障害者の投票権めぐる裁判「自分の1票を投じたい」

「自分の持っている1票を投じたい」

障害などで投票したくてもできなかった人たちが、その思いを裁判で訴え、法律を変え、ようやく手にした権利がありました。

成年後見人がついた人にも選挙権を

認知症や知的障害などにより判断能力が十分でない人に代わって、親族や弁護士などが「後見人」として財産を管理する「成年後見制度」

9年前(2013年)まで、後見人がついた人は選挙権を失うことになっていました。

それが裁判所から憲法違反とする判決が出されたことで法律が変わり、投票できるようになりました。

裁判所へ向かう原告の女性

訴えたのは、ダウン症で知的障害のある女性です。身の回りのことも自分でできて、1人で仕事にも行っていましたが、お金の計算が苦手なため、将来、お金をだまし取られることがないようにと、父親と妹の2人が後見人となりました。

女性はそれまでは欠かさずに選挙に行っていたものの、後見人がついたことで、とたんに選挙権を失いました。

「障害者を守るはずの制度が、逆に権利を奪うのはおかしい」

東京地裁の判決(2013年3月14日)

2013年3月に東京地方裁判所で言い渡された判決では女性の訴えを認め、後見人がつくと一律に選挙権を失うこれまでの法律が、憲法に違反すると初めて指摘しました。

「選挙権は憲法で保障された国民の基本的な権利で、これを奪うのは極めて例外的な場合に限られる」

「財産を管理する能力が十分でなくても選挙権を行使できる人はたくさんいるはずで、一律に選挙権を制限するのは不当だ」

判決理由を読み上げた後、裁判長が女性に語りかけました。

「どうぞ選挙権を行使して社会に参加してください。堂々と胸を張って、いい人生を生きてください」

この判決を受けて、その年の5月に法律(公職選挙法)が改正されて、後見人がついている人も投票できるようになりました。

和解後の会見(2013年7月17日)

裁判は国が控訴したものの、7月に和解に。会見の席で女性は、自宅に届いたという選挙を知らせるはがきを笑顔で見せてくれました。

「うれしいです。当然、投票に行きます」

後見人の父親は、「妹とも『家族いっしょに選挙に行こうね』と約束し、それを合言葉に裁判を続けてきました。約束が果たせるのでうれしいです」と話していました。

ALS患者に代筆による郵便投票が認められる

難病の患者の訴えが、法律を変えたケースもあります。

原告の男性

2000年に、運動の神経がまひして体を動かせなくなる「ALS」という病気の患者3人が起こした裁判。

特別な装置などを使えば「誰に投票したいか」伝えることができるのに、投票所に行ったり自分で字を書いたりできないために投票する方法がないのは、憲法に違反すると主張しました。

それまでの法律(公職選挙法)では、体に重い障害がある人に限って自宅にいながら郵便で投票できる制度(郵便投票)を認めていましたが、みずから投票用紙に記入することを条件にしていました。

代わりの人に書いてもらう「代筆」は認められていなかったのです。

裁判で患者たちは「郵便投票で代筆を認めるべきだ」と求めましたが、国は「不正を防ぐために自分で書いたものでないと認められない」と反論しました。

2002年11月、東京地方裁判所で言い渡された判決で裁判長は、次のように指摘しました。

「投票の意思を示すことはできるのに、自分で書くことができないために選挙権を行使する機会を奪われている。患者の家を訪ねる方法も考えられるし、海外には同じような人たちが投票できる制度もある」

慰謝料などの訴えは退けましたが、患者が選挙権を行使できないのは“憲法違反の状態”だと判断しました。

改正公職選挙法が可決、成立(2003年7月18日)

これを受けて法律が変わりました。

判決の翌年(2003年)7月、「代筆による郵便投票」が認められることになったのです。

この時の改正で郵便投票の対象には、介護保険制度で介護が必要と認められた寝たきりの人たちも含まれることに。
当時、新たに25万人に投票の道が開かれました。

郵便投票 対象の拡大を求める声

自宅にいながら投票ができる郵便投票については、「体に重い障害がある人のほかにも、郵便投票の対象を広げてほしい」と訴える声は少なくありません。

2000年に、精神的な障害があって投票所に行くのが難しい男性が起こした裁判があります。

男性は精神発達の遅れと「不安神経症」のためにひきこもりの傾向があり、外出が難しかったといいます。

外に出て他人の姿を見ると体がかたまり、動くのが難しくなるなどの症状が表れるため、投票所に出向いて投票することがきわめて難しい状態でした。

しかし郵便投票が認められるのは「体に重い障害がある人」など一部に限られているため、男性は「精神障害がある人は対象になっていないのはおかしい」と主張。選挙権を保障した憲法に違反するとして、国に損害賠償を求めました。

最高裁判所の判決(2006年7月13日)

1審・2審ともに男性の訴えは退けられましたが、2006年の最高裁判決。

国に賠償を求める訴え自体は退けたものの、今後の投票制度のあり方について次のように指摘しました。

「選挙権は民主主義を支える権利なので、精神的な障害がある人が投票しやすい制度を検討すべきだ」

国会に対応するよう促しました。

しかし今もなお郵便投票ができる人は限られており、最近でも「障害の等級(レベル)に限らず、郵便投票を認めてほしい」といった訴えが起こされています。

郵便投票の制度はもともとは障害のある人からの求めを受けて、1950年に法律が改正されて認められたものです。

しかしその翌年(1951年)の選挙で、障害のある人になりすまして郵便投票を悪用した違反が相次ぎ、なかには当選が無効になったケースもありました。

これを受けて郵便投票の制度は一時的に廃止されたものの、制度を望む声が高まったため1974年に再びスタートしたといういきさつがあります。

また新型コロナウイルスの感染が広がり、2021年からは自宅や施設にいる患者の人たちにも、一定の条件のもと郵便での投票が認められています(特例郵便投票)。

「選挙を通じてもっと社会に関わりたい」
「参政権の行使は、生きることの意義につながる、きわめて大事なこと」

障害のある人たちが訴えてきたことばです。

投票のあり方について、みんなが関心をもって考えていくことが、みんなが暮らしやすい社会につながる一歩になるかもしれません。

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