2023年3月29日
カンボジア ベトナム

「働かないと、撃ち殺す」横行する人身売買と強制労働

「ちゃんと働かないと、ここで撃ち殺すぞ」

“仕事”を得るために向かったカンボジアで、少年は男に銃を向けられ、“働くよう”指示を受けました。

「これ以上働けない」と伝えると、男たちから殴られ、スタンガンのようなもので電流を流され気を失いました。

ただただ恐怖で、“働く”以外の選択肢はありませんでした。

(ハノイ支局長 鈴木康太)

家族を支えたかった…

「私の家は貧しいので、ただ、お金を稼いで、両親を支えたかっただけなんです」

こう訴えるのは、ベトナムの地方で家族と暮らすホアンさん(17歳・仮名)です。

安定した収入が得られる仕事を探していたホアンさんは、2022年9月、SNSである求人情報を見つけます。

「店員募集、月給900万ドン」

900万ドンは日本円にして約5万円。ベトナムの地方では簡単には見つけることのできない月給でした。

SNSで求人情報を投稿していた男と待ち合わせて“職場”に向かいましたが、連れて行かれた先は、カンボジア近くの国境。

そしてホアンさんは、何者かに「売り飛ばされる」ことになったのです。

「すぐに働ける?」

ホアンさんは中学卒業後、高校を中退。家計を助けるために首都ハノイのレストランで働いてきました。

月給は日本円にして約2万5000円。月平均の給与が約3万8000円とされるベトナムでは、決して悪くない収入でした。

しかし、レストランはホアンさんが働き始めてから3か月後、新型コロナの影響で閉店。ホアンさんたちは、オーナーから故郷に帰るように言われます。

自分の収入がなくなれば家族の生活が苦しくなってしまう。

ホアンさんは、なんとかハノイで働き続けられないか仕事を探しましたが、見つかりませんでした。しかたなく実家に戻り、農作業を手伝っていたホアンさん。

そうした中の2022年9月、目に留まったのがSNSの求人情報でした。

カラオケ店の店員を募集する内容で、月給はレストランの2倍の900万ドン、宿泊と食事まで保証すると記載されていました。

SNSを投稿していた男に連絡を取るとすぐに返信がありました。

「すぐに働ける?」

連れて行かれた先は…

求人を募集していたカラオケ店の所在地は、ホーチミンとされていました。

ホアンさんは男と連絡を取り合い、ハノイで待ち合わせて、南部ホーチミンに向かうことになりました。バスを乗り継ぎ1日以上かけて9月9日の午前10時ごろホーチミンに到着。

しかし、そこからさらに車に乗せられ、目的地だという場所に着いたときには夜11時になっていました。その場所は、カンボジア近くの国境。数人の男たちが待ち構えていました。

「従わないと撃つぞ」

銃を取り出し、こう脅してきた男たち。ホアンさんは黙って従うほかありませんでした。

再び車に乗せられて国境を越え、連れて行かれた先は、カラオケ店ではなく、パソコンがたくさん並べられた部屋でした。

そこには、すでにホアンさん以外のベトナム人たちがいて、その1人の言葉に耳を疑いました。

「君は売り飛ばされたんだよ」

“仕事は詐欺”

連れて行かれた先では「仕事」をしなければなりませんでした。

午前10時から午後10時までの12時間、パソコンでメッセージを打ち続ける作業でした。

男たちは、知らない人にメッセージを一方的に送り、相手を信頼させて金を振り込ませるために必要な「訓練」だと言いました。

その間、男たちは銃を持ってホアンさんたちを見張っていました。

「ちゃんと働かないと撃ち殺すぞ」

男たちは、こう怒鳴りつけることもありました。

携帯電話は取り上げられ、建物の中を移動するときには、常に男たちが付いてきました。食堂で食事をするときも、部屋に戻るときも、男たちは手錠やスタンガンを手に、ホアンさんたちから離れることはありませんでした。

