2019年09月27日
(聞き手:工藤菜摘 鈴木マクシミリアン貴大 )
将棋界の“天才”藤井聡太七段を撃破するビックサプライズを起こしたプロ棋士・今泉健司さん(45)。実は、遅咲きの超苦労人です。失敗を繰り返し、ギャンブルに逃げた20代。先が見えず、絶望しかなかった30代。そんな“凡人”が「天才」に勝つ大逆転劇を演じたきっかけは、ある『仕事』との出会いだったのです。
“事件”がおきたのは2018年6月11日。NHK放送センター内での対局となったNHK杯1回戦第16局 今泉四段vs藤井七段。下馬評は圧倒的に藤井七段有利でしたが、今泉四段が粘って、粘って、粘って、大逆転勝ち。将棋界では大きな話題に。
注目の藤井聡太七段との対局。どのような気持ちで臨んだんですか?
自分は、予選から勝ち上がらないといけなくて。予選を勝ち抜くのも大変なんですよ。でも、何より出たい棋戦はNHK杯戦なんです。
なぜですか。
テレビで放映するんで、いちばん目立つからね(笑)
予選を勝った時に「よっしゃ!NHK戦出れるー!」ってなったけど、トーナメント表ちらっと見て「藤井七段」っていう文字が見えて・・・
まさかの・・・
公開処刑かって感じでしたよ。僕との対戦だったら100人いたら99人藤井七段の勝ちって言いますよ。
そんなに差が・・・
でも、そんな負けることを想定しても絶対に奇跡は起こらないからね。
やれることをどれくらいやれるか、ってことばかり考えてました。
実際に対局する前は、どんなことを考えたんですか?
具体的には自分の得意戦法をやるということですね、
うまくいったパターンをひたすら想像する。野球に例えると、1対0という試合では絶対に藤井七段に完封されるから、1対0のような試合じゃダメだと。
8対7で勝つ、エラーも5個ぐらいあるような大乱戦というイメージで、自分の得意分野に引きずり込むような戦略でね。そのへんを話すと専門的になってくるんですけど、そう考えてました。
実際に勝利した瞬間はどうでした?
それはもうこんな事もあるんだなって思いましたよ。
実感がなかった?
あまり実感がなかったんですけど、NHKを出てから帰り道の渋谷のセンター街で勝利を叫びましたね。「よっしゃー!」って。世界の中心で愛を叫ぶじゃくて渋谷のセンター街で勝利を叫ぶ今泉になりました(笑)
センター街で叫んだんですね(笑)
藤井七段って将棋界で言ったら最高の相手ですからね。テンション上がりますよね。
歳下でも藤井聡太さんに勝つのは大きいですか。
もちろん、もちろん。藤井七段っていう棋士は、野球界で言うと大リーガーの大谷翔平選手と思って下さい。レベル違いますもん。そういう棋士ですから。
(プロ入りに失敗した)当時、不安があったりしましたか?どう考えていたのですか?
もう毎日不安だらけでしたよ。僕の人生どうなるんだろうって。で、僕、ギャンブルとかそういうところに「逃げる」生活を繰り返していた。26歳の時は・・・
現実逃避しても何も解決しないっていう事を、当時は、分かっていなかったんですよ。
今泉さんが棋士になったのは41歳。戦後最年長の超遅咲き。過去2度のプロ棋士のチャンスに失敗するなど相当遠回りをした。山あり谷あり涙ありの人生は、ことし5月に放送のNHKの番組「逆転人生」(総合 毎週月曜 午後10時)でも取り上げられました。
奨励会は、26歳の誕生日までに四段にならないと退会する規定がある。プロまであと1勝、チャンスはあったが、生かせなかった。感情的になって平常心を失うなど人間的な弱さがあったと振り返る。
飲食店で調理師として働いていらっしゃたんですよね。
まあ正直一番苦しんでた時期ですね。(料理に)やりがいを持っている人もいるでしょうけど、僕の中ではそもそも料理を作るのが好きではないという致命的な弱点がありまして・・・(苦笑)
そうだったんですか・・・
包丁を持った事ない人間が料理するという、妙な事やってて、「こんなんできるわけないやん」って・・・。
そんなんやったんで、職場の人から「いつやめてもらってもいいんですよ」って。それ言われるわなって状況でした。
そのような中でも将棋が好きだった今泉さん。アマチュアの大会で好成績を残した。33歳の時、新たな制度ができて、プロ入りのチャンスを得たが、またしても失敗。35歳でふるさとに戻った・・・。
35歳の時は本当に絶望以外なにものでもなかったですよ。プロになるとかそういう目的は35歳で完全に1回もう断たれましたから。
2度目のプロ入りのチャンスも生かせず・・・
うん。絶望以外なにものでもない。手に持っている技術はちょっと料理ができるようになったのと、将棋の技術・・・。
絶望感以外の何にもなかった。そんな人間がね、大きく変わるきっかけをもらったんですよね。
地元帰って介護現場で働きはじめたんですよ。37歳くらいの時でしたね。その仕事をしたことで、人生が大きく変わった。
なぜ介護の仕事を選んだのですか?
