トランプ相場崩壊 失業率20%? ~見直し迫られる再選戦略~

「私が当選した日から、ダウ平均株価は70%上がった」

2月4日。
トランプ大統領は、1年の施政方針を示す一般教書演説でこう発言し、“株高”が自身の経済政策の実績だと胸を張っていた。

確かに、大統領選挙で勝利が決まった2016年11月8日には、1万8300ドル台にすぎなかったダウ平均株価は、3年余りで驚異的な上昇をみせ、史上初の“3万ドル”すら射程圏内に入っていた。

ところが、その演説から1か月半余り。株価は、一時、その1万8300ドル台をも割り込み、トランプ大統領の実績を吹き飛ばした。理由は、新型コロナウイルスだ。アメリカの感染者は3万人を超えた。

“死角なし”とさえ言われてきたトランプ経済は、初めての危機に直面している。

(ワシントン支局・吉武洋輔)

目次

    当初は強気

    NYダウ平均株価の推移

    トランプ大統領にとって、当初、新型コロナウイルスは「遠く離れたアジアで起きている現象」にすぎなかったのではないだろうか。

    2月12日。
    中国や日本で感染が猛威を振るっていたころ、アメリカではダウ平均株価が2万9500ドル台の史上最高値まで上昇していた。

    クルーズ船の「ダイヤモンド・プリンセス」にアメリカ人が多数乗っているというニュースが流れるくらいで、メディアの主役は、秋の大統領選挙に向けた民主党の候補者選びだった。

    2月24日。事態悪化の号砲を鳴らしたのは株式市場だった。
    ダウ平均株価が突然、1000ドルを超える記録的な値下がりとなった。

    理由はイタリアでの感染拡大。イタリアでは、初めての感染確認からたった4日間で、感染者が一気に200人以上に増えた。感染の異常な広がりとそのスピードに、投資家は「アメリカでも広がる」と震え上がった。

    それでもトランプ大統領は、「アメリカではウイルスはしっかりとコントロールされている」と繰り返し、問題はないと国民に訴えかけていた。

    私はこのころ、なぜアメリカは中国や日本のようにウイルスの拡散を制限するような措置をとらないのか、と思っていた。

    CDC ナンシー・メソニエ局長

    それは、アメリカCDC=疾病対策センターのメソニエ局長が「いまや、アメリカで感染が広がるかどうかではなく、いつ、広がるかという問題になりつつある」と述べていたからだ。

    おそらくトランプ大統領は、短期とは言え、経済活動を制限して景気が悪化すれば、自身の支持率にはマイナスになる、と考えていたと思われる。

    ところが、そこからの3週間。トランプ大統領の見立てを裏切り続けるように、株式市場では“パニック売り”が続いた。

    FRB=連邦準備制度理事会は異例の緊急の金融緩和を連発。政府も大型の財政出動を発表。しかし、こうした伝家の宝刀も、ほとんど効き目のない歴史的な暴落だった。自動的に売買を停止する「サーキットブレーカー」も何度も発動された。投資家は、大統領の呼びかけを聞き流すかのように、ただただ警戒を強めた。

    大統領に見えた変化

    3月11日。トランプ大統領はついに“変化”した。突然、イギリスを除くヨーロッパからの渡航の停止を発表したのだ。

    そして3月13日。国家非常事態を宣言。
    あのトランプ大統領が、大きな制限に踏み出したのだ。これを機に、アメリカの国民はさまざまな活動を止めた。

    ニューヨークのブロードウェイはすべての劇場が休館。メジャーリーグなどスポーツイベントも次々に延期。レストランが営業をやめ、学校の臨時休校も広がった。多くの人が出勤をやめ、人とモノの移動がストップした。

    ニューヨークでは映画館も休館に

    3月18日。
    株価はついに2万ドルを割り込んだ。前日、トランプ大統領は「影響は7月か8月まで長引く」「おそらく景気後退に入る」と、ネガティブな発言を連発。株価を上げようとするいつもの過激な言及はなく、妙に落ち着きを見せるようになっていた。

    気持ち悪さを感じながら、この日の会見を聞いていたところ、トランプ大統領は、朝鮮戦争当時の1950年に成立した国防生産法を発動させると発表。大統領権限で企業に医療物資の増産を求める、とした。そしてこう述べた。

    「私は戦時下の大統領だ。この戦いに勝たなければいけない」

    トランプ大統領にとっての最大の目標は11月の大統領選挙での再選だ。
    ウイルスを封じ込め、秋までに景気をV字回復させれば“危機を乗り越えた大統領”になれる。そう、再選戦略を組み直したと感じた。

    目下、2兆ドル、日本円で(220兆円)とも言われる大型の経済対策を計画中。国民ひとりに1000ドル=10万円余りの現金を直接給付する選挙対策も用意する。

    ブッシュ大統領

    戦時大統領をアピールし、再選を果たした大統領がいる。同時多発テロ事件が起きた2001年の「9.11」。当時のブッシュ大統領は、テロとの戦いを訴え、危機に立ち向かう姿勢を前面に出すことで支持率を回復。そのまま、再選した。

    大量の失業者 再選に暗雲

    アメリカではすでに、医療設備の不足への国民の不安が高まっている。

    そして、トランプ大統領のウイルスに対する初期の過小評価が対応の遅れにつながったという批判も強まる。感染者が増加の一途をたどる中、トランプ大統領が描く再選戦略がうまくいくかは、未知数だ。

    そして、今後、ポイントになるのは雇用だ。

    3月19日。アメリカ労働省が発表した全米の週間の新規失業者保険申請は28万件と、前の週より7万件も急増した。飲食業界を中心に人員削減が広がり始めたのだ。さらに自動車メーカーの工場の休止の発表が続き、サービス業から製造業まで雇用不安が襲っている。

    ニューヨーク タイムズスクエア

    トランプ大統領が株高と並んで自慢し続けてきたのが、好調な雇用環境だ。失業率は3%台半ばという半世紀ぶりの低い水準を長らく続けている。

    しかし、株価下落の“底なし”が示すように、JPモルガン・チェースは4月から6月のアメリカのGDPの成長率がマイナス14%と、記録的な落ち込みになると予想。

    ムニューシン財務長官

    ムニューシン財務長官も「アメリカの中小企業が半分の従業員を解雇すれば、失業率は20%に達する」と述べ、議会に大規模な財政出動を認めるよう求めた。

    有力紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」は、18日の社説で、「1000ドルの現金支給は国民ウケするが、経済は救えない」と掲載し、すでにトランプ大統領の再選戦略を批判する。

    大統領が直面する初めての経済危機。思惑どおりに乗り越えられるのか。世界の視線が集まっている。

    ワシントン支局記者

    吉武 洋輔

    2004年入局。
    名古屋局を経て経済部。
    金融や自動車業界などを担当。
    2019年夏からワシントン支局。