『連載・経済とアメリカ大統領選挙』第2回・“さびついた街”の片隅で聞いた本音

「あちこちに潰れた工場が残ってるよ」

ペンシルベニア州北部にある、エリー郡。この地で生まれ育ったという労働者の男性が、そう言って街を案内してくれた。
屋根が剥がれたままの工場をいくつも目にした。

アメリカの東部から中西部に広がる製造業の集積地帯「ラストベルト(Rust Belt)=さびついた地帯」は、前回選挙で大きな注目を集め、中間所得層からの転落を恐れる多くの白人労働者の怒りと不満を浮かび上がらせた。

あれから4年。有権者は今回どんな選択をするのか、本音を探った。

目次

    今回も選挙戦を左右

    ラストベルトの過去の選挙結果を並べると、両候補者が今回もこのエリアに力を注ぐ理由が見えてくる。

    ラストベルトを構成するのは、主に下記の5つの州。このうち3州は、民主党の候補が6、7連勝を続けてきた民主党の地盤だ。
    ここで前回、共和党のトランプ氏が次々に勝利をものにし、予想を覆す当選劇につながった。それでも得票差はいずれも1%を切る僅かなもの。この地で勝つかどうかが、全体の勝敗をも左右する可能性がある。

    4年がたって、トランプ大統領はこの地の製造業を復活させることができたのか。

    失業率は、政権発足以降、ラストベルトでも改善がみられた。しかも、ことしはじめの時点では半世紀ぶりの水準まで改善していたのだ。
    さらに、この地の空洞化を生んだとして“悪夢の貿易協定”(トランプ大統領)とまで呼んだNAFTA=北米自由貿易協定を公約通り見直し。歴代政権が手をつけなかった分野に切り込み、労働者保護の姿勢を強くアピールした。

    ところが、新型コロナウイルスの感染拡大により、失業率は一転、戦後最悪を記録した。

    有権者の本音を聞く

    景気や雇用が悪化すると現政権は不利になりやすい。ただ、経済活動の再開に伴って失業率は少しずつ改善している。

    両党の党大会が始まる前の8月上旬、ペンシルベニア州北部のエリー郡に足を運んだ。大手の鉄道車両工場がある労働者の街だ。
    有権者に話を聞こうと、スーパーマーケットの駐車場で20人ほどに声をかけた。誰に投票するかは言いたくないという反応もあれば、選挙に行かないと答えた若者もいた。アメリカ大統領選挙と言えば熱心な支持者のイメージもあるが、前回の投票率は55%と、意外と低いのだ。

    結局、「どちらの候補に入れますか?」という質問に答えてくれたのは7人。
    結果は、バイデン氏4人、トランプ氏3人だった。

    バイデン支持の理由は

    バイデン氏支持の理由で印象的だったのは、トランプ批判が多かったこと。バイデン氏の具体的な政策を挙げた人には出会わなかった。
    今回の選挙は、トランプ大統領の信任を問う選挙という側面が大きいのかもしれないと感じた。また、20代の女性の発言も気にかかった。

    小売店で働く男性 「トランプ氏の下では、国はより悪い方向に向かっています。バイデン氏はペンシルベニア出身なので仲間だと思っています」

    サンダース氏(民主党左派)の支持者 「私はサンダース氏を支持する民主社会主義者です。でも第三者の名前を投票してもカウントされないので、バイデン氏に投票するつもりです。トランプ氏よりはいいので」

    初老の男性(前回、トランプ氏にもヒラリー・クリントン氏にも投票せず) 「クリントン氏はうそつきだったけど、バイデン氏の姿勢には好感が持てます。アメリカも世界も大切にしている」

    20代女性 「副大統領候補のカマラ・ハリス氏の警察改革に対するスタンスが保守的で、必ずしも同意しません。バイデン氏は選挙運動で露出が少ないという問題を抱えています。残念ながら、またトランプ氏が勝ちそうな気がします」

    トランプ支持の理由は

    トランプ大統領に投票すると答えた人は、支持の理由に労働者への政策や銃所有への姿勢を挙げた。
    大統領に対するメディアからの批判は厳しいが、それでも強い支持を示す有権者がいるのが、都市部からは見えにくいアメリカの現実だ。

    鉄道車両工場で働く男性 「トランプ氏のクレージーなキャラクターではなく、労働者向けの政策が好きです。新型コロナウイルスへの対応も、民主党だったら何ができたのでしょうか?何もできていなかったでしょう」

    金型工場で働く男性 「トランプ氏は銃を所有する権利を守ってくれます。民主党は社会主義に傾いているから嫌いです」

    20代男性 「トランプ氏はキリスト教を大事にしているし、国をよくしてくれている」

    翻弄される労働者たち

    「製造業では、この先10年間で44万4800人の雇用が無くなる」

    投票日まで2か月あまりとなった9月1日、アメリカ労働省がこんな予測を発表した。
    ロボット技術の発展や国際競争の激化で製造業の雇用は大きく減少してしまうというもの。ラストベルトの労働者には厳しい内容だ。

    それを知ってか知らずか、バイデン氏は当選後の4年間で製造業を中心に500万人の新たな雇用をつくり出すと高らかに宣言。対するトランプ大統領は、中国から100万人分の雇用を取り戻すという過激な公約を打ち上げる。

    有権者はまもなく審判を下す。
    ただ、安定した仕事と生活が欲しい、中間所得層から転落したくない。労働者やその家族が持つそんな不安が解消する道筋はまだ見えない。
    この国の政治は、人々の叫びをどう受け止めるのだろうか。

    吉武 洋輔

    ワシントン支局記者

    吉武 洋輔

    2004年入局。
    名古屋局を経て経済部。
    金融や自動車業界などを担当。
    2019年夏からワシントン支局。