地元帰っても、あんまり仕事ないじゃないですか。でも、介護職は、求人が多くあったというのが理由で。
だからスタートは決してそんな大志に燃えてとか、そういうものでは全然なくってね。
そうだったんですか。
ただね、人と接する事が僕は好きだったから、そんなに抵抗はないというか。
辛くなかったですか?
いや、正直ね、辛さはあまりなかったんです。
当初からですか?
僕の場合、自分の弱さと向き合えたんですよね。自分で失敗をたくさんする中で周りの人たちに、助けてもらう。
面と向かって怒られたこともあったけど、黙って助けて頂いた事もすごくいっぱいあってね。
そういう時に、いや本当に俺は周りの人に助けられて、生きているんだなって思って。それこそ本当に感謝できた時にちょっと変化しました。
そう思えるきっかけとかあったんですか?
何かというか・・・。目上の人に対する敬意。とにかくこれが全てかな。ここが無いとどうしてもうまくいかないと思うんですよ。
認知症の方々も皆さん人生経験をしっかり蓄えてきた目上の方々なんです。
まず敬意があって、そういう人たちに対して、心の底から感謝できた時に、いろんな事がちょっとずつ良くなりだしました。
そうだったんですか。
それと、介護現場で学んだのは、やっぱり人は必ず死ぬという事でした。
高齢の方が多いと
入所者をトイレに連れて行く時にめちゃくちゃ騒ぐおじいちゃんがいたんです。
ギャーギャー騒ぐおじいちゃんがその時は、トイレに行く時に、なぜか突然私の手握ってね「兄ちゃんの手、あたたかいな」って言い出して。
普段そんなこと全く言わないんですよ。そんな調子だったから僕も「なんやなんや機嫌いいやないか」って言ってトイレ連れていって「おやすみ。また明日なあ」言うて。
で、「おはよう」と言って部屋入ってたら、そのおじいちゃん亡くなってて・・・。人っていつ死ぬか分からないっていうか。
ショックですよね。
これもね高齢者の方に教わったんですけど、人生って2つしか平等がないって。何だと思います?
2つですか?何でしょうか。
1つは、時間です。1日は24時間でしょ。24時間を何に使うか。もう1つは死ぬ時を教えられていないこと。
たしかに。
この2つしか平等がないらしい。あーなるほどと思って。だからその時に大きく変わったのが何かいろいろ怒ったりしてるのが、ばかばかしくなったんですよ。
だっていつ死ぬか分かんないですよ。いつ死ぬか分かんないんだったらやっぱり自分を鼓舞して笑顔で過ごして終わりたい。
今日も1日よく頑張ったなって。人生、いろいろある、いろいろ無いわけはない。でもその中で明日も頑張ろうぜって思えて。
介護の仕事をしていたときに、プロ編入試験の資格を得たんですよね。閉ざされたはずのプロ棋士に挑戦する機会がまたも。
これがね、不思議なんだよね。そういう介護現場で笑顔の日々を過ごしていたら、将棋の成績っていうのが何か知らんけど上がりだしたんですね。将棋は好きだったのでずっとやってましたから。
そういうものなんですか。
僕の場合、35歳まで将棋しかなかったんすよ。
そうでしたね。
だけど、仕事…まあ介護現場で働くことで、好きなものが将棋ともう一つできた。その2つが、両輪となって物事が何か面白いようにうまく回りだしたんです。不思議なくらい。
心の余裕ですか?
余裕…そうですね。あの、これも僕の場合ですけど、なんかね1つの物事にガーって打ち込んで成功するっていう人も当然いると思うんですが、僕はそれをやったら潰れました。というかそれをやろうとしてすぐ逃げてました。
はい。
でも、この時は違いました。将棋のプロ編入試験を失敗しても僕にはまだ介護の職場という帰る場所があるんだと。
そういうふうに、戻れる場所があることが、僕の心のゆとりに繋がりました。
苦しかった時は気付くのが難しかったんですね?
そう、その時は気付くのは難しかったけど、40歳近くになって、新たな仕事ができるなんて恵まれてますよね。
僕はもう一生介護ヘルパーとして勤めていくことになんの抵抗もなかったし。いろんなことが楽しかったから。不思議なんですよ、本当に。
望んで望んでもなれなくて・・・、それで諦めていたプロの棋士のチャンスがまた転がりこんで来るって。
じゃあ、これで。自分が喜べることを人に喜んでいただく事。
仕事って基本的に自分が喜んだり楽しんだりすることじゃないと、基本的に長くは続かない。
そのことを一生懸命やる中で人に喜んでもらえることがやっぱり仕事だと思うんですよね。
介護を通じて得た今泉さんらしいですね。
誰か1人でも笑顔になってくれたり、介護はそういうのがダイレクトにくる仕事だったから、やりがいがあったんですね。
だから、将棋でもね、もうツイッターとかで今泉先生頑張って下さいって書き込まれただけで俺すごい幸せだから(笑)
僕のモットーが将棋を通じて皆さまの『笑顔のもと』になるっていう事なんで、だから将棋を通じて、そういう日々を繰り返していきたいと思います!
編集:松井晋太郎