選挙運動にも「バリア」!? 車いすで挑んだ選挙戦

千葉市議選に立候補した渡邊惟大さん

2019年に千葉市で行われた市議会議員選挙に、電動車いすの男性が初挑戦しました。バリアフリーの実現を掲げて選挙運動に挑んだ男性を待ち構えていたのは、思いがけない選挙運動の「バリア」でした。

(千葉放送局記者 山本未果)

※記事中の年齢や肩書きは記事公開当時のものです。

「バリアフリーのまちづくりを」

「渡邊惟大(わたなべ・ただひろ)です。よろしくお願いします」

頭部に装着する小型マイク「ヘッドセット」を使い、街頭で声をあげていたのは、3月29日に告示された千葉市議会議員選挙に立候補した渡邊惟大さん(32)です。

渡邊さんは幼い頃、全身の筋肉が徐々に衰えていく難病「筋ジストロフィー」を発症しました。

握手することもビラを自分で配ることもできません。マイクを手に持つこともできず、肺活量が落ちているため、大きな声を出すこともできません。

駅のアナウンスや電車の音に時折かき消されながらも、みずからの思いを訴えました。

「2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて、多様な人たちが暮らしやすい社会を実現していくためにバリアフリーのまちづくりを目指していきたい」

自分から動かなければ

渡邊さんは小学生のころから車いすを使い、早稲田大学から大学院まで進んで政治学を学びました。

大学時代は、車いすを使用する学生へのサポートが十分ではなかったため、大学に働きかけて、学生がトイレ介助を担ってくれる制度が生まれました。自分が動くことで少しでも環境を変えることができるかもしれない、という「気付き」はその後も渡邊さんの大きな指針となりました。

そして、自身の経験を踏まえ、障害者の大学進学を支援するNPO法人を設立。多くの人たちが介助の問題で進学や就職をあきらめている現実に直面しました。

さらに、5年前には、障害者のための訪問介護事業所を設立し、代表として、10数人のスタッフを束ねています。

さまざまな活動を通じ成果も見えてきましたが、一方で民間の立場での限界を感じる機会が増えました。

バリアフリーの地図を作りたいと商業施設に協力を依頼したところ「民間の調査には協力できない」と断られました。

働きたいと思っている障害者への福祉サービスを充実させたい、東京パラリンピックを前に歩道の段差解消や情報提供のバリアフリー化も進めたい。実現するために、市政に直接関わりたいという思いが強くなり、市議会議員選挙への立候補を決意しました。

「市長や議員にも相談したが…」と話す渡邊さん

選挙カーは福祉車両

しかし渡邊さんの選挙運動にはいくつもの「バリア」がたちはだかりました。

まず「選挙カー」。

一般の車には乗車できないため、ふだんは父親が使っているリフト付きの福祉車両を活用しました。自分の写真をマグネットにしてドアにはり選挙カーに仕立てましたが、電動車いすに乗った渡邊さんと、その横に渡邊さんの体が前に倒れないよう支える介助の人が乗ると、後部座席はもう一杯です。手を振ったり、名前を連呼したりする運動員は同乗できませんでした。

渡邊さんの選挙カー 日常生活に使っている車だ

そして選挙運動の「場所」。

思いを聞いてもらうため、支援者に集まってもらえる公民館などを探しましたが、エレベーターが利用できないなど、なかなか条件にあう会場は見つかりませんでした。

多くの人に呼びかける街頭活動でも、大きな電動車いすが道をふさいで迷惑にならないよう場所選びに苦労しました。

電動車いすが道をふさがないように気を配った

どうする?選挙運動中の介助

さらに大変だったのが、介助をしてくれる人手の確保です。

渡邊さんは1人暮らしをしていますが、排せつや着替えなど、ほぼ1日中介助が必要です。ふだんは公的な障害福祉サービスを利用し、自己負担なしで訪問介護ヘルパーの介助を受けています。

しかし、選挙運動はどうしたらいいのか?

渡邊さんは立候補にあたって千葉市に問い合わせましたが、「街頭活動中は原則としてヘルパーを利用することはできない」と回答されました。

それでは、経費を自己負担してヘルパーを依頼すればいいか、というと、そう簡単ではありません。

公職選挙法では報酬を支払うことができるのはウグイス嬢などに限られ、運動員は原則としてボランティアです。そのため選挙運動の際に介助してくれるヘルパーに自費で報酬を支払うと、「買収」とみなされるかもしれません。

千葉市も渡邊さんからの質問を受けて国に確認しましたが、結局「障害福祉サービスを一部で利用できる可能性はあるが、ケースバイケースで慎重に判断せざるをえない」という見解に至りました。

例えば、たすきを肩にかけるのを手助けするのは介助か、選挙運動か?

