『連載・経済とアメリカ大統領選挙』第3回・テック企業、模索する政治との“間合い”

新型コロナウイルスの感染拡大で世界的に経済が打撃を受ける中でも業績を伸ばしているのが、アメリカ西海岸の巨大IT企業、テック・ジャイアントだ。
アップルの故スティーブ・ジョブズ氏を引き合いに出すまでもなく、テック企業と言えばTシャツやポロシャツ、チノパンが“正装”とも言われる自由な気風で知られるが、時にその経営トップらがスーツに身を包み、耳目を集めることがある。

私の印象に残っているのは過去に2度。
浮かび上がるのは、政治との間合いをはかる彼らの姿だ。

目次

    “蜜月”の演出も

    最初は、去年11月。
    アップルの経営トップ、ティム・クックCEOが、南部テキサス州のパソコン工場でトランプ大統領を出迎えたときだ。

    当時は米中貿易交渉の真っただ中。アップルは中国で生産しているiPhoneが、関税引き上げの対象に含まれるかどうかの瀬戸際だった。
    関税引き上げの対象となれば、アメリカ国内での販売価格を引き上げざるをえなくなるのではないかと見られていた。

    クック氏は、トランプ大統領の地元ニューヨークのビジネススタイルに合わせるかのようにスーツにネクタイ姿だった。
    この場で両者は、アメリカでものづくりを続ける重要さを改めて強調し、蜜月を演出。その後、iPhoneが関税引き上げの対象になることはなかった。

    これとは対照的に、アマゾン・ドット・コムは、100億ドル(1兆円余り)規模とも言われるアメリカ国防総省のクラウド事業の受注をめぐって、当初優勢とみられていたにもかかわらず、マイクロソフトにひっくり返された(その後、アマゾンは決定を不服として提訴)。
    アマゾンのベゾスCEOが、大統領に批判的な有力紙ワシントン・ポストのオーナーだからではないかという指摘もあるが、今のところ真相はやぶの中だ。

    増していく風当たり

    そして2度目はことし7月、アメリカ議会下院で開かれた公聴会だ。

    グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの4社を対象にした反トラスト法(日本の独占禁止法)の調査の一環として開かれ、4人のCEOが呼び出された。
    オンラインの画面に登場した4人全員がスーツにネクタイで、議員たちから公正な競争を妨げているのではないかと詰問された。

    フェイスブックによる大量の個人情報の流出をきっかけに世論の反発が高まっていることもあり、アメリカの政治家は巨大IT企業に厳しく対処している。CEOたちがスーツを着るとき、それは、ホームを離れ、政治家との厳しいアウェーゲームに臨むときなのだと私には映る。

    現政権の下で、テック企業への風当たりは厳しさを増してきた。

    トランプ大統領は、ソーシャルメディアの運営会社が投稿を検閲していると主張。大統領選挙をめぐるトランプ氏の投稿(投票方法を批判する内容)に対し、ツイッターが、「誤解を招きかねない」として事実確認を促すラベルをつけたのがきっかけだ。
    5月に出した大統領令では、投稿内容に関して運営会社側が法的な責任を問われないことを規定する「通信品位法」の運用の見直しを求めた。
    また、トランプ政権からは、中国での事業をめぐって各社が中国政府に協力しすぎだという批判も飛び出している。

    政権交代なら?

    では、11月の大統領選挙で民主党への政権交代が起きたら、彼らにとって見通しは明るくなるだろうか。

    支援者との写真撮影に応じるバイデン氏(ことし2月 ネバダ州・ラスベガス)

    民主党のバイデン候補は、かつてオバマ前大統領とともにシリコンバレーとの蜜月を築いたとも言われる。
    しかし、ことし7月に発表した政策案では、5GやAIといった分野への投資で雇用の創出を掲げる一方で、IT業界では女性や有色人種の活躍が少ないとして、改善を求める方針だ。

    また、党内にはウォーレン上院議員を筆頭にテック企業の分割や解体を掲げる左派の勢力もあり、企業側は楽観できなさそうだ。

    “防波堤”には期待も

    カマラ・ハリス氏

    一方、民主党の副大統領候補にカマラ・ハリス氏が選ばれたことには、テック企業の関係者の間で歓迎ムードが広がっているようだ。
    ハリス氏はシリコンバレーを擁するカリフォルニア州を地盤とする上院議員で、ウォーレン氏のような分割・解体論を掲げてはいない。

    ハリス氏は2011年から6年間、カリフォルニア州の司法長官を務めた(司法長官は犯罪の取締りに責任を負うと同時に、州の住民を代表して企業などを提訴する権限を持つ)。この間、フェイスブックがメッセージアプリの「ワッツアップ」を買収するなど、各社は買収を繰り返して巨大化していったが、ハリス氏が問題視することはなかった。
    ハリス氏がホワイトハウス入りすれば、テック企業に不利な政策への防波堤になると期待されているゆえんだ。

    しかし、現実は必ずしもテック企業の思惑どおりに進むとは限らないようだ。

    ハル・シンガー氏

    市場の独占などの問題に詳しいエコノミスト、ハル・シンガー氏。
    テック企業のビジネスモデルが競争の妨げになっているというのは、もはや共和・民主といった党派を超えた政界の共通認識だとして、次のように指摘する。

    シンガー氏 「今、アメリカ司法省は、グーグルを反トラスト法違反で提訴する準備を進めています。仮に政権が交代してバイデン大統領が誕生したとしても、すでに提訴されていれば、その裁判を取り下げる可能性は低いと思います」
    「それに、副大統領が政策の決定にどこまで影響力があるか分かりませんし、規制の案をまとめるのは議会の委員会になるでしょう」

    巨大化したからこそ

    伸長する業績と裏腹に、風当たりも強まるテック企業。
    アップルの時価総額が2兆ドル(200兆円余り)に達するなど、アメリカのみならず世界経済の行方を左右するほどの規模に成長した各社だが、だからこそと言うべきか、次期政権との距離をどう取るか、難しいかじ取りを求められる局面が続きそうだ。

    菅谷 史緒

    ロサンゼルス支局記者

    菅谷 史緒

    2002年入局。
    岐阜放送局、ニューデリー支局、イスラマバード支局などを経て、2019年から現所属。