トランプ派?反トランプ派? メディアの立ち位置を決めるものは…

「型破りな大統領」として世界を騒がすトランプ大統領。
この人物をどう伝えるかを巡り、アメリカのメディアは大きく割れている。

「トランプ派か反トランプ派か」

新型コロナウイルスの流行下でさえ、主張の対立が目立つメディアの論調。
しかし、その裏には、メディアのしたたかな計算も見え隠れする。

目次

    トランプ「消毒液発言」にメディアは

    「消毒液はあっという間にウイルスに効くようだ。注射したりできないものだろうか」

    4月23日、新型コロナウイルスへの対応を伝える会見の場で、突然言い出したトランプ大統領。
    「根拠のない発言で国民を危険にさらす」と激しく非難するメディアがある一方、「文字どおり消毒液の注射を勧めたものではない」などとして、トランプ大統領を擁護し続けたメディアもある。

    トランプ大統領から「フェイクニュース」と罵られるメディアもあれば、「すばらしいチャンネルだ」と称賛され信頼を寄せられているメディアもある。
    アメリカメディアの分断は、いまや日常の風景となっている。

    アメリカメディア事情

    それぞれのメディアの立ち位置の違いはどこから来ているのか。

    アメリカでは3大ネットワークと呼ばれる民間テレビ局、CNNやFOXニュースなどのケーブルテレビ、それにニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどの大手新聞社が影響力を持ってきた。
    そこに、新興のネットメディアなどが登場し、激しい競争を繰り広げている。
    これらのメディアは、どのような人に視聴されたり読まれたりしているのか。

    ここに興味深い調査がある。
    2019年にアメリカのピュー・リサーチセンターが行った調査だ。
    アンケートを通じてアメリカ人およそ1万2000人をリベラルか保守かに分類し、それぞれどのメディアをよく見るかを表にまとめたのが以下の図だ。

    大手テレビ局や新聞は、最近では「伝統的なメディア」と呼ばれる。
    それらのほとんどは、「中道から左派・リベラル」寄りとされる人たちに好まれる傾向がある。

    一方、平均値より右側が、「中道から右派・保守」に好まれるメディア。
    有名なところではFOXニュース、さらに右側にブライトバートが位置している。
    こちらは比較的、新しいメディアが多い。

    伝統の“リベラル”と新興の“保守”

    新聞や地上波テレビがメディアの主流だった1980年代ごろまでは、メディアは特別な存在だった。
    テレビの放送を出したり、全国に紙面を配ったりするのは大企業でなければできなかった。
    そこで働く人たちも、比較的裕福な家庭で育った都市部のエリート層が多かった。
    そのため、伝える内容も彼らの思想傾向を反映し、リベラル寄りになっていったと指摘されている。

    これに風穴をあけたのが、ケーブルテレビやインターネットの台頭だ。
    メディアを立ち上げることが飛躍的に容易になると、次々に新しいメディアが誕生した。
    その一部は、伝統的なメディアに不満を持つ保守的な人々をターゲットにするという戦略で成長してきた。
    新興メディアどうしの厳しい競争の中で、伝統メディアがカバーしていなかった人たちを顧客として取り込むことに成功したものが多く生き残ることになった。
    新興メディアの右傾化はこうして起きたと言われている。

    メディアの対立が生んだ“トランプ大統領”

    メディアがリベラルと保守に分断される中で登場したのが、トランプ大統領だ。
    「メディアが生んだ大統領」とも呼ばれる。

    億万長者のビジネスマンであり、離婚や倒産などで常に注目を浴び、テレビ番組の司会者としても人気を博した。
    2016年の大統領選挙では、過激な行動や発言を繰り返し、自分を批判するメディアは攻撃し、支持するメディアには称賛をおくった。
    伝統メディアも新興メディアもこの人物を無視できなくなり、報道は過熱。
    ついには大統領の座にまで押し上げる結果となった。

    調査会社メディアクオントは、選挙期間中にトランプ大統領がメディアに取り上げられることでタダで得た宣伝効果は推計で50億ドル相当にも上り、民主党のクリントン氏の32億ドルをはるかに上回るとしている。

