重い知的障害ある若者 投じた一票

東京都知事選挙に投票した682万人余りの中の一人に、重い知的障害のある若者がいます。候補者のことや政策を理解するのは難しく、投票にはハードルがあります。それでもみずから選び、一票を投じた男性を追いました。

(ネットワーク報道部・廣岡千宇)

選ばせてあげたい

選挙ポスターを熱心に見る堀口惇之さん(28)。自閉症で重い知的障害があります。

政策を理解するのも簡単ではありません。それでも投票には、ほとんど欠かさず行っています。

母親の智子さんには、選挙に行かせてあげたいと思う理由があります。

惇之さんは幼いころから周囲にあわせるのが苦手でした。

母親の智子さん:
「やっぱり狭い世界のなかで生きてきてるなっていうのは感じますし。いろんなことを選ばせてあげたほうがよかったなって思います」

自分で選べる機会を増やしてあげたい。惇之さんの日常は変わりつつあります。

毎日通う福祉施設で自分の意思で続けているのが、献立を黒板に書き出すこと。

地域の人たちとの新たなつながりもできました。

母親の智子さん:
「ありがとうとか、そういうことばをかけられる機会って少ないんですね。あの子も自分のなかで、あー自分も役に立ってるなとか。ここに自分の居場所があるんだなとか感じられるといいと思います」

一票に“罪悪感”も

知的障害のある子どもの投票に、親たちは悩んでいます。

道井美樹さん:
「選挙権はあるから行きたいけども、(娘が)誰を指すか分かんないし、指さない可能性もある」

堀口智子さん:
「でもそれもその人の意思だし、経験を積み重ねていって、もしかしたらいつか、あーそういうことなんだなっていうのに、たどりつくようなことがあるのかもしれないし…」

道井美樹さんの娘の花香さん(26)は、これまで投票をしたことはありません。

知的障害のある人などの投票をめぐっては、11年前(2013年)まで、成年後見人がいる人には選挙権は認められていませんでした。当事者が声をあげ、法律が改正されて投票できるようになりました。

その後、花香さんが成人して初めて選挙の案内が送られてきたとき、美樹さんには複雑な感情がありました。福祉を充実させてほしい。その思いを託す選挙だからこそ、ためらいを感じました。

母親の美樹さん:
「うちの娘が選んだことで、その一票の重さというか、それが果たしていいのかどうかというところで、『罪悪感』というか…。娘のための一票なので、その重い選挙だからこそ、娘の一票を投じていいのかなって」

「せんきょ、だいじ」

投票の4日前。智子さんは何かを捜していました。選挙の(入場)整理券が無くなってしまったというのです。

惇之さんには、自分にとっての“宝物"をしまい込んでしまうくせがありました。

>惇之さん:「(入場整理券が)どっかいっちゃったけど、いける?」智子さん:「どっかいっちゃってもいけるから大丈夫。どっかいっちゃってもいけるよ」
智子さん:「日曜日は?」
惇之さん:「せんきょ!」

迎えた投票日。惇之さんは、写真の雰囲気などから自分で決めた一票を投じました。

智子さん:「投票してどうでしたか?」
惇之さん:「たのしかった」
智子さん:「またね、一緒にいきましょうね」
惇之さん:「うん」

堀口智子さん:
「選挙に参加をしたという、そのことがやっぱり意義があるっていうんですかね。(息子が投票する姿をみて)あーできるんだとか、自分もやってみようとか、広がりのひとつになっていくとうれしいなっていうのはすごく思います」

ちょっと誇らしく

別の投票所には、花香さんが初めて訪れました。

顔写真をみれば人を選ぶことができますが、投票所に写真はなく、今回、投票はかないませんでした。それでも会場の厳粛な雰囲気にも落ち着いた様子に見えました。

美樹さん:
「ちょっと誇らしく、私には見えます。なんかやり遂げたような、一歩踏み出したような。
(選挙権を)最初いただいたときに、もう感動したんですけれど、認められたんだっていう気持ちがあったんです。積み重ねていけば、そのうちきっと、娘も投票できるかなって、みんなで一緒に考えて、みんなができることを増やしていけるような社会になっていければいいなと思っています」

知的障害のある人の投票をサポートしようと、自治体や施設では取り組みも始まっています。

例えば東京の狛江市では選挙の前に、市の職員が福祉作業所を訪ねて、知的障害のある人とのコミュニケーションの取り方を学んでいます。

また品川区のグループホームでは、文字を書くのが難しい人たちに投票所で「指さし」をして意思を伝えられるよう、お手製の候補者一覧を使って事前に練習しています。

知的障害があるなどの理由で成年後見人がいる人にも選挙権が認められて、まだ11年。障害者の権利保障に詳しい、京都産業大学の堀川諭教授は、「社会は雑多で、それを認めることが民主主義の本来の姿であり、障害のある人の投票環境の改善に社会全体で向き合っていく必要がある」と指摘しています。

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