新型コロナウイルスと大統領選挙

新型コロナウイルスはアメリカ経済、そして社会に深刻な影響を及ぼしている。
それは、アメリカの将来を占う11月の大統領選挙の行方も左右しようとしている。

目次

    急転換

    「4月になって暖かくなれば、ウイルスは死滅してなくなる」

    2月、楽観的な見方を繰り返し示してきたトランプ大統領。 3月に入って、国内での感染者数が増加すると立場を一転させる。

    「初めからパンデミック(大流行)だと知っていた」

    こう話し、全米に非常事態を宣言し、感染拡大を食い止めようと対策を次々と打ち出している。
    朝令暮改とも言える急転換の背景には、予想を超える危機もさることながら、みずからの再選への影響を懸念している様子も見え隠れする。

    カトリーナの再来か

    ミズーリ大学 マックス・スキッドモア教授

    アメリカ政治と危機管理を研究するミズーリ大学のマックス・スキッドモア教授は次のように指摘する。

    「アメリカでは伝統的に、戦争のときは党派を超えて大統領を支持する傾向にある。一方で、明確な敵が見えにくい国内の危機では、大統領に反対しても『愛国的でない』と見られる心配が少ない。このため大統領の失敗への批判は集まりやすいが、成果はすぐに忘れられてしまう」

    オバマ前大統領は、2009年の世界的な新型インフルエンザの流行に早期に非常事態を宣言し、感染拡大を食い止めたと専門家から評価されたが、支持率にはほとんど反映されなかった。
    一方で、その前のブッシュ元大統領は2001年の同時多発テロ直後、80%を超えていた支持率は、2005年のハリケーン・カトリーナの災害で初動の遅さを批判されたことで急落を招いた。

    今回の新型コロナウイルスは、トランプ大統領にとっての「カトリーナ」になるのか。
    首都ワシントンでは、その対応次第で求心力を失う可能性もささやかれ始めている。

    再選への3つの柱

    トランプ大統領の再選に向けたアピールの柱は、大きく次の3つに分けられる。

    ①好調なアメリカ経済
    ②旧来の政治批判
    ③“社会主義者”民主党批判

    その柱が今、大きく揺らぎ始めている。

    ①築城三年、落城一日

    就任以来、右肩上がりの株価を最大の実績として強調してきたトランプ大統領。

    ところが、ニューヨーク株式市場の株価は、ことし2月12日に最高値を記録して以来、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で連日下落を続け、1987年の株価大暴落「ブラックマンデー」以来の値下がりを記録。
    1か月余りで、2017年1月のトランプ大統領就任以前の水準に戻ってしまった。
    「トランプ相場」とも呼ばれたこの3年の上昇分が一気に吹き飛んだ計算だ。

    「築城三年、落城一日」

    株価がある程度戻したとしても、トランプ大統領としては大きな誤算であることに違いない。

    アメリカ大統領選挙では、現職の大統領が有利とされているが、この100年、不況下で再選を遂げた大統領はいない。
    また、現職大統領の再選がかかった選挙では、その年の第2四半期(4月-6月)の経済成長率/下落率が結果を左右するという研究もある。

    アメリカ経済の景気後退局面入りが避けられないという見方も出るなか、新型コロナウイルスの感染拡大による経済への影響は、選挙に大きく影響する。

    ②旧弊一掃の結末

    トランプ大統領の選挙戦のスローガン“drain the swamp(よどみをかき出せ)”。
    首都ワシントンの既成勢力を政治腐敗の元凶と位置づけ、経験の無い自分こそこれを一掃できると訴えて、地方の人々の支持を集めた。
    トランプ大統領は今もこれを集会で訴え続けている。

    ところが今回、これが思わぬ批判を巻き起こしている。
    実はトランプ大統領は政府内外の「既成勢力」を削減するなかで、CDC=疾病対策センターの予算を削減し、オバマ前政権時代に設立されたNSC=国家安全保障会議の感染症予防の専門チームを解体していた。
    これが今回、大きく報じられ、トランプ大統領は専門家の意見を聞かず初動が遅れたとも指摘された。
    しかし感染の拡大で、トランプ大統領は従来からの政府システムの知見に全面的に頼らざるをえない状況だ。

    CDC=疾病対策センターを訪問したトランプ大統領(今月7日)

    この皮肉な結果は、メディアや野党からの格好の批判対象になっている。

    ③「社会主義者」は?

