『連載・経済とアメリカ大統領選挙』第1回・株価急回復~ウォール街と大統領選挙~

秋の大統領選挙まで2か月を切った。
新型コロナウイルスへの対応、人種差別問題、中国との対立、広がる格差…大国アメリカがさまざまな課題に向き合う中、とりわけ影響が大きいのが「経済」だ。

景気や人々の暮らしの今、そして両陣営の経済政策。それらがどう投票行動に影響していくのか。日本経済とも密接に関係するアメリカ経済を、大統領選挙に絡めてさまざまな角度から見ていきたい。
初回は、世界の金融の中心「ウォール街」から見える大統領選挙だ。

目次

    「トランプ再選に備えよ」

    8月31日、大手金融グループ「JPモルガン・チェース」が作ったレポートが、ちょっとした話題になった。

    タイトルは、『トランプ大統領の再選可能性に備えよ』。

    8月は、野党・民主党、与党・共和党がそれぞれ党大会を開き、正副大統領候補が正式に決まった。
    アメリカ国内の報道では、民主党大会のTV視聴率が共和党のそれを上回ったそうだが、それぞれ4日間の開催。「よくもまぁ、これだけいろんな人がしゃべって」と思いながら見ていた。
    トドメのトランプ大統領の指名受諾演説は、1時間を優に超えたのだが…

    指名受諾演説で熱弁を振るうトランプ大統領(8月27日)

    党大会を経て、トランプ大統領の支持率がいくぶん上向いたのを受けて(業界では「コンベンション・バンプ(Convention Bump)」などと言われる)、前述のレポートにつながる。
    具体的な銘柄はもちろん無いが、「トランプ再選の可能性が高まっているのに備え、ポートフォリオ(投資戦略)を見直すべきだ」としている。

    なぜ再選可能性が高まったのか

    レポートには、こうある。

    「トランプ大統領に有利な勢いが、今後も続くのではないかと現時点では見ている」

    なぜか。
    党大会とちょうど同じ頃(8月23日)、中西部ウィスコンシン州で、黒人男性が警察官に銃で撃たれる事件が起きた。抗議のデモが起き、一部では破壊活動や放火などもあった。
    レポートでは、こうした暴力的な抗議活動が、共和党、つまりトランプ政権に有利に働くとしているのだ。世論調査でも最大10ポイントほど民主党から共和党にシフトする可能性があるという。世論への影響をまとめた大学の研究も引用しながら、「間違ったところに投資をしてはいないか」としている。

    コロナ暴落を“克服”し、株価は上昇中

    ことし1月、『大統領選挙の年は株価は上がる?』という記事をこの特設サイトに書いた。

    ちょうど8か月前になる。
    その時には思いもよらなかった新型コロナウイルスの感染拡大で、恐ろしいほどの株価暴落に直面したが、8か月たってどうだろう。

    ナスダック、それにS&P500は最高値を更新し、ダウ平均株価も暴落前の水準を取り戻した。「実体経済とかい離している」などという批判も気にもせず、株価は、急回復を続けている。
    株価の上昇は、中央銀行による「大規模な金融緩和」によるところが大きい。先日も、FRBのパウエル議長は、「少々インフレが起きても、雇用環境が改善するまでは今の緩和政策を続ける」といった発言をし、投資家の間にはさらに安心感が広がった。

    これまでウォール街では、「大統領選挙の日々の動きはあまり気にしていない」(金融関係者)というのが実情だったようだ。

    米議会上院の選挙に注目

    この4年間、ウォール街はトランプ政権を歓迎してきたと言っていい。アメリカ・ファースト的な政策は、株価にはプラスに働いてきた。

    これに対して、民主党政権(バイデン氏当選)ということになれば、基本的には「大きな政府」であり、企業や富裕層に対する「増税」が意識されるのは確かだ。
    バイデン候補が検討する「法人税率(再)引き上げ」(トランプ大統領は35%を21%に大減税した。それを27%程度まで戻すという)や、「企業が海外で上げた利益への課税」は、例えば自社株買いに大きな影響を及ぼす。資金を移動しづらくなるからだ。

    ある市場関係者は言う。
    「カマラ・ハリス氏の副大統領候補への起用が注目を浴びたが、ハリス氏は経済政策についてはこれと言ったものを打ち出していない。バイデン氏の考えを、“丸飲み”しているようだ。問題は、前回の選挙でも大きな影響を与えた党内左派、とりわけサンダース氏の『政策』をバイデン氏がどれほど取り込んでいるか。つまり、“左派とどこまで握っているか”だ」

    全国党大会の壇上に立つカマラ・ハリス氏(左)とバイデン氏(8月19日)

    一方で、こんな見方もある。
    「このコロナ禍で、当選早々から増税など打ち出せないはずだが、気になるのは、現在、共和党が多数を占める上院の構成がどうなるか。バイデン氏が大統領になり、同時に上院を民主党が取れば、“大きな政府”への現実味(増税)が一気に増し、株価にはネガティブだ」(別の市場関係者)

    今の「ねじれ」が、どう変化するかも注目だという。

    気になる中国の動きは

    先述したことし1月の記事で、「中国は大統領選挙が終わるまでは動かない」という専門家の見方を伝えたが、米中の対立は、トランプ大統領が「けんかをふっかける」形で先鋭化している。
    「でも、中国が表立って動いていない。中国が“辛抱”しているから、ニューヨークの株価はもっている」という分析も聞いた。

    今、アメリカは「嫌中」を好む人が多いという。
    世界の2大経済大国の本格的な衝突は避けてもらいたいが、対立そのものは民主党政権になってもあまり変わらないのではというのが金融市場の見立てのようだ。

    アメリカ経済への影響は、大統領選挙という大イベントの結果と、その後の中国の出方にかかっている。

    むしろ選挙後…

    冒頭のレポートに戻ると、一連の抗議活動が激しくなればなるほど、「法と秩序」と言うトランプ大統領(共和党)には追い風だという。ウォール街は、それを横目で見つつ、株高に興じている。選挙前にダウ平均株価の30000ドルさえも、見えてきそうだ。
    株価急落のリスクは、もちろん新型ウイルスの今後にもよるが、「(接戦や郵便投票に伴う混乱などで)11月3日に新大統領が決まらず、ずるずる行くことかも…」という指摘もある。

    ニューヨークに来て2年たった。選挙は、もうすぐそこだ。
    「メチャクチャやっているけど、トランプ氏は意外と強い」という、こちらに来た当初の筆者の印象は、まだ、あまり変わっていない。

    野口 修司

    アメリカ総局記者

    野口 修司

    1992年入局。
    政治部、経済部、ロンドン支局などをへて
    BS1『経済フロントライン』キャスター。
    2018年からニューヨーク駐在 主に経済を担当。