2021年01月13日
(聞き手:勝島 杏奈 伊藤 七海)
すべての人に、無条件で現金を配る制度、その名も「ベーシックインカム」。このところ、導入の是非を巡る議論をニュースや雑誌の記事で目にします。なぜ、いま注目されているの?本当に実現できるの?社会保障分野担当の竹田解説委員に聞きました。
それでは、よろしくお願いします。
ベーシックインカム、聞いたことはあるんですけど…
注目されることになったきっかけはなんだったのでしょうか?
竹田忠解説委員は経済、雇用、社会保障が専門。経済部記者時代には通産省(当時)や大手商社などを担当。日本だけでなく、世界10か国以上の雇用現場を取材した経験も。
菅⾸相のブレーンとされる⽵中平蔵さんの発言がひとつありますね。最近いろんなメディアで「ベーシックインカム的な政策が必要だ」と発言しています。
竹中さんは、⼩泉政権時に総務大臣や経済財政政策担当大臣を務め、総務大臣の当時は、菅総理大臣が副大臣という関係でした。
そんな関係の竹中さんの発言が「ひょっとしたら、日本でも、実現の可能性が出てきたのでは」みたいな騒がれ方をして、注目を集めたんです。
そもそも、どういうアイデアなのかを1から教えていただきたいです。
「ベーシック=基本」 「インカム=所得」という意味です。
一般的には、最低所得保障と訳されます。つまり、生きていくのに必要なお金を「無条件」に「みんなに配る」ということです。
夢みたいな話ですね。
普通、お金を配る時は「貧しい人や低所得の人だけ」になるけども、それもない。
「子ども」も「大人」も関係なし。要するに1億2000万人みんなにお金を配りますと。
何か、すごく壮大な話ですね。
これを「働かなくてよくなる制度」だと、期待と皮肉を込めて、そう解釈をする人もいます。
だけど今、多くの国で議論されたり、実験されたりしているのは、あくまで一定のお金を配るという話で、どれだけ配るかは、本当にバラバラなんです。
なぜ、多くの国で議論されているのですか?
特に最近は、若い人たちが、ちゃんと働いても貧困から抜け出せないことが、世界的に問題となっている。
こうした人たちが「働き続ける」ことをどう支援するかという中で、ベーシックインカムの必要性が議論されてきているわけです。
ベーシックインカムの考え方は、いつ頃から出てきたんですか?
これは歴史が古いんです。
一般的に起源は、イギリスの思想家トマス・モアが、16世紀に書いた「ユートピア」という著書だと言われています。
「ユートピア」、読んだことがあったような…。
「ユートピア」の中で描かれた世界は「みんなで食料を収穫して、みんなで保管して、必要な時に、みんなが自由にそれを引き出せる」理想郷です。
食料、つまり富をみんなで分かち合うということが書かれていて、その考え方がベーシックインカムの起源だと言われています。
ベーシックインカムの考え方は、その後も、18世紀後半の産業革命が起きて、格差が拡大した時など、形を変えながら、たびたび議論されてきたんです。
最近になって、また話題になってきたと。
とにかく、コロナによる影響が大きい。個人の自助努力では耐えられない状況です。
コロナで生活ができなくなった。仕事がなくなった。
こういう時こそ、国が責任を持って、困っている人にお金を出さなければ!という発想になるわけです。
10万円の一律給付も、ベーシックインカムだったんですか?
今回のコロナ危機で、多くの国がベーシックインカム的な現金給付を行ってるけど、最も本来のベーシックインカムに近いのが、実は日本と言われている。
お金持ちも、お金がなくて困っている人も、大人も子供も、生まれたばかりの赤ちゃんにも、一律10万円給付されましたからね。
そうでしたね。
唯一違うのは、1回だけの給付ってことです。さすがに毎月出すと、国家の財政が破綻しますからね。
ほかの国も、現金を配ったんですか?
ほかの国々でも、ベーシックインカム的な現金給付は行われました。アメリカでは、ひとり最大1200ドルを配りました。
ただし、所得制限つきです。
日本は1回だけですが、多額のお金を、外国人を含め、日本に住民票がある人すべてに配ったんです。
それこそ、コロナ対策の給付は、特別な予算があったからできたと思うんですけど、この制度を導入するとしたら、どこからお金が出てくるんですか。
そこが、このベーシックインカムの最大の問題点。
もらう側はありがたいけど、財源をどうするんだってことは、必ず出てくるわけです。
たとえば以前から日本では、1人月7万円ぐらいは出せないだろうか、出したらどうなるだろうかという議論があります。
なぜ7万円なんですか?
それは、国民年金を念頭にしているからです。満額ですと月額6万5000円ぐらい支給されます。
ただ、ひとり7万円を、日本にいる1億2000万人全員に、ベーシックインカムで支出すると、約100兆円かかるんです。
想像できない額ですね。
100兆円というと、だいたい日本の年間の国家予算です。
その額を聞くと、ちょっと難しいというか、無理じゃないかって思ってしまいます。
そうなるでしょう。ただ、社会保障などのお金をまわせば、何とかなるのでは、ということをいう人もいる。
というのも、社会保障に使っているお金は、国家予算をはるかに上回る約120兆円にのぼるんです。
120兆円!
なぜそんなことになるかというと、社会保障には、国家予算の税金とは別に、個人や企業が負担する多額の保険料が使われている。
税金50兆円(国と地方)プラス保険料70兆円。こうしたお金を、そのまま現金で配ればいいじゃないかと。
たとえば年⾦だけでも税と保険料で60兆円。だけど年金は払った保険料に応じて年⾦もらえるわけですよ。みんな⼀律の⾦をもらってるわけじゃないからね。
払っている人は、納得いかないですよね。
うん。
それから、医療にあてている40兆円(税金+保険料)だって、ベーシックインカムの支出に置き換えたとしたら、体が丈夫であんまり病院行かなくていいっていう人はいいけど、病院にお世話になっている人たちには、しわ寄せがいくことになる。
そう考えると、全体をごそっと置き換えることは、ハードルが高いわけです。
なるほど。
全員に一律に配るベーシックインカムは財源が巨額になるので、それをどのようにして確保するのか、ということが難しいところでもあるんです。
莫大な予算をいかに確保するか、という課題と常に直面するベーシックインカムの議論。次回は、導入に向けた各国の取り組みについてみていきます。
編集:廣川 智史
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