東京都知事選も「全員投票」を グループホームの挑戦

障害のある人たちの声を選挙でどう届けるか。東京都知事選挙の投票日に向けて、入居者のサポートに取り組んでいる、ある施設の「挑戦」をご紹介します。

※2024年7月5日(金) 「Nらじ」で放送しました。

出演:
ネットワーク報道部 直井良介記者
杉田淳ニュースデスク
柴田祐規子アナウンサー

「全員投票」に取り組む品川区のグループホーム

杉田:
NHKでは選挙のバリアフリーを実現させようという「みんなの選挙」プロジェクトを進めています。 直井記者は、知的障害のある人の投票支援をずっと追いかけてるんですよね。

直井:
私が今回取材したのは、品川区の「わいわいてい」というグループホームです。
重度の知的障害がある33歳から55歳までの男女5人が、職員のサポートのもとで暮らしています。

このグループホームは5年前から入居者の投票のサポートに取り組んでいて、前回の統一地方選挙の区議会議員選挙では、5人全員が投票することができたんです。

直井:
障害者の選挙参加に力を入れて取り組んでいる東京の狛江市が、去年の統一地方選挙で障害者の投票率を全国で初めて出したんですが、それを見ますと狛江市の全体の投票率が50.7%だったのに対して、知的障害のある人は37.7%と、10ポイント以上投票率が低かったことが分かっています。

杉田:
それだけ投票の壁が高いってことですね。

直井:
取材をする中では、例えば家族が投票に行かせたいと思っても本人がその気持ちにならないということもありますし、そして周囲からはそもそも候補者を選べないんじゃないかとか、行っても投票所で騒いでしまって迷惑をかけてしまうかもしれないとか、そういったためらう声も聞かれました。

手作り道具①選挙公報を切り貼りして…

杉田:
そんな中で施設ではいろんな工夫をしてるということですよね。

直井:
行政に相談しながら、入居者一人ひとりに合わせた選び方を支援しているんです。 まずこのグループホームの入居者で、文字が書けない人は、投票所の職員に代筆をしてもらう「代理投票」の制度を使っているんです。
代理投票というのは、たとえ文字が書けなくても、何らかの方法で投票したい人の名前を伝えられれば投票することができるという制度です。

杉田:
だからどうやってその意思を伝えるかっていうのが肝心ですよね。

直井:
このグループホームでは、入居者一人ひとりの障害の度合いや特性に合わせた手作りの道具を投票所に持ち込んで、投票所の職員に意思を伝えているんです。

私が取材に訪れた日はちょうど投票に向けた準備をされていまして、職員がリビングの机の上で、のりとかハサミとかを使って工作をしていたんですね。そのひとつが、指さしで意思を伝えられる人が使う、候補者名が書かれた一覧表でした。

用意したのは、選挙になるとみなさんの自宅にも送られてくる選挙公報と、大きな模造紙です。選挙公報を拡大コピーして、候補者名と顔写真の部分だけを切り出して、選挙公報に載っている順に貼っていくわけですね。

貼り終わったら、投票所の記載台の中で広げられるサイズに縮小コピーして完成です。

柴田:
本当にもう、手作りなんですね…。

手作り道具②名前を短冊にして…

直井:
一方で指さしが苦手な人に対しては、別のリストを準備しているんですね。机に候補者の名前が書かれた短冊をかるたのように並べまして、本人が取り上げた名前を投票所の担当者に代筆してもらうというものです。

作り方は先ほどと同じく選挙公報の名前の部分を切り抜いて、こんどはダンボールに選挙公報の順番どおり、テープなどで貼っていきます。

ここで大事なのはしっかり留めることではなくて、短冊をつまんで取り上げられるように、簡単にはがれるように留めてあげるというのが重要なんですね。

手作り道具③名前を持ち込みメモにして…

入居者の中には文字が書ける人もいますので、そうした人は代理投票ではなく、みずから書いて投票できるように施設のほうで工夫をしています。

この場合の課題は、候補者が大勢出てくる選挙では、記載台に張られた名簿だと細かすぎて、書き写しているうちに書いていた候補者がどこにあるのか分からなくなってしまい、結局書けなくなってしまうということなんです。

