初めての“障害者の投票率”調査 見えた課題は
東京・狛江

「障害がある人の投票には課題がある」と言われていますが、実はこれまで、障害がある人の投票率の調査が行われたことはなく、投票の実態はよくわかっていませんでした。

以前から障害者の投票環境の整備に取り組んでいる東京の狛江市が、この春の統一地方選挙で初めて、障害のある人の投票率を調査しました。

総務省によると全国で初めてとみられるこの調査で、どんな課題が見えたのでしょうか。

(ネットワーク報道部 直井良介記者)

投票率「46.9%」高い?低い?

狛江市が調査したのは、この春の統一地方選挙で行われた市議会議員選挙の投票率です。市内で障害者手帳を持つ有権者の情報と、市議会議員選挙で投票した人の情報とを照合して、投票率を分析しました。

その結果、障害がある人の投票率は46.9%

狛江市全体の投票率が50.7%だったので、3.8ポイント低い結果でした。

3.8ポイントと聞くと「意外と差はないな」と思った人もいるかもしれませんが、この調査は障害の種別ごとにも行っていて、分析すると課題が見えてきます。

知的障害で低い投票率

障害者手帳を1つ持っている人の、障害別の投票率の内訳を見ると、投票率が高い方から、

精神障害のある人 50.4%
身体障害のある人 47.5%
知的障害のある人 37.7%

障害のある人全体の投票率の46.9%と比較すると、知的障害のある人の投票率が10ポイント以上も低い結果となっていました。

そして知的障害のある人の障害の程度を表す等級別に見ますと、

等級が4度の人 46.9%
3度の人 36.1%
2度の人 18.9%
1度の人 6.6%

(等級は4度が最も軽く、1度が最も重い)

障害の程度が重くなればなるほど投票率は低く、最重度の人はわずか6.6%でした。

投票の意思をどう確認するか ためらうケースも

私(記者)はこれまで、知的障害がある人の投票について取材を続けてきました。確かに投票の意思を伝えることが難しい人がいることは事実です。

その中で家族などから伺ったのは、投票に行かせたいと思っても、本人が行きたいかどうか、誰に投票するかといった意思をくみ取ることが難しい、という声です。

そのため投票に行くことをあきらめたり、「候補者を選べないだろう」「行っても投票所で騒ぐなどして、迷惑をかけてしまうかもしれない」などと思ってためらったりするということでした。

今回の調査結果からは、知的障害がある人の投票について、より支援が必要なことが明らかになりました。

「肢体不自由」の人の課題

もうひとつ気になったことがあります。それは身体障害のうち、手足や体幹に障害がある、「肢体不自由」についてです。

最重度の人の投票率は25.8%

狛江市全体の投票率の約半分でした。

「文字が書けない、読みにくい」

当事者に話を聞くと、投票の困難さがわかります。

狛江市内に住む松本裕子さん(61歳)は、脳性マヒで歩くことができず、食事なども介助が必要です。コロナ禍もあって、この春の選挙には行くことができませんでした。

松本さんの障害の特徴は、自分の意思とは関係なく、突然首や腕や足が振れてしまうことです。

お話を聞いている最中も、十数秒に一度、短いと数秒に一度は首や腕が振れていました。松本さんにとって投票所で用紙に候補者の名前を書くことは、極めて困難です。

代理投票にも困難が

名前を書くことが難しい人が利用できる制度が、投票所の担当者に代わりに投票用紙に記入してもらう「代理投票」です。

しかし松本さんも代理投票で投票したことはありますが、とにかく大変だったと話します。

代理投票の場合、投票所の担当者に候補者や政党の名前を耳打ちしたり、記載台の前に貼ってある一覧の中から指でさしたりして、意思を伝えます。

しかし松本さんは障害の影響で声を出しづらく、耳打ちするような小さな声では伝えることは難しいのです。

また記載台に貼ってある候補者の一覧から指さすのも、首が振れてしまって一覧を読むことが難しいうえ、腕の震えのために候補者名を指さすことが大変でした。

松本さんは自分のように苦労している人たちに、寄り添った支援がほしいと訴えています。

松本裕子さん
「私のように、行きたくても行けないという人はたくさんいると思います。家族がいない障害者は、車やヘルパーさんの確保など、なおのこと大変です」

松本さんはふだんから仕事でパソコンを使っていることから、「インターネットを使った投票など、投票しやすい方法を考えてほしいです」と話していました。

狛江市「障害の程度に応じた支援を検討」

調査を行った狛江市では、松本さんのように耳打ちや指さしが難しい人のために、「あらかじめ作ったメモを投票所に持参してもよい」などと説明した代理投票のパンフレットを独自に作って、配るなどしてきました。

しかし今回の調査結果で、知的障害のある人や肢体不自由の人の投票率が特に低かったことを受けて、支援をより行き届かせなければならないところが見えてきたと考えています。

狛江市企画財政部政策室  中村容明さん
「投票に関する制度をわかりやすく伝えることによって、なるべく選挙へのハードルを低くして投票しやすい環境を整えることが必要だと考えていますが、今回分析したことによって、どこに重点を置くべきかが見えてきました。今後は障害のある方のそれぞれの状況に応じた対応をより検討していきたい」

専門家 「全国でも同様の調査を」

障害者の投票支援に詳しい京都産業大学の堀川諭准教授は、今回のような調査を狛江市だけではなく、全国に広げるべきだと話しています。

「障害のある人の投票率について、実態を正確に把握するということが実はこれまでできていませんでした。この調査で最初の一歩がようやく踏み出せたという意味で、とても意義がある調査です。
こうした調査で具体的に課題が認識され、必要な障害者に必要な支援が行われることが期待されます。こうした動きを日本全国で実現していくために、全国的な調査が行われることは不可欠だと思います」

調査は全国どの自治体でも可能

狛江市によると今回の調査は、自治体が保有する「投票者の情報」と「障害者手帳の情報」とを、個人情報保護法にのっとって照らし合わせて分析したもので、そのための制度をつくったり、予算をかけたりしたものではないとのことです。

狛江市は障害のある人の投票環境の整備に、比較的力を入れてきた自治体ですが、そこででも障害者全体の投票率は46.9%で、全体より低い結果でした。

ほかの自治体で調査を行えば、もっと開きがあるかもしれません。

今回お話を聞いた松本さんは、「投票環境が整備されていくことは、私たちのためだけではありません。今後、皆さんや皆さんの家族が体などが不自由になるかもしれません。そうしたときに制度が整っていれば、不自由なく投票ができます。そう考えてほしいです」と話していました。

この問題を多くの人が自分の事として考えて、誰もが大きな困難なく投票できる環境整備に向けて取り組みが進んでいくよう、今後も取材を進めていきたいと思います。

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