもらえるということです。

    豪雨災害としては初めて、半壊以上の住宅の解体費用を国が補助することとなり、ニュースでも取り上げられていました。

    キーワードは「生活環境の支障」

    公費解体に関する環境省の文書には、「生活環境保全上の支障が生じている家屋」を撤去する場合に制度を使うことができる、とだけ規定されています。

    ただ、「生活環境の支障」とは具体的に何を指すのかは国の文書には一切、触れられていませんでした。

    使うかどうか “自治体の裁量”だった

    さらに、この公費解体制度、使うか使わないかは自治体の判断に任されています。
    というのも、拘束力のある「法律」ではなく、「使ってもいいですよ」と国が各自治体に周知した任意の「制度」で、使いたい場合は自治体が国に申請する必要があるんです。
    そして「自治体の判断」が、明暗を分ける大きな要因となっていました。

    川本町役場

    実は制度を使った川本町も、国の通知を受け取ったときは何をもって「生活環境の支障」とするのかわからず、制度を使っていいかどうかぎりぎりまで悩んでいたのです。
    しかし、環境省に直接確認した結果、柱のひび割れから異臭、カビなどさまざまなケースを「生活環境の支障」として幅広く解釈していいことがわかり、申請締め切り1週間前になんとか制度の活用を環境省に申請。合わせて30軒を、被災者の負担なく公費で解体できました。

    では、平田さんはなぜそうならなかったのか。

    江津市役所

    平田さんが住んでいた江津市の担当者を訪ねました。
    きちんと確認していれば、川本町のような対応になったはずでした。担当者に聞くと、江津市は当時、制度について環境省に直接は確認をしていませんでした。

    このため「生活環境の支障」を厳格に解釈し、半壊以上であっても「周囲に危険を及ぼしているなど、ただちに解体する必要がある家屋」だけが対象になると判断。

    江津市には、そのような住宅はないとして、制度の申請を行わなかったのです。

    その後、山口県光市も江津市と同じように制度を使わず、被災者が自己負担で自宅を解体していたことが明らかになりました。

    本来は1人でも多くの被災者を救えるよう内容を幅広く捉えてよいのですが、対象を厳格に捉えた自治体は「自分たちのところでは使えない制度で、使わなくても問題ない」と判断してしまったのです。

    自治体の“判断の差”が被災者への支援の差につながってしまったことについて、環境省はNHKの取材に対し丁寧な周知が必要だったとしています。

    環境省の担当者
    「自治体が公費解体の基準を国より厳格に認識し、制度を活用しなかったケースが生じた、制度の適用基準が分かりづらかったとのご意見は、真摯(しんし)に受け止めなければならないと考えております。今後はさらに丁寧な制度の周知に努めるなど、被災自治体に寄り添い、きめ細かい支援をしてまいります」

    江津市では、ことし7月の大雨でも再び浸水の被害がでましたが、今回は環境省の担当者に直接確認をとり、公費解体の制度を活用する方向で準備を進めています。
    本来受けられたはずの支援制度が受けられない、住民が不公平を感じるような事態を2度と起こさないためには何ができるのか。

    必要なのは“国のフォロー体制”

    これまで公費解体や支援金など、さまざまな被災者支援の制度に関する相談に乗ってきた大山知康弁護士は、国や県の役割の重要性を強調しています。

    大山知康弁護士

    大山知康弁護士
    「公費解体という制度は、ふだん目にしない制度なので自治体の職員ですら正確に内容を理解していないケースも考えられます。国や県は制度の申請をとりまとめている立場として、申請が無い自治体に対して積極的に働きかけるなど、被災後で忙しい自治体をフォローする体制が必要だと思います。災害発生後にどう対応できるかも防災減災の一種だと思うので、官庁の縦割りを超えた情報発信や対応が求められています」

    もし被災したら…

    公費解体だけでなく、被災者が受け取れる支援金など、行政が用意している被災者支援の制度は、基本的に被災者が自ら申請する必要があります。

    ほとんどの自治体は適切に支援制度を紹介してくれるはずですが、今回のように自治体から支援制度の存在を知らされないということが、もしかしたら起こるかもしれません。

    そうしたときは、まずは自宅がどれだけ被災したのか、写真などできちんと記録に残しておくことが大切です。

    豪雨に限らず台風や地震など、災害はいつやってくるかわかりません。

    ふだんの生活の中で万が一のことを想像するのは難しいですが、もし被災してしまったら何をすればいいか、もとの生活に戻るために何が必要になってくるか、少しの時間でも「自分事」として考えてみてはどうでしょうか。

    自宅が被災 生活再建のポイントは…

    保科達郎
    松江局記者
    保科達郎

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