投票の秘密は守られていますか?(寄せられたご意見より)

「点字が枠に入っていませんよ」

ある男性は投票用紙に記入を終えたと思ったら、ふと、係の人から呼びとめられました。

「え、投票先が見られてしまっていたの?」

その男性は後になって心配になりました。

“投票の秘密”を守ることは憲法で保障されているものの・・・

視覚に障害がある人の中には、そんな言葉をかけられたり、不安に感じたりしている人たちがいます。

(社会部 高橋歩唯 ネットワーク報道部 廣岡千宇 穐岡英治)

わたしの投票先、見られた?

参議院選挙の投票風景

ことし7月に行われた参議院選挙。

投票日の日曜、東京・町田市の投票所には、白杖(はくじょう)をついた男性の姿がありました。

「点字投票をしたいのですが」

全盲の川田隆一さんが受け付けでそう伝えると、係の人は快く点字での投票の道具を準備してくれたようでした。

点字器を使う川田さん

お礼を言ったあと、川田さんはいつものように点字用の投票用紙を受け取りました。

そして、選挙区の投票先を打ち込んだときでした。

「点字が枠に入っていませんよ」

近くから係の人の声が聞こえました。ふいに声をかけられて少しびっくりしました。

「だって私には枠が見えませんから」

そう返事をしてから、そのまま投票用紙を箱に入れ、会場をあとにしました。

「そういえばこれまで、あんなふうに言葉をかけられた経験はなかったな」

自宅に戻ったあと、投票所で起きた出来事をぼんやりと思い起こしていた川田さんの脳裏をある不安がよぎりました。

“投票用紙に書いたことが見られてしまっていたのかも…”

視覚に障害があって字を書くのが難しい場合には、点字で投票することができます。

点字器は自分で持ち込むか、投票所に備えられたものを使い、点字用の投票用紙に打ち込みます。

ただ総務省によると、川田さんのようにもし枠からはみ出してしまっても必ずしも無効になることはなく、町田市では枠からはみ出しても有効票として扱っているということです。

「記入済みの投票用紙を職員が確認したことは“投票の秘密”を侵害する行為ではないか」

視覚に障害のある人に同じような思いをしてほしくないと、川田さんは後日、町田市の選挙管理委員会に再発防止を申し入れました。

“わたしの投票の秘密って、本当に守られているの?”

視覚に障害のある人の中で、そんな不安を抱いているのは川田さんだけではありませんでした。

20代の頃、病気で両目の視力を失った内田邦子さんです。

これまで点字での投票を続けてきましたが、以前に訪れた期日前投票所での経験が今でも頭をよぎることがあります。

投票所には候補者の名前などが書かれた一覧表が掲示されています。

視覚に障害のある人たちはこれを見るのが難しいため、投票所ごとに点字で読める一覧表も準備されます。

点字の一覧表

しかし、そのときは、選挙が公示された直後だったためか、点字の候補者一覧がまだ届いていませんでした。内田さんはやむなく、係の人に候補者の名前を1人ずつ読み上げてもらうことにしました。

投票は無事にできたものの、後になって、周囲にいた人たちに投票した先を知られてしまったのかもしれないと、不安を募らせるようになりました。

内田邦子さんの話:
「候補者全員の名前を全部言われてもすべては覚えきれないので、投票したい人が読まれたところで“もう大丈夫です”と伝えて点字を打ち始めたんです。周りの人からみたら、誰に投票したかが分かってしまったかもしれないと、今でも気がかりなんです」

“公開投票”みたい

全国の障害者団体などでつくるNPO法人「日本障害者協議会」が、去年の衆議院選挙の際に配慮に欠けていると感じた経験を募ったところ、200を超える当事者などの声が寄せられました。

その中には“投票の秘密”に関わる悩みも多くありました。

「係の人に、字が書けるかどうかなど、後ろからのぞき込んで見られたり、確かめられたりして、不快な思いをしたことが何度もあります。障害者だけが権利主体として尊重されていないように感じられました」

「記入が難しければ投票先を口頭で伝えるよう言われましたが、選挙管理委員会や投票所のスタッフのなかに知人が何人もいて“公開投票”をしているみたいで困りました」

投票所では自治体の職員だけではなく、地域の人が係を担当している場合があります。障害のある人たちの団体によりますと、投票所に知り合いがいて不安になったという声は少なくないということです。

さらに、投票先を記入した用紙を係の人に持っていかれるのではないかという心配の声もありました。

「投票箱に投票するのは『自分の手でします』とはっきり言います。はじめのころは『入れますか』などと声をかけられたこともありました」

“投票の秘密”どう守る 統一したルールはない?

