記号式の投票は全国で5県だけ 広がりを期待して

6月に行われた青森県知事選挙では、「記号式」の投票用紙が使われました。

投票用紙にあらかじめ候補者の名前が印刷されていて、その上に丸、もしくはスタンプを押すだけで投票ができます。

しかしこの「記号式」、青森県知事選挙では50年以上前から使われているそうですが、全国的には広まっていません。

去年12月時点で総務省がまとめたデータによると、知事選挙で採用されているのは青森県、岩手県、島根県、大分県、熊本県です。全国で5つの県のみとなっています。

青森県では候補者名の書き間違いなどの無効票を減らす効果も期待されてきた「記号式」。障害のある人からは広がりを期待する声があがっています。

(青森局 記者 濵本菜々美)

文字が浮かんでこない

青森市内に住む岡田充弘さん(58)は、妻の理砂子さんと愛犬のプリンと暮らしています。

岡田さんは10年ほど前に脳卒中を発症し、失語症と診断されました。

文字の練習のため、一行日記をつけることが日課だという岡田さんは、日記帳に「NHKの取材」と書こうとしましたが、「H」というつづりが浮かびません。

妻の理砂子さんの手助けを受けながらスマホで検索し、画面を見ながら文字を書き写していました。

失語症は「読み」「書き」「話す」「聞く」に何らかの影響が出る障害で、岡田さんの場合は相手の言っていることが一度では理解が難しかったり、話したい言葉がうまく出てこなかったりします。

今回の取材でも、時間をかけて話をしてくれました。

妻の理砂子さんの話:
「なかなか私の言った言葉を拾うのも大変なんですよ。我慢比べですよね。毎日起きることは前のページを見て、『散歩』とか『リハビリ』とか見ながら書けるんですけど。新しいところに行った時はチラシとか箸の袋とかを持ってきて『きょう、ここでご飯食べた』ってそれを見ながら書くんだよね」

失語症に加えて、病気の後遺症で右半身にまひがある岡田さんは、書くことにも難しさがあります。

利き手だった右手を使わずに、左手だけで紙を押さえながら文字を書かなくてはなりません。

選挙は社会参加だから

岡田さんは、病気になった後も欠かさず投票を行ってきました。

その思いを妻の理砂子さんとともに、次のように話してくれました。

妻の理砂子さん:「選挙は社会参加の一つだと思うので。たとえ字が書けなくても、しゃべれなくても大事な一票だよね」

岡田さん:「うんうん」

記者:「選挙には行きたいですか?」

岡田さん:「行きたい」

文章にすると短い答えですが、その表情には力がありました。

「(選挙に)行きたい」という言葉も、自らの意思を絞り出すように話していると感じました。

岡田さんが投票に行く前に、必ず準備しているものがあります。

それは投票先を記したメモです。

投票用紙に正しく書けるようにと、選挙公報を見ながら候補者の名前を書き写していきます。

投票所ではこのメモに書かれた名前を投票用紙に書き写すことで、自分の意思を投票に反映してきました。

記号式の方が投票しやすいけど…

国政選挙では「記名式」のため、このメモの準備が欠かせませんが、今回の青森県知事選挙では、「記号式」と「記名式」の2つの選択肢があります。

記号式の投票用紙の印刷が間に合わないため、期日前は「記名式」、投票日当日は「記号式」になっています。

岡田さんにとって、「記号式」と「記名式」の投票用紙、どちらが投票しやすいか、仕組みを絵に描いて聞いてみました。

岡田さんはそれぞれの絵を指さしながら、ゆっくりと話しました。

岡田さん:「これ(記号式)がやりやすい。これ(記名式)がやりにくい。」

岡田さんが選んだのは、印刷された候補者の名前の上に○印をつけて投票する「記号式」でした。

しかし今回、岡田さんは「記名式」となっている期日前投票を選ぶことにしました。

理由は、投票日に開設される自宅近くの投票所は、土足のままでは入れないからです。

右半身にまひがある岡田さんは、立ったまま靴を脱いだり履いたりすることも難しいといいます。

このため書くのが簡単な記号式投票より、靴を脱がずに投票できることを優先せざるを得ませんでした。

期日前投票所を訪れた岡田さんは、記載台で左手だけでゆっくり時間をかけながら書き、1票を投じていました

「ちゃんと書けた?」

妻の理砂子さんからの呼びかけに、岡田さんは「書けた」「大丈夫」と笑顔で応じていました。

私が「次の選挙にも行きたいですか?」と尋ねたところ、岡田さんは「行く」とひと言、力強く答えてくれました。

その難しさを想像すること

「字が書けなくても、しゃべれなくても、大事な一票」

妻の理砂子さんから聞いた、そんな言葉が印象に残っています。

私(記者)は、今回の取材で初めて「記号式投票」を知りました。

無効票を減らすだけでなく、岡田さんのように字を書くのが難しい人にとっても、メリットがあるものだと感じました。

投票用紙の印刷や運搬などで自治体の負担が増す側面もありますが、1人でも多くの民意を政治に反映するために、もっと広がってほしい取り組みだと思いました。

靴を脱ぐことや文字を書くことなど、思わぬところにある投票への壁。

障害のある人にとっての難しさを想像し、ひとつずつ解消していくことが大切だと思いました。

投票にどのような壁があって、それを解決する方法は本当にないのだろうか。取材を続けたいと思います。

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