血痕の残る部屋で

あるとき、ホアンさんが作業を続けることを断ると、突然その場にあった椅子で殴られました。

そして別の部屋に連れて行かれ、何度も殴られ、スタンガンを押し当てられました。電流も流されました。

ホアンさんが気を失うとトイレで水をかけられ無理矢理起こされ、再び何度も殴られました。

手錠をかけられて、部屋に閉じ込められたホアンさん。

その部屋に残された血痕を見たとき、突然、大きな恐怖を感じました。

このままでは死んでしまう、二度と家族に会えなくなる。

そんな思いが頭をよぎりました。

ホアンさんはわずかな隙をみて、建物の窓を壊して外に逃げ出しました。

後ろは振り返らず、無我夢中で走り続けました。

見つけた民家に飛び込んで、家族に連絡を取らせてもらうことができました。

ホアンさんは現地の警察に保護され、数日後、奇跡的にベトナムに戻ることができました。

「お父さん、助けて」

「息子は、帰ってきてからもよくパニック状態になっています。『お父さん、助けて』と何度も叫ぶんです」

実家に帰ってきたホアンさんについて、父親は、今でもパニック状態になることを明かしました。

ホアンさんの心が落ち着くようにと、水牛の放牧を任せていますが、精神状態が心配で、あまり遠くには行かせないようにしているといいます。

ホアンさんが、カンボジアに連れて行かれたのは9月9日からの3日ほど。

しかし、精神的なショックが大きかったとホアンさんも話します。

「ベトナムに帰ってきてからも、カンボジアで起きたことを思い出します。今でも恐怖を感じます。夜寝ると、男たちに追いかけられて殴られる夢を見るんです。カンボジアでのことが頭から離れないんです」

被害はほかにも

ホアンさんのようにカンボジアに連れて行かれて、強制的に働かされる被害は、ベトナム人にとどまりません。

それぞれの国や地域が公表しているデータなどによると、ベトナム以外にもインドネシア、タイなどで被害が確認されています。

少数ながら日本人の被害も報告されているとして、日本の大使館も注意喚起を行っています。

また、アメリカは2022年7月に公表した人身売買に関する報告書の中で、カンボジアを最も低い評価に格下げしました。

カンボジアで監禁されて強制的に働かされるケースは、国際的にも問題視されるようになっています。

確認された被害は氷山の一角

なぜカンボジアで、大規模な人身売買と強制労働が広がっているのか。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチでアジアを担当する、フィル・ロバートソン氏は、その理由として次の2点を挙げました。

① 中国の犯罪組織の関与
 
② 法制度が十分に整っていないカンボジアの国内事情

ロバートソン氏によると、中国は10年以上にわたって、カンボジアにとって最大の支援国で、カンボジア国内には多くの中国企業が進出している一方、さまざまな利権をめぐって中国の犯罪組織の存在が指摘されているといいます。

実際、2022年8月に、42人のベトナム人がカジノで強制的に働かせられていた事件では、カンボジアの捜査当局が中心人物としてカジノを経営する中国人のマネージャーを逮捕しました。

また、カンボジアでは法制度が整っておらず、警察などによる取り締まりが十分でないことも、被害が続く背景にあるとみられるということです。

犯罪の実態は十分に明らかになっていませんが、ロバートソン氏によると、売り飛ばされた人たちはカンボジア国内の建物に拘束された上で、拷問を受けて無理矢理オンライン詐欺に加担させられているとみられるということです。

中には、5000人から1万人が拘束させられて、犯罪行為を強いられているケースもあるということです。

その上で、ロバートソン氏は、こうした被害はあくまでも氷山の一角だと指摘します。

フィル・ロバートソン氏

「人身売買はアジアだけでなく、さらに遠くのアフリカのケニアから連れて来られているという話も聞きます。被害の時期は、コロナ禍で多くの人たちが仕事を失っていたときで、主にSNSで求人の広告を出していました。さまざまな仕事を紹介し、高額な給料が支払われると見せかけていたのです。被害は氷山の一角に過ぎないので、国際社会は、カンボジア政府に対して政治的な圧力をかける必要があります」

カンボジア政府は踏み込んだ対応ができるのか?

カンボジアのフン・セン首相は、2022年9月に人身売買などの取り締まりを強化するよう指示を出しました。

また、カンボジアの当局は強制労働を強いられた多くの外国人を保護し、本国に送り返す措置もとっています。

ただ、ロバートソン氏によると、被害の全容や犯罪の手口はわからない部分が多く、さらに踏み込んだカンボジア政府による対応が必要だということです。

カンボジアにおける人身売買と強制労働。

引き寄せられているのは多くがコロナ禍で職を失うなどした弱い立場の人たちです。

依然として不明な部分が多く残る中、日本人の被害も報告されています。

カンボジアで今何が起きているのか、真相に迫り続けたいと思います。

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