岩手県花巻市のホームページ

こうした声に向き合って、取り組みをしている自治体もあります。

岩手県花巻市など自治体によっては、障害のある人たちに向けて、ホームページで“投票の秘密”を守ることをはっきり示して安心して投票ができるように配慮しています。「読み上げ機能」を使うことで、視覚に障害のある人にも伝わります。

また、静岡市清水区では、点字を打っている間、係の人は目を伏せるようにと説明会のたびに周知しているということです。

ただ、いくつかの選挙管理委員会に話を聞いたところ、花巻市や静岡市清水区を含めて、視覚に障害がある人たちの“投票の秘密”をどのような方法で守るか、統一したルールや方法があると答えた自治体はありませんでした。現実には、投票所の担当者ごとの判断に委ねられている実情がありそうです。

視覚に障害がある人の“投票の秘密”をどのように守ろうとしているのか、総務省に確認しました。

総務省 選挙部管理課:
「視覚障害のある人への対応について通知などで具体的には伝えてはいないが、“投票の秘密保持”は公職選挙法にも書かれており、障害の有無にかかわらず守られなければならない。投票の秘密が侵されることがないよう、国政選挙が終わるごとに各地の選管からミスがあったかなどを聞き取って再発防止を促している」

親切心だったとしても…

冒頭に紹介した町田市のケースです。

市の選挙管理委員会によりますと、川田さんに声をかけた係の人は点字を読むことはできず、気遣いのつもりで声をかけたということです。ただ、記入済みの投票用紙を見てしまった対応は配慮に欠けていたとして、再発防止に努めるとしました。

一方、この出来事がニュースで報じられると、インターネット上では川田さんが選挙管理委員会に申し入れをしたことに対する否定的なコメントが見られました。

「点字を見たところで読めない」
「職員の善意だったろうに面倒だ」
「こういうことされると助ける気はなくなる」

こうした声に、川田さんは「悪意がなかったのだから多少のことは我慢するべきだ」とは思ってほしくないと話します。

川田隆一さんの話:
「たしかに係の人はとても親切に対応してくださって、悪意がなかったことはよく分かります。でも私が望むのは親切にしてもらうことではなく、健常者と同じように投票できることです。障害者が十分な環境を整えられたうえでルールに従って投票して、もし無効票になっても、ひとりの大人が自分の責任で投票をしているのですから健常者と同じく自分の責任だと思っています。
誰が点字を読めるかは私には分かりませんし、読めなかったとしても見られていることで不安になります。投票の際は見える人にしないことは見えない人にもしないでほしいということを伝えたいです」

町田市の選挙管理委員会は指摘を受けたあと、今後のルール作りに役立てるため川田さん本人と話し、「点字を打っている間は離れて待つ」「打ち終わって合図をしたら近づく」といった要望を聞き取ったということです。

町田市選挙管理委員会:
「川田さんの指摘を受け、はっとすることや学ぶべきことが多くあった。配慮のつもりが配慮になっていないということはよくあるのかもしれない。今後、投票所の職員に周知をするとともに、安心して投票できるようにマニュアルを充実させたい」

“投票の秘密” 重みの理解を

障害者の投票をめぐる問題に詳しい立命館大学の倉田玲教授(憲法学)は、障害の有無にかかわらず“投票の秘密”の重要性を社会が認識することが重要だと指摘します。

立命館大学 倉田玲教授の話:
「親切心だった、悪気はなかったということとは次元の違う話で、民主主義の根幹に関わる“投票の秘密”を守ることが障害者については徹底されていないということは重く受け止めるべきです。サポートをする側は、すべてマニュアル化せず柔軟性を残しておくことで不測の事態に対応したいという考えもあるかもしれませんが、“柔軟性”とは、言い方を変えれば“職員によって対応が不安定”ということでもあります。
選挙においては人によって対応が変わらないということが非常に大切で、窮屈に感じてもルールを守ることが権利を守ることにつながります。自治体は現場で困らないよう事前に基本的なルールを作ることが必要で、マニュアル化はその意味で重要だと思います」

憲法 第15条

「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない」

憲法15条には、こう定められています。

障害者団体などでつくるNPO法人「日本障害者協議会」では、誰にでも保障されているはずの“投票の秘密”をはじめ、障害のある人が感じたさまざまな困りごとを聞き取り、集まった声をもとに、国などに改善を求めることにしています。

日本障害者協議会 藤井克徳代表の話:
「どのような障害であっても、障害によって生じる壁や負担というのは、実はその人がおかれている環境ひとつで、重くもなり、軽くもなるものです。視覚に障害のある人が、ガイドヘルパーを伴って投票所に入ることができたり、電子投票ができたりする、それだけで投票することのハードルというのは小さなものになります。
障害のある人たちは、もっとこういう社会になってほしいとか、選挙を通じて世の中に訴えたいことも多くあるのに、投票をするのには多くの壁がある。そういう意味では、私たち障害者にとって選挙というものは、“もっとも近くてもっとも遠い存在“になってしまっているように思えます。国や自治体をはじめとして、障害のある人たちの思いや声に向き合いながら、誰もが当たり前に投票できる環境について考えてもらいたいと思います」

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