「なぜ僕だけが‥」選挙に挑戦した脳性まひの男性に立ちはだかったのは

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4月9日に投票が行われた愛知県議会議員選挙に、脳性まひで重度の障害がある男性が立候補しました。

しかし障害がある人が選挙を戦うには思わぬ壁がありました。

(名古屋放送局 記者 堀之内公彦)

1%でも可能性があるなら

「加藤啓太です。よろしくお願いします」

車いすで演説を始めたのは、愛知県議会議員選挙に立候補した加藤啓太さん(35)です。

障害のため、ことばをはっきり発音できませんが、ゆっくりひと言ずつ声に出して、道行く人たちに呼びかけました。

加藤さんは生後3か月のときに原因不明の窒息により、脳に重い障害が残りました。

当時、医師からは「生きられて5年。体は99%回復不可能」と告げられたといいます。

しかし「少しでもよくなる可能性があるなら」と厳しい回復訓練に取り組んだ結果、腕や手を少し動かせるようになり、電動車いすで生活できるようになりました。

2012年 ロンドンパラリンピック

10代から障害者スポーツの「ボッチャ」を始めてトップ選手として活躍。2012年のロンドンパラリンピックにも出場しました。

生きることすら難しいとされていたなか、「1%でも可能性があるなら」とあきらめずに挑戦を続け、夢を達成してきた加藤さん。

現在は、障害のある人たちの生活を支援する事業所を経営しながら、各地で講演活動を行っています。

選挙運動中は介護サービスなどを利用できない!

日々さまざまな活動に取り組むなか、加藤さんにある思いが強くなっていきました。

それは「障害者=支援してもらう対象」という現状を変えて、働きたいと思う人たちの活躍の場を広げたいというものです。

思いを実現するには政治への働きかけが必要だと考えていたとき、知り合いの地方議員から、選挙への立候補を打診されました。

両親は反対しましたが、ここでも加藤さんは「少しでも可能性があるなら」と、立候補を決意。同じ名古屋市中区の選挙区から立候補した市議とともに、選挙運動を始めました。

ただ思わぬ苦労がありました。介助をしてくれる人の確保です。

加藤さんは1人暮らしをしていますが、食事や排せつなど24時間の介助が必要です。

ふだんは公的な障害福祉サービスを利用し、一部の負担のみで訪問介護ヘルパーの介助を受けています。

しかし立候補にあたって制度を所管する名古屋市に問い合わせると「選挙運動中は利用しないように」と回答がありました。

公的な障害福祉サービスは、経済活動や長期にわたる外出、および「社会通念上適当でない外出」の際は利用できないとされていて、選挙運動はこの「社会通念上適当でない外出」にあたるというのです。

母親に手伝ってもらいながら

一方で自己負担でヘルパーを依頼するとなると、今度は法律違反にあたるおそれがありました。

公職選挙法では、報酬を支払えるのは、選挙カーからマイクで訴える車上運動員や手話通訳者のほか、選挙運動に関する事務作業をする人などに限定されていて、運動員は原則、ボランティアでないといけません。

そのため、選挙運動の際に介助してくれるヘルパーに自費で報酬を支払うと「運動員の買収」と見なされるおそれがあるのです。

結局、選挙運動中の介助は、すべて両親や知り合いにボランティアとしてお願いしました。

加藤啓太さんの話
「なぜ僕だけ、トイレと食事のことをいちいち考えないといけないのでしょうか。選挙は公平にやるべきだと思います」

それでも加藤さんは、車いすで選挙区内をくまなく回り、有権者ひとりひとりにビラを手渡して、障害者の教育の充実や雇用の促進などを訴えました。

そして投開票日。

加藤さんは、3662票を獲得しましたが、当選には届きませんでした。

加藤さんは悔しさをにじませながら、障害者が立候補すること自体が当たり前になる社会にするために、次回の選挙にも挑戦したいと決意を語ってくれました。

加藤啓太さんの話
「私が特別って思われる政治を無くしたい。まだまだ終わったわけではないです」

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