    トランプ大統領が野党・民主党を非難する際によく使うのが「社会主義者」、「共産主義者」ということばだ。

    米ソ冷戦時代を知る「ベビーブーマー」や当時のソ連が「悪の帝国」だと教わってきた「X世代」を意識し、この記憶を思い起こさせるレッテルを貼って民主党への忌避感を植え付ける戦略だ。

    サンダース上院議員(左)、バイデン前副大統領(右)

    格好の標的が「社会民主主義者」を自称する左派のサンダース上院議員だった。
    極端な格差の拡大や大資本を利する政治を変革すると訴えて、若者から熱狂的な支持を集めた。
    ところがそのサンダース氏が3月3日の「スーパー・チューズデー」を機に失速。

    代わりに台頭したのが、中道派の力を結集したバイデン前副大統領だ。
    バイデン氏は、銃問題や人工妊娠中絶といった社会を二分するような政策では常にリベラルな立場を取りつつ、国民皆保険といった政策では慎重な立場を取る。
    トランプ大統領としてはサンダース氏より戦いにくい相手かもしれず、再選に向けた懸念材料となっている。

    反転攻勢

    3本の柱がぐらつくなか、トランプ大統領は反転攻勢に出ている。

    みずから連日、記者会見を開き、「戦時の大統領」を自称して、指導力をアピール。
    その模様は土日も含めてテレビで全米に生中継されている。

    これに対し、大統領選挙で戦う野党・民主党の候補はニュースの中心が選挙から新型コロナウイルスへと移り、露出度が大きく減っている。
    指名獲得に大きく近づくバイデン氏は、挽回をねらって積極的にテレビに出演しているが、露出度では、現職の大統領にはかなわない。

    “異端”で乗り切れるのか

    3年前の2017年。
    トランプ大統領はハリケーン・マリアがアメリカの自治領、プエルトリコを直撃した際、対応の遅れを指摘され、批判を浴びた。
    しかし、この時の支持率には大きな変化はなかった。

    前述のスキッドモア教授はこの点に注目し、トランプ氏の支持基盤の特殊性を指摘する。

    「ハリケーン・マリアへのトランプ大統領の対応は、ブッシュ大統領のカトリーナへの対応よりも客観的に見て大きな失敗だった。しかし、トランプ氏はその余波に全く苦しんでいない。大きな理由は、トランプ大統領がすべての政策を『完璧に』行っているという主張を支持層に拡散させる巨大な『プロパガンダ装置』を作り上げたことにある」

    さらにこう続ける。

    「新型コロナウイルスによる危機はトランプ大統領の選挙戦略を一変させるだろうが、トランプ氏は感染拡大防止の取り組みをみずからの成果として訴え、うまくいかないことは敵のせいだと断言するだろう」

    果たしてそれが通じるのか。
    新型コロナウイルスショックの行方が、トランプ大統領の再選に大きく影響することは間違いない。

    ウイルスで変わる選挙

    「握手の数だけ票になる」

    日本で取材を担当した政治家が、口癖のように語っていたことばだ。
    新型コロナウイルスは、この伝統的な選挙の在り方を変えるかもしれない。

    感染の原因となる接触を避けるため「握手」や「車座集会」といった手法はできない。
    代わりにソーシャルメディアでのやり取り、デジタルメディアの政治広告がこれまで以上に増えていくだろう。

    選挙もまた、時代の様相に合わせて変化する。
    世界的な新型コロナウイルスの大流行が、その形をどう変えるのか。
    11月のアメリカ大統領選挙は壮大な先駆けになるかもしれない。

    栗原 岳史

    ワシントン支局記者

    栗原 岳史

    2005年入局。
    岡山放送局、政治部などを経て、2018年からワシントン支局。
    ホワイトハウス、大統領選挙を担当。