“爆買い”の理由は
今月14日、新型コロナウイルスをめぐりアメリカで国家非常事態宣言が出された翌日。
カリフォルニア州ロサンゼルス郊外に、多くの人が訪れる店があった。
何を“爆買い”しているのか…。
それは、銃だった。
店が販売しているのは銃や銃弾。
この店のオーナー、デービット・ルーさん。
アメリカ国内で、新型コロナウイルスの感染が拡大してから、客の数が急激に増えているという。
以前は月に20丁ほど売れていたが、今は1日で50丁売れる日もあるという。
店は、アジア系の住民が多く住む地域にあるため、もともと客の8割ほどがアジア系だが、最近は、ふだん店を訪れない日系人の客もいるそうだ。
新型コロナウイルスの感染が拡大すると、なぜ、人々は銃を買い求めるのか?
ルーさんは、理由の1つに、物資が不足すると暴動が起きるおそれがあるとして、万が一の事態に備えていることを挙げた。
そして、もう1つ。
「アジア系の人がウイルスをアメリカに運んでいると流布されて、いろいろな場所で攻撃されているのをメディアを通じて見ているからだろう。初めて銃を買いに来る人が多い」。
新型コロナウイルスの発生源が中国とされたことから、中国系をはじめとしたアジア系全体に差別が広がり、それが「銃の購入」につながっているというのだ。
開店前から店の前で待っていた若い中国系の男性に話を聞いてみた。
「自分では実際に被害に遭ったことはないが、各地でアジア人が攻撃されるのを見て生まれて初めて銃を買いに来た」。
広がるアジア系住民への差別
では、どれだけのアジア系住民が、実際に差別の被害を受けているのだろうか。
アジア系の住民への差別は、全米各地で相次いで報道され、深刻な問題になりつつある。
ニューヨークでは今月10日、59歳のアジア系の男性が若い男に蹴り倒され、「中国人のウイルスめ」ということばを浴びせられた。
また、23歳の韓国系の女性が別の女から「マスクはどこ?コロナに感染しているんでしょう?」と言われ殴られる被害もあった。
さらに、カリフォルニア州では、13歳の男子生徒が、学校で水を飲んだ際、むせてせきをしただけで教師から保健室に行かされ、その後も教室の隅に座らされたと教育省に訴えた。
自分自身も、立ち寄った首都ワシントンのバ-で、カウンターに並んだ客のうち1人だけ手を消毒するように言われたり、別の店では、国籍を聞かれ日本人と答えると「新型コロナウイルスでたくさんの人が死んでいる」などと言われたりした。
自分自身が敏感になっているのかもしれないが、不快に思うことも少なくない。
「アジア系差別」の構造は
なぜ、アジア系住民に対する差別はここまで広がってしまったのか。
心理学が専門のメリーランド大学ボルティモアカウンティ校のカリッサ・チェア教授に話を聞いた。
チェア教授自身、中国系アメリカ人だ。
そのチェア教授は、差別は通常アジア人だけではなく、他の人種の人たちに対してもあると指摘する。そのうえで…。
「これは単に新型コロナウイルスの問題ではない。アメリカでのアジア系住民に対する差別は、今に始まったことではない。根の深い問題だ。アジア系の人たちは、ふだん、社会のお手本としてみられている。しかし、歴史的には食事や文化が変わっているなどとして偏見を持たれていた。なので、状況が悪くなると、『社会に脅威を与える人々』と考えられてしまうこともある。新型コロナウイルスの感染拡大は、こうした古い考え方を再燃させてしまった」。
チェア教授のもとには、差別を心配する日系人のグループなどからも相談が届いているという。
「中国ウイルス」はなぜいけない?
チェア教授が最近、憂慮している問題がある。
それは、アメリカと中国が新型コロナウイルスの発生源は相手国だと批判し合っていることだ。
3月12日、中国外務省・趙立堅報道官が、「感染症はアメリカ軍が中国に持ち込んだものかもしれない」とツイッターに投稿。
これに対して、3月16日。
トランプ大統領は、ツイッターで、新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼んだ。
その理由を「中国から来たウイルスだからだ。何の問題もない」と説明している。
この対立のはざまで苦しんでいるのが、アメリカで暮らすアジア系の人たちだという。
チェア教授
「大人だけでなく、子どもも影響を受けている。アジア系の子どもが、学校の先生に『中国ウイルス』と言われたり、いじめを受けたりしている。ストレスで眠れなくなった子どももいて、親もどうしたらいいか分からずにいる」。
「トランプ大統領がしているのは、病気をウイルスとではなく、特定の民族や人種と結び付けること。中国をはじめとしたアジア系の人たち、アジア系に見える人たちへの差別が増加するおそれがある。差別をする人たちは、フィリピン人か、日本人かは気にしていない。なので、日本人や日系人にも関わる」。
記者 ヨーロッパの感染者も多いが、それでもアジア系住民への差別は減らない?
チェア教授 「残念ながら減ることはない。イタリアでの感染拡大の報道が増えても、イタリア系住民が差別を受けることはないだろう。人種差別というのは、その国の社会で、どのくらい力を持っているかに関わる。欧米では、アジア系の人たちは力を持っていない」。
記者 私たちはどうこの状況に対処するべきなのか。
チェア教授 「いろいろな人たちが『差別は受け入れられない』と声を上げることが必要。また、特に子どもに対しては、差別を受けたときどう対処すればいいか伝えることも大事。そして、差別で受けたストレスにどう対処するかも教える必要がある」。
そして、チェア教授は最後に、こう指摘した。
「状況が変われば、すべてのマイノリティが同じ状況に立たされる可能性がある。そうした人たちの被害を無くすためにも、今回の差別の問題には注意していかなければならない。特定のグループへの安易な恐れや嫌悪が、アメリカ社会の分断をさらに進める可能性がある」。
アメリカたるゆえん
多民族社会アメリカ。
差別をあおる者もいれば、それにあらがう動きもある。
ニューヨークのデブラシオ市長は、アジア系住民を狙った事件が相次いだことを受けて、11日、ツイッターに「ニューヨークでは差別は違法だ。私たちはアジア系住民の味方だ」と投稿した。
マイノリティが苦しい状況に置かれたとき、それを理解し、ともに立ち上がろうと声を上げる動きも、常にある。
アメリカがアメリカたるゆえんなのだろうと思う。
自分たちを含め、アジア人への差別をどう無くしていくか、新型コロナウイルスが呼び起こした根深い問題の行く末を注目していきたい。