特に今回の選挙は候補者が56人もいるわけですから、記載台の名簿の文字もすごく細かくなってしまって、名前を探すだけでも一苦労になってしまうんですね。

そこで事前に候補者を選んで、名前もメモにして持ち込んで、記載台でそのメモを開いて手元で書き写すという方法をとったわけです。

柴田:
その形にすれば、名簿の中から探さなくても投票用紙に書けるということなんでしょうね。

直井:
そうですね。 この方法をとるにあたって施設が大切にしているのは、やはり投票の秘密が守られるということなんですね。 そのため入居者がメモを書くときにはアクリル板を貼って、それで三方を囲む形にしてちょうど記載台のようにしまして、施設の職員から書いているところが見えないようにという配慮をしています。

杉田:
ほかの人にメモを見られないように自分で書いて、それを投票所に持っていくっていうことですよね。

候補者が多いと準備も大変

柴田:
杉田さん、今回の東京都知事選挙は、ずいぶんその、候補者の数が多かったり…

杉田:
あとはポスターの、いろんな問題が指摘されてますよね。直井さん、この準備をするうえで何か問題はなかったんですか。

直井:
先ほど指さしで使う一覧表に、候補者の顔写真も使うというふうにご説明したんですけれど、いつもであれば、選挙ポスターが貼ってある掲示板をスマホのカメラで撮影して、それをカラーで印刷をしたものを一覧表に貼っていました。

でも今回は顔写真の入ったポスターを貼らない候補者も大勢いましたので、候補者のカラーの顔写真を全員ぶん、準備できなかったんです。

直井:
施設では「カラーの顔写真がある人だけ貼ればいいんじゃないか」という意見も出たんですが、利用者にとっては視覚の情報が、選ぶ上で重要だということがありました。

つまりカラー写真と白黒写真を並べて貼っていると、カラーだから指をさす動機になってしまう可能性が否定ができなかったということで、公平を期すために今回は、全員、選挙公報にある白黒の写真にすることにしたんです。

「努力をしないでもすむ投票会場を」

直井:
こうした取り組みに、なぜここまで力を入れるのか。グループホームを運営する法人の理事の山崎幸子さんに聞きました。

山崎幸子さん:
私たちはこういう資料を作って選ぶということを、何回も試みてますけれど、それをやらないですむ投票会場ができたらいいなって思ってます。
ご自分の人生をどう決めていくかという、もっと大きな話になっちゃうんですけれども、本当に生活を少しでも豊かにしていくためにどうしたらいいかっていう事、選挙もそのひとつなのかなというふうに受けとめています。

直井:
こうした職員の苦労や支えがあって、5人は今回も投票することができそうです。社会の一員として、やはり誰もが平等な一票を行使するという、皆さんの思いや声をうかがいながらこの先も取材をしていきたいと思います。

杉田:
このような取り組みから、私たちがいかに一票の大切さっていうのを感じ取るかが大事なんだろうなって思いますね。

直井:
私は去年もこちらのグループホームを取材しているんですけれども、やはり一票をこの方たちが投じる、そしてその後の笑顔っていうのがすごく印象的で、やはり投票したいという達成感もあると思いますけど、それがすごく印象に残っています。今回もそうだと思います。

柴田:
杉田さんは以前、そうした障害のある人たちこそ投票すべきなんじゃないかということを話していましたよね。

杉田:
障害のある人の中には、投票すること自体をあきらめてしまってる人って結構いるんですよね。 ですけど選挙権っていうのは誰もが平等なわけですから、行きたくてもいけない人がいるっていうのは、改善していかなくちゃいけないと思います。きょう聞いた施設の取り組み、サポートの在り方っていうのは、とってもこう温かいものだなっていうふうに感じますね。

柴田:
障害のある人たちの声が、投票することによって届くっていう事が大事なんですよね。

杉田:
それこそがみんなで作る社会のありように、つながっていくんだというふうに感じています。

このページの内容はここまでです