    トランプ派か反トランプ派か

    就任後の「トランプ劇場」とも言える状況は、メディアの分断をさらに深めている。
    いまや保守かリベラルかの色分けは、トランプ派か反トランプ派かの違いとなっている。

    トランプ派といわれるメディアの間では、「いかにトランプ大統領を支持しているか」のアピール合戦になっているかのような現象も起きている。

    長年、大統領との蜜月関係にあるとされてきたのは、FOXニュース。
    2016年の選挙で、トランプ大統領の支持者が最も視聴していたメディアだ。
    関係者が国務省の報道官に抜てきされることも続いている。
    しかし、去年8月、トランプ大統領はツイッターで「新しい報道機関を探し始めなければならない。FOXニュースは、もはやわれわれのために働いていない!」と発言。
    背景には、FOXニュースが番組に大統領選挙の民主党の候補者を出演させたことなどがあると考えられている。

    こうした状況の中で注目されているのが、2013年にできた新興のケーブルテレビのOAN(ワン・アメリカ・ニュース)。
    トランプ大統領の“新たなパートナー”として存在感を増しているのだ。
    トランプ大統領はこの1年でOANに関するツイッターの量を増やし、その内容を称賛。会見でもたびたびOANを指名し、質問させている。
    4月にもこうツイッターに投稿し、持ち上げた。
    「週末の午後にFOXニュースを見るのは完全に時間のむだだ。今は、OANのようなすばらしい選択肢がある」

    トランプ大統領は、自分に好ましい報道をするメディアを積極的に優遇することで、他の右派メディアがさらに自分寄りに変化することをねらっていると言われている。
    理由は明らかになっていないが、FOXニュースでは、トランプ大統領の政策を批判したキャスターや解説者の降板が相次いでいる。

    アメリカ東部ニュージャージー州のフェアリー・ディキンソン大学のカッシーノ准教授は、「保守系メディアが政権を批判できなくなり、最終的に、トランプ大統領の支持層がメディアから政権への批判を聞く機会すら失われてしまうのではないか」と懸念を示す。

    反トランプ派にも「おいしいネタ」

    一方、反トランプ派のメディアも「トランプ劇場」に振り回されているばかりではない。

    ニューヨーク・タイムズは、紙面の売れ行きが落ち込み、経営は危機的な状況だった。
    しかし、トランプ大統領との対決姿勢を鮮明にし、数々のスクープを打ち出す中で、ウェブ版の購読数はうなぎ登りに。
    ことし4月には、紙媒体を合わせた総購読者数は600万人の大台に達した。

    トランプ大統領は、支持しても対立しても、部数や視聴率、アクセス数が伸びる、メディアにとって「おいしいネタ」になっているのだ。

    深まるメディア不信、日本でも?

    アメリカメディアの両極化は、読者や視聴者の間で「何が真実なのか」という不信感を生むことにもつながっている。

    ギャラップの2019年の調査では、メディアを信頼すると答えた人は、わずか41%。
    最も高かった1976年と比べると、31ポイントも下がっている。
    特に、共和党支持者では15%と、深刻な状況に陥っている。

    メディア事情に詳しい上智大学の前嶋和弘教授は、アメリカでは左右の支持層それぞれの好みに合わせた情報の提供が行き過ぎ、「事実関係を冷静に中立的に伝える」という客観報道の原則を揺るがせていると話す。
    この傾向は、日本にもあるという。

    前嶋教授 「日本でも、ネットが普及する中で、新聞はぜいたく品になり、テレビの視聴者が減っている。そして、報道機関が特定の政治的な立場をとることも定着してきている。将来的にはさらに政治色の強い報道が台頭してくることもありうる」

    報道に最も求められてきたはずの「中立性」。
    しかしアメリカでは、今それが、蜃気楼(しんきろう)のように消えようとしている。
    メディアが多様化する中で、報道の役割とは何なのか。
    アメリカの現状は、私たちにも大きな問いを投げかけている。

    国際部記者
    藤井 美沙紀

    2009年入局。
    秋田局、金沢局、仙台局を経て
    2019年夏から国際部。