選挙が終わった翌日に届いた選挙公報 なぜ?

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NHKの「みんなの選挙」を担当している私(杉田デスク)のもとに先日、一通のメールが送られてきました。

視覚障害の方からでした。

4月の統一地方選挙の際、点字の選挙公報が、投票が終わった「翌日」に届いたというのです。

事情を調べていくと、障害のある人たちにどのように情報を伝えていけばいいのかという課題が浮かび上がってきました。

いつも頼りにしているのに

メールを送ってくれたのは、筑波大学附属視覚特別支援学校の教諭をしている宇野和博さん(53)。

NHKラジオ第2の番組「視覚障害ナビラジオ」で、10年以上コメンテーターを務めています。

宇野和博さん

宇野さんは「網膜色素変性症」という病気が進行し、今は光を感じる程度の視力です。

投票は欠かさず行っているという宇野さん、いつも頼りにしているのが点字で作られた選挙公報です。

選挙公報は候補者が提出したプロフィールや訴えをまとめたもので、各家庭に配られます。

文字を目で読むことのできない人たちのために点字版も作られているのです。

今年4月23日。統一地方選挙にあたり、宇野さんが暮らす東京の豊島区では区長選挙と区議会議員選挙の投票が行われました。

いつも届く点字版選挙公報が届かなかったため、宇野さんは当日、投票所に行って担当者に選挙公報を読み上げてもらえないかと依頼しました。

そこで知りたい情報を確認して、投票したということです。

「考える時間もほしいですから事前に知りたかったですよね」(宇野さん)

ところが翌日の月曜日、宇野さんの自宅に点字版の選挙公報が届きました。

投票に役立てるための情報が、投票が終わった後に届いたのです。

やむをえない事情が?

なぜ投票日までに届かなかったのか。まず考えられるのはスケジュールの厳しさです。

今回対象となった区長選挙や区議会議員選挙の選挙期間は7日間。この間に制作から配達までを終えなければいけません。

選管と宇野さんの話などを総合すると、経緯は以下のようになります。

《選挙が告示された4月16日 日曜日》
立候補の届け出が締め切られました。各候補者から選挙公報の原稿が提出され、抽選によって掲載する順番が決まりました。

夜、選挙管理委員会は制作業者に点字版の公報作りを発注しました。

通常の選挙公報ならここで印刷に回すことになりますが、点字版の場合は点字のデータに打ち直す必要があります。

2つの選挙で候補者はあわせて60人。原稿の分量はかなりにのぼります。

制作を受注できる業者は少なく、統一地方選挙ということで選挙が集中していました。

《19日 水曜日》
選挙管理委員会に完成した点字版が納品されました。

《20日 木曜日》
地元の視覚障害者団体が選管を訪れて点字版を受け取り、その日のうちに団体が把握する利用者に郵送しました。

《投票日翌日の24日》
宇野さんの自宅に点字版の選挙公報が届きました。

木曜日に発送すれば間に合うのでは?と思われるかもしれませんが、普通郵便などは2年前から土曜日の配達をやめており、これが影響したものとみられます。

その伝え方では伝わらない…

今回の状況は、それぞれが役割を果たしたように見えます。

それでは投票日前に届かなかったのはやむをえないことだったのでしょうか。宇野さんには腑に落ちないことがありました。

豊島区選管は宇野さんに「期日までに間に合わなかったのは申し訳なかった」と話すとともに次のように説明したということです。

「本人から申請があれば、選管から直接送ることもできますので、次回以降はそちらを活用することもご検討ください」

完成した点字版を郵便に出す作業は、区内の視覚障害者団体が無償で請け負っています。

選管には視覚障害者の名簿がなく、誰に送ったらいいのかわからないからです。

一方で本人の申請があれば直接送る仕組みも以前からあり、豊島区選管はホームページで案内していました。

しかし宇野さんはこれを知りませんでした。

宇野さんは選管に対し、「短い選挙期間なので、ダイレクトに有権者に送ったほうがいいはず。ホームページで案内して申請を待つという姿勢では情報弱者と言われる視覚障害者に伝えたい情報が伝わらないのではないか」と今後の改善を求めました。

実際、選管から直接送られていたのは、わずか3人でした。

取材を進めると、「もう一つの選挙公報」の話も明らかになりました。

豊島区選管では、視覚障害者への対応として、点字版に加えて音声で聞くことができるCD版の選挙公報も作っていました。

希望者には貸し出すことを、これもホームページで案内していましたが、希望した人はひとりもいませんでした。

ニーズがなかったからでしょうか?そうとは限らないと思います。

豊島区に住む視覚障害者は500人程度いるということです。

豊島区選管に取材する杉田デスク(右)

私は「CD版があることが視覚障害者に知られていないのではないか」と指摘しました。

そして「CDを借りたい人は区役所まで受け取りに行かなければならないことになっており、移動が不便な視覚障害者にとってはハードルが高い。今後は、音声版をインターネットに公開して、パソコンやスマートフォンで聞けるようにしたらどうか」と伝えました。

届いてこその情報

豊島区選管は今回の問題について、

これまでの対応ではニーズを必ずしも把握しきれていないことを認め、新たな対応をとることにしました。

その具体策として、点字版やCD版の選挙公報が利用できることなどの案内を福祉事業所などを通じて情報発信し、必要な人に確実に情報が伝わるようにしたいとしています。

豊島区選管 増子事務局長

今回点字版とCD版の選挙公報は80部ずつ作られ、あわせて90万円の費用がかかったということです。(当日と期日前の投票所、計46か所に1部ずつ用意)

自治体の中には点字版などの選挙公報を作っていないところもあり、豊島区選管の対応はその意味では配慮のあるものといえます。しかし、せっかく準備をしても、それを必要とする人のもとに投票日までに届かなかったり、そもそもその存在が知られていないようでは無駄になってしまいます。

障害者への情報伝達をめぐっては、災害対応の現場でも大きな課題となっており、行政がプッシュ型と呼ばれる積極的な情報発信を行う必要性が指摘されています。

私は障害当事者であると同時に情報の送り手でもあります。

情報は発信すれば終わりということではなく、届いてナンボ、届かなければ意味がないということを実感した取材でした。

杉田淳 報道局選挙プロジェクト デスク

緑内障による視覚障害があり、音声読み上げソフトを使ってパソコンでこの原稿を書いています。

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