「昼」の主役
クオモ知事の記者会見は、毎日、昼前ごろに始まる。
今では、アメリカの主要ネットワークはこぞって全米に向けて中継する。
彼の記者会見は、さながら、大企業のトップのプレゼンのようだ。
連日、スクリーンを使って具体的なデータやポイントを説明する。
現状分析や見通しについてのコメントは、至って冷静。そしてコンパクト。
今月2日の会見では、不足している人工呼吸器についてこう訴えた。
「このままのペースで患者が増え続ければ、備蓄している人工呼吸器はあと6日で底をつく」。
正直で、分かりやすい。
「感染の急増に歯止めをかけられたとしても、その状態は夏まで続くかもしれない」。
日々、専門家らと十分な意見交換をしてから臨んでいるようで、準備された紙を読みっぱなしというわけでもない。
「自身のことば」が説得力を持つ。
こんなシーンもあった。
一回り年下のクオモ氏の弟は、CNNテレビの有名なニュースキャスターだ。
その弟が、新型コロナウイルスに感染したことを公表。
「弟は私にとって親友だ。自分は感染しないと思うのは間違いだ。ウイルスは分け隔てなく襲ってくる。だから皆さん、家にいてほしい」。(3月31日の会見)
「クオモを大統領に!」
一体どんな人物なのか。
アンドリュー・クオモ氏。62歳。
出身は、トランプ大統領と同じニューヨーク市のクイーンズ地区。
父親のマリオ・クオモ氏もニューヨーク州の知事を3期務めた。
地元の大学を卒業し、ロースクールで学んだあと、父親のもとで政治のイロハを学んだ。
そして10年前の州知事選挙で初当選を果たした。
民主党の著名政治家だ。
大統領選挙への立候補が取り沙汰されたこともある。
今は3期目。「任期の途中」ということで、こうしたうわさを否定したこともある。
そして、今。
新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化する中、彼への支持は急上昇している。
地元のシエナ大学が3月下旬に発表した調査では、支持率は71%。
ニューヨーク州で、新型コロナの感染が拡大する前のことし2月時点の44%から、30ポイント近く跳ね上がった。
新型コロナウイルスへの対応を「支持する」が87%と圧倒的。
共和党の支持者でも、70%が支持しているという。
インターネット上には「クオモを大統領に」という書き込みも。
「彼の会見を見て、日々、安心する」という人たちの偽らざる気持ちだろう。
「夕方」の主役は「チアリーダー」
「もう1人の主役」の舞台は、夕方だ。
トランプ大統領は、ホワイトハウスの記者会見場に、専門家や閣僚を従えて現れる。
時に、2時間を超えることもある、この“独演会”。
少し狭いこの記者会見場は、「3密」な感じがしないではないのだが、トランプ大統領は、「コロナ危機」が到来するまで、この会見場を使うことはほとんどなかった。
会見では、「中国からの入国を早い段階で禁止したことが感染拡大を最小限に抑えた」など、少々、自画自賛な発言も多い。
さすがに今月に入って、危機感も表すようになってきたが…
「近く経済活動を再開させる」
「長いトンネルの向こう側に光が見え始めてきている」
専ら、アメリカ国民を鼓舞しようというふうにも見えてくる。
そして、みずからを「国の“チアリーダー”だ」と呼ぶ。
「楽観的すぎるのでは?」と会見で突っ込まれることもあるが、これが彼のスタイルのようだ。
“劇場型”会見の賛否
会見を見ていると、「以前もよく見ていたような」気分になる。
そう、トランプラリー(支持者を集めた大規模な集会)だ。
本番は、ことし11月の大統領選挙だが、最近では、新型コロナウイルスの影響で、こうした集会は開けないでいる。
当然と言えば当然かもしれないが、大統領の立場を“利用”して、「支持者向けのアピールの場」にしているという批判も出ている。
あまりに露骨だと、トランプ大統領に反対する人たちからは、主要メディアに対して「会見を中継するな」という要望が集まるほどだ。
