選挙の情報をひとしく届けたい 点訳・音訳の現場は

街中でふと見かける選挙のポスターや、候補者の公約をまとめた記事。

何気なく“目”から入ってくる選挙の情報を得ることが、視覚障害のある人は難しいことがあります。

そんな人たちに選挙の情報を届けたい。

佐賀県知事選挙で「選挙公報」を「点字版」や「音声版」に訳す作業が急ピッチで行われていると聞き取材しました。

(取材・佐賀局 渡邊結子記者)

冊子の中身は白紙 そのかわりに…

その冊子を手渡されて中を見た時、ちょっと驚きました。

「選挙公報」の点字版です。

中のページはまったくの白紙に見えました。

かわりにずらっと記されていたのは「点字」です。

載せられていたのは候補者の名前や経歴、政策などの詳しい情報です。

点字版作成 佐賀では1か所だけ

選挙公報の点字版の製作を受託していたのは佐賀市の「佐賀ライトハウス六星館」です。こうした点字版の作成にあたる、佐賀県内唯一の施設だそうです。

「選挙公報」の点字版をつくっていたのも、障害のある人たちでした。

若者からお年寄りまで、幅広い年代の21人が一緒に作業していて、視覚障害のある人が半数近くいるということです。

まず行われるのは、選挙公報の点字版の「原版」をつくる作業で、職員が選挙公報をもとにパソコンに1文字ずつデータ化していきます。

点字はかな文字表記のため、漢字はすべてかな文字に直していきます。

点字は左から右へ指でなぞって理解するので、時には順番を並び替えながら点訳しているそうです。

こうしてデータ化した点字の情報を、専用の印刷機を使って、透明な塩化ビニル製の原版に刻印していきます。

原版もとに 1枚1枚転写

そうしてできた原版をもとに、次は紙に転写して冊子の形にしていきます。

これを1枚1枚繰り返しながら、選挙公報の点字版を245部、候補者の名簿を500部つくるということです。

有権者の手元に届くのを遅らせるわけにはいきませんので、みなさん大忙しで作業を進めていました。

佐賀ライトハウス六星館 原野ちゆき施設長の話:
「目が見えない方に点字は欠かせません。名前が聞き取りにくい候補者もいるので点字版はとても大切です」

選挙公報 CDで音声化も

「選挙公報」は点字版にするだけでなく、「音声版」に訳す取り組みも行われています。

視覚に障害がある人の中には、点字が読めない人も少なくありません。きちんと情報を届けるには音声でのサポートも欠かせないのです。

音声版のCDには、選挙公報の全文を読みあげた音声が収録されます。

読み上げるのは「音訳ボランティア」。視覚障害のある人が聞いて内容が伝わりやすいよう、声の出し方、アクセント、間の取り方などについて専門の講習を受けた人たちです。

選挙公報は朗読のように感情を込めたり強弱をつけたりせず、淡々と自然な読み方で全文を読み上げるということでした。

1枚1枚 再生して確認

CDの収録を終えると、内容を確認します。

作業していたのは、視覚障害のある竹田壽和さん。妻と一緒に2人であたっていました。

CDを再生機にかけて1枚1枚再生。音が間違いなく入っているか、収録時間が適切かなどを確認していました。

この作業を365枚分、繰り返すそうです。

佐賀県視覚障害者団体連合会 竹田壽和理事の話:
「音声版は家族などに頼らなくても自分で何度も聞いて内容を確かめられます。1日でも早く届けてじっくり考えて投票できるようにしたい」

“情報届かない”課題も

視覚障害のある人に役立つこうした選挙公報の「点字版」「音声版」ですが、実は「全員に届けられていない」という課題があります。

こうした冊子やCD、県視覚障害者団体連合会の会員300人余りには、直接送られます。

しかし、令和3年度末の時点で、佐賀県内で視覚障害6級以上の障害者手帳を持つ人は2356人。

佐賀県視覚障害者団体連合会によりますと、自治体や盲学校といった関連施設などにも点字の冊子などを送っていますが、必要な人に届けきれていないのが現状だそうです。

団体では情報が必要な人は連絡してほしいと呼びかけています。

情報を参考に 初の投票

さまざまな情報をもとに、初めての投票に臨んだ男性がいます。

佐賀県江北町の公民館に設けられた期日前投票所を訪れたのは、渕野陸来さん(20)です。通っている盲学校の先生と一緒に投票所を訪れました。

生まれて間もないころに脳に腫瘍ができ、目に障害が残った渕野さん。右目は全く見えず、左目は弱視となりました。

毎日、家からバスと電車を乗り継ぎ1人で盲学校に通うのは負担が大きいため、平日は学校の隣にある寮で生活をしています。

家から投票所までは、歩いて20分以上かかりますが、道に点字ブロックはありません。

今までも選挙で投票したいと思っていましたが1人では投票所まで行けず、投票日も親の仕事で都合がつかなかったため、選挙に行けなかったということです。

「選挙に行きたい」と学校に相談したところ、今回、先生と一緒に期日前投票に行けることになりました。

投票を前に、渕野さんはパソコンに入れた市販の音声読み上げソフトを使うなどして候補者や選挙の争点などを勉強してきました。

代理投票で“達成感”

投票所を訪れた渕野さん。誰に投票したいのか、係の職員に伝えて代わりに書いてもらう「代理投票」で投票することになりました。

投票したい人を書いてもらった用紙を受け取り、自分の手で投票箱に入れることができました。

投票を終えた渕野さんは、手にした選挙公報の点字版を指でなぞりながら気持ちを語ってくれました。

渕野陸来さんの話:
「読みたいところがすぐに探せて瞬時に情報を手に入れられるのが大変助かります。情報をあらかじめ手に入れてこの人と決めてから選挙に行けたのがよかったです。
日々の生活の中で、障害のない人と同じようにするのが難しいことがいっぱいありますが、きょうはみんなと同じようにできました。選挙は初めての経験で達成感がありました」

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