「見えない壁」とは 視覚障害のある女性議員のやりがいと葛藤

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「どんなときも幸せを感じながら爽やかに生きていきたいと思っています」

点字でサイトに向けこのメッセージを寄せてくれたのは、富永孝子さん(56)。3年前、障害者としては初めて埼玉県新座市の市議会議員に当選し、現在1期目です。

爽やかな笑顔の裏には、議員活動の中で抱える「やりたい」と「できない」との葛藤があるという富永さんに、議員のやりがい、そして壁とは何かについて聞きました。

(さいたま局記者 二宮舞子)

当選後に点字プリンターや点字ブロックなど整備

富永さんは、生まれたころから強度の弱視で、左目は全く見えず、右目は光を感じることはできますが、視野が狭く、文字やグラフなどを読むことができません。

普段の生活では点字を使用していて、外出の際には白杖を使っています。

新座市では富永さんが議員となったことをきっかけに、ハード面の整備が進みました。

そのひとつ、「点字プリンター」を購入。必要な資料を点字に訳して富永さんに提供できるようにしました。

そして「点字ブロック」の設置。市役所内の入り口からエレベーターまでの間や、エレベーターを降りてから議員控え室までの間などに点字ブロックを設置しました。

このほかに市ではエレベーターなどに点字案内の整備などの対応も行ってきました。

トイレの案内にも点字が

もっと一生懸命やりたいのに

一方で富永さんは、視覚障害者として議員活動を行う中で、さまざまな壁に直面したといいます。

例えば議員に配られる資料。新年度予算案などの資料は何百ページに及ぶものもあります。

富永さんは、点字に訳された資料を読み込んだうえで議会に臨んでいますが、市が点字に訳すのは、予算案の目次や議案概要などの一部で、全てではありませんでした。

富永孝子議員
「毎回の定例会や議会運営委員会で配られる資料があるのですが、各種の資料を、私に読み込めるほどいただけなかった。もっとここを読みたいというとき、それが点字になっていないことのストレスを感じながらやってきました」

大事な資料で点字に訳されていない部分は、読み上げボランティアの人に読んでもらうことで補おうと考えていました。しかし当選してまもないころに新型コロナウイルスが流行したこともあって、読み上げボランティアの人と会うことも簡単ではなく、読み上げてもらう日数を減らしたこともあったといいます」

そのほかに市から資料をメールで送ってもらい、読み上げソフトを使って内容を確認するなどの対応をしてきました。

あえて介助者をつけない

議員活動で富永さんがこだわったのは、当事者の生活を多くの人に実感してもらうこと。そのために、あえて介助者をつけずに議員活動をしています。

一般的には介助者がいたほうが活動もスムーズですが、介助者をつけてしまうと周りの人たちは「富永さんの身の回りのことや困りごとは介助者がやってくれる」と思い、ほかの議員や職員などとの交流も生まれない、サポートしようという思いも生まれないのではないか…と考えたそうです。

必要なときはその都度サポートをしてもらうことになりますが、富永さんの存在を通して、視覚障害者の生活やサポートのあり方について知る機会になってほしいという考えがありました。

ハード面の整備だけでなく、多様な人が同じ社会に生きていることを実感してもらい、それによってソフト面、心のバリアフリーを広げたいという強い思いでした。

一方でサポートをうけるうえで、女性として気を遣う場面もあるといいます。

富永孝子議員
「例えば新幹線のなかでトイレに行きたくなったとき、新幹線の乗務員を呼ぶわけにいかないので、同行者の中で同性の方に同行していただきました。男性の方よりは同性の方が助かります」

新座市は女性議員の割合が40%以上と比較的高いため、多くの場合、周りの女性議員からサポートを受けていたということですが、男性議員の割合が大きい議会では、こうしたサポートが受けづらいといったケースも考えられます。

「2期目には立候補しない」理由は

富永さんは、障害のある人が議員になることの意義について、次のように話しています。

「私のような目がとても不自由な人とか、車椅子に乗っている方が議会に入ってほかの議員さんたちと同じテーブルについて仕事をすることはなかなかないと思うので、その価値を感じています。私のコンセプトは障害のある人がまちで普通に暮らしていることによって、私たちも助けていただけるし、市民の皆さんも私たちと接することで、お互いに吸収しあうものがあるのではないか、なんです。ここに当事者がいることの大切さ、意義を感じています」

一方で、2期目には立候補しない意向だといいます。考え抜いた結果だという、その理由について富永さんは次のように話しています。

「“市議会議員の富永さん”というのが先に立っちゃうわけですね。それが違う。ひとりの人間として発言したいと思ったので、枠を越えようかなと思いました」

今後は視覚障害者がどうやって料理や洗濯をするのか、盲導犬の役割は何なのかなどについて、子どもたちに知ってもらうための講演活動に力を入れていきたいということです。

未来を担う子どもたちに心のバリアフリーについて考えてもらうとともに、人生を楽しく前向きに生きていくことの大切さも訴えていきたいといいます。

富永孝子議員
「見えなくても、こんなふうに工夫したり練習したりしたら、けっこうできるよというのをわかってほしい。ほかの五感を使って、いろんなことを楽しめるよというのを伝えたい。
皆さんが目が見えなくなるわけじゃないけど、人生、生きていくなかで、なんかぶつかることあるじゃないですか。何もできないと思ったときに、『いや、待てよ、ここをこういうふうに工夫すればできるのではないか』と、そこに行き着いてほしい、あきらめないでほしいというメッセージを伝えていきたい」。

最後に富永さんから、みんなの選挙サイトを利用するみなさん宛に、点字でメッセージを寄せていただきました。

「みんなの選挙をご覧の皆様へ。こんにちは。初めまして。埼玉県新座市に住んでいます。富永孝子と申します。どんなときも幸せを感じながら爽やかに生きていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします」

インタビューのなかで富永さんは、新座市で初めての障害のある議員として、前例になったことが良かったと話していました。

配布される資料が読めないことや、資料を点字に訳したとしても臨機応変に対応することの難しさなど、さまざまな壁に直面しましたが、「できない」ではなく「どう工夫すればいいか」という考え方で向き合っていたことが印象的でした。

そしてそうした壁も議員になったからこそ見えた課題だと思います。

多様性のある社会をつくっていくためには、こうしたさまざまな背景がある人が議員に挑戦できる環境づくりも大切だと感じました。

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