しかし、トランプ支持者たちはこの中継を日々、心待ちにしているだろうし、それが分かっているからこそ、大統領の発言には力が入るし、「リーダーシップ」も発揮したい。
先月末には、大手自動車メーカーのGM、ゼネラル・モーターズに、不足している人工呼吸器を「作れと命令した」と発表。
この「命令」。
根拠となったのは、「国防生産法」という何とも古めかしいような名前の法律。
調べてみると、朝鮮戦争のときに作られた大統領権限で民間企業に協力を求めることができる法律だ。
70年前の法律を「引っ張り出して」きたのだ。
これを聞いた支持者の1人は「これぞリーダーシップだ」と高く評価していた。
こうした“劇場型”会見が功を奏してか、トランプ大統領の支持率は上昇した。
政治情報サイト「リアル・クリア・ポリティクス」によると、3月31日の支持率の平均値は47.4%。
就任以降、最高を記録した。
「2人のリーダー」その違いは
2人のリーダーの違いを、専門家はこう分析する。
「トランプ大統領は、みずからを“チアリーダー”として演出している。新しい薬や機器についてたびたび言及し、希望や楽観を国民に抱かせようとしている。そして危機をなるべく小さく見せようとする。かたやクオモ知事は現実主義的だ。呼吸器やベッドが足りないなどと具体的な問題に焦点をあてている」(ブルッキングス研究所 ウィリアム・ガルストン上級研究員)
トランプ氏の「政敵」はどこに…
さて、秋の大統領選挙。
今は事実上の休戦状態だが、トランプ大統領に挑戦するのは、クオモ知事、ではない。
8日、サンダース上院議員が指名争いからの撤退を表明し、民主党はバイデン前副大統領が指名されることが確実になっている。
しかし、バイデン前副大統領は、このコロナ危機の中で、なかなか存在感を示せないでいる。
一体なぜか。
「バイデン氏は実は難しい立場にある。トランプ大統領を批判するようなコメントを時折しているが、それほど強い批判ではない。なぜならば、あまり表立ってトランプ大統領の対応を批判すると、コロナ危機を政治利用しているような印象を有権者に与えてしまうからだ。この微妙なバランスをとることに気をつけ、この危機が早く過ぎ去り、本格的な選挙戦を再開できるときを待つのが得策だ」(アメリカン・エンタープライズ研究所 アダム・ホワイト研究員)
大統領“再選”の確率は…
今のところ、11月3日の大統領選挙は、予定どおり行われる。
先ほどトランプ大統領の支持率が上がったと言ったが、それほど驚くものではない。
アメリカでは、“危機”時には大統領の支持率が上がるのは珍しくないからだ。
2001年、同時多発テロが起きた直後、当時のブッシュ大統領の支持率は、直前の2倍近い90%まで上昇した。
トランプ大統領が描く「再選のシナリオ」、その前提は、まず、夏ごろまでに事態が沈静化することだ。
そして、経済をV字回復させ、「危機から国を救った指導者だ」と国民にアピールする。
逆に、事態が長期化し経済の低迷が続けば、再選は厳しくなるだろう。
景気の失速は、現職大統領には命取りと言っていい。
「感染防止に失敗した大統領」とのらく印も押される。
指導者は、結果が問われる。
ただ、これまでにない事態を迎えて、アメリカ国民の考える「リーダー像」にも変化が出てくるのではないか。
トランプ大統領が、クオモ知事の会見から何かを学び、また、バイデン氏も、じっと伏せながら、今、主役の2人の政治姿勢から、何かを感じるだろうか。
もちろん、クオモ氏だって、感染拡大の結果しだいでは、矛先はみずからに向かう。
今月11日、クオモ知事は現在の状況をこう語った。
「これは終わりではない。終わりの始まりですらない。しかし、おそらく、始まりの終わりだろう」。
第2次世界大戦中にイギリスのチャーチル元首相が語ったことばを引用したものだ。
新たな感染者数は落ち着いてきているが、楽観的な見通しにくぎをさした。
“非常事態”のさなかにあるアメリカ。
そのリーダーたちの今後はどうなるのか。
“見えない敵”新型コロナウイルスへの対応にかかっているかもしれない。