横で体を支えながら「よろしくお願いします」と呼びかけたら介助か、選挙運動か?

前例が少ないため、障害のある人が立候補するという想定での検討が行われていないのです。

結局、渡邊さんはグレーゾーンを作らないよう、街頭活動を行う際の介助は、すべて知り合いにボランティアとしてお願いすることにしました。

選挙活動の手伝いは知り合いに頼んだ

ビラを配って呼びかける運動には、渡邊さんの思いに共感した各地の友人たちが駆けつけて参加してくれました。同じ電動車いすに乗る女性は「障害者や高齢者は『できない』と決めつけられていることが多いので、こういう人がどんどん前に出てほしい」と話していました。

ただ肝心の介助のボランティアが見つからないと、外で活動することはできません。

9日間の選挙戦のうち、1日を通して活動できたのは3日ほど。2~3時間しか活動できない日もあり、活発な運動は展開できませんでした。

障害者の政治参加は

大きな声を出せないかわりに、渡邊さんは自身の訴えをまとめた動画を制作し、街頭で流したり、SNSに投稿したりして支持の拡大を目指しました。

自分の経歴や活動の様子に加え、歯磨きや食事など、日常生活のほとんどで介助を受けていることもあえて撮影してもらい、動画に盛り込みました。

候補者としての自分を知ってもらうだけでなく、自分のように介助を必要としている障害者の生活の様子、さらに介助を受けながらも働いたりNPOの活動に関わったりすることができるということを広く知ってほしいと思ったからです。

渡邊さんが公開した動画

動画の中で渡邊さんは「今の政策や制度を変えていくために、その動きを千葉市から始めていきたいと思います」と思いを訴えました。

選挙活動の後半では声をかけてくれる人が徐々に増え、「いろいろな方の光になれるようがんばってください」と話す女性もいました。

「平成30年版 障害者白書」によりますと、国民のおよそ7.4%に何らかの障害があります。しかしまだまだ障害者の政治参加が進んでいるとは言えません。

三重大学の大倉沙江助教は障害のある全国の地方議員に実態調査を行いました。回答に協力したのは25人。

選挙運動や議員活動の中で障害者が立候補することが念頭に置かれていないため、制度の使い勝手の悪さや難しさを感じているという声が多かったといいます。

ようやく議員になっても、国の制度では重度の障害者への介護サービスは「就労中」は利用できず、議員活動の間のヘルパー利用料は自分で支払わなければならず、大きな負担になっているという声もありました。

「障害者がどう投票するかという問題については議論が行われてきたが、立候補する側になるという視点では検討が行われてこなかったため、法制度が十分追いついていないのが現状だ。障害がある人たちの意見を政策に反映していくためにも、障害者が議員になるのは当たり前だという社会規範を作り、環境を整備していくべきだ」(三重大学 大倉沙江 助教)

三重大学 大倉沙江 助教

社会は変われるか

4月7日、千葉市議会議員選挙の結果、渡邊さんは2155票を獲得したものの、当選には届きませんでした。

ネットでの開票速報を見守る渡邊さん

しかし渡邊さんの立候補は確実に変化をもたらしています。

千葉市議会では今回の渡邊さんの立候補をきっかけに、議場や傍聴席へのアクセスのしやすさなどについて検討しました。

議場に入るためのエレベーターは狭く、大きな電動車いすでは利用できない可能性があることがわかりました。議場はちょうど老朽化による建て替えに向けた設計が始まるタイミングで、今後バリアフリーをより意識した検討を進めるということです。

議会の「バリアフリー」は進むか

次回の選挙に挑戦するかどうか、渡邊さんはまだ決めていないといいます。

ただ社会を変えたいという自分の気持ちが本物だということは確認できたと笑顔で話してくれました。

投票率の低迷やなり手の少なさなど地方議会の危機が叫ばれる中で、多様な人たちの声を反映する施策を進めていくためにも、まず誰でもが立候補しやすい環境を作ることから始めなくてはいけないと思います。

選挙結果を受けて語る